人生100年時代の、男の生き方がここにある。古希(70歳)を迎えた元・大学教授の独り暮らしを描いた、笑えて泣ける珠玉のエッセイ70歳、はじめての男独り暮らし
試し読み第1回目をお送りします。
大学教授として、眼科学の発展に全てを捧げてきた70年間。やっと定年を迎え、苦労をかけ通しだった奥さまと、ゆったり趣味の旅行を楽しもうとする西田先生でしたが……。

 

大好きな桜を二人きりで(写真:iStock.com/Sean_Kuma)

 

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『70歳、はじめての男独り暮らし』西田輝夫・著/小社刊/1100円+税

「洗濯機の上の棚に洗剤などが置いてありますから。前から順番に、洗剤、漂白剤、その順番で洗濯機に入れていくのよ。蓋をしてから、一番奥に置いてある柔軟剤を三番目に入れるのよ。わかった? スイッチは、ボタンを押せばいいだけだからね」

 私は洗濯機の前で、妻に言われるままに作業をし、スタートのボタンを押しました。

 洗濯の始まりです──。

 次に、料理の特訓です。台所で野菜を切ります。

 こわごわゆっくりと、不揃いに切ることは私でも出来ますが、タマネギのみじん切りというのがわかりません。どのように切っても、小さな四角のみじん切りのタマネギになりません。最後には適当に切ったタマネギを並べて、めったやたらと包丁を入れて、切るというよりどちらかというと潰していますと、妻が台所に来て、

「貸して。最初に切る時は端を残して切って、方向を変えて、次は最後まで切るのよ。わかった?」

「味付けは、出汁に、とにかくお醬油とみりんとを適当に入れて、味見をしながら調整すれば良いのよ。自分の舌を信じて!」


 このようにして、妻の人生最後の数ヶ月、洗濯と料理の仕方の特訓が行われました。

 この頃にはもう、妻はかなり体がきつくなり、ほとんどソファに横になったままでしたが、調子が良い日は、起き上がり台所にやってきて、色々と細かい点を教えてくれました。

 妻は、春のお花見と秋の紅葉狩りが大好きでした。

「一生に一度は、吉野の桜を見に連れて行ってね」

 とよく言っていました。

 数年前、私が大学を完全に離れ公職から退きましたので、やっと自由な時間が取れるようになりました。

 そこで早速、大阪城公園の桜、吉野の桜、そして奈良の桜を見に行く計画を立てました。

 十五回目の結婚記念日を友人ご夫妻と共に祝い、翌日から、まるで子供が遠足に行くような明るい気持ちで、お花見に出かけました。

 大阪城公園と奈良の新薬師寺や東大寺では桜が丁度満開で、素晴らしい桜を楽しむことが出来ました。しかし、一番の目的であった吉野の桜には少し早く、まだ二分か三分咲きでした。

「よし。来年また連れてきてあげよう。来年こそはタイミングを計って、満開の吉野の桜を見に来よう」

 と話しながら、山口に戻ってきました。帰宅後、妻は撮影した写真を整理してお気に入りのベストショットを印刷したりして、楽しみました。

 この時すでに病魔が妻の体を冒し始めているなどと、二人とも夢にも思っていませんでした。

 お花見から二、三週間経った四月の末のことでした。

「不正出血があるから、お医者さんに診ていただいてきます」

 と言い残して、妻は医学部時代の同級生に相談して福岡に出かけました。


 診察の結果は、子宮頸がんでした。


 それから九ヶ月間に及ぶ抗がん剤と放射線による治療が行われました。しかし、残念ながら肺や肝臓への転移が見つかり、余命半年の宣告がなされました。

 そして、がんと診断されてから約一年半後。
 

 私を残して妻は帰らぬ人となりました。


 独りで生活を始めてみますと、最低限必要な家事は、料理、洗濯と掃除ですが、それ以外に実に沢山のことがあることがわかりました。何もかも妻に任せていた私は、実はATMでお金を引き出したり振り込んだりなどを、それまで一度もしたことがありませんでした。通帳と印鑑を持って銀行に行けば、預金を下ろせるという古い考えの人間でした。さらに、家や庭の手入れや確定申告の問題など、多種多彩な家事が山積しています。

 始めてみますと家事というものは、一日の中でとてつもなく大きな時間を占めていることに気づきました。

 様々な家事の中でも、食事を確保することは毎日絶対に必要なことです。つまり、料理を作ることが最優先の家事となります。洗濯は、少しサボっても十分な数の下着や靴下などを買い求めればなんとかなります。掃除は、ゴミさえちゃんと出して家の中をゴミ屋敷にしないように気をつけておけば、埃だらけで空気が汚れてはいますが、まあ後に回しても良いのです。

 したがって、最初に挑戦する家事は料理作りでした。

 慣れるにつれ、また友人や私のことを心配してくださる方々に支えられ、洗濯そして掃除と家事のレパートリーを増やしていきました。

 しかし妻が逝って一年以上経ちますが、昔、妻が片付け、清潔で快適にしてくれていた家とは雲泥の差があります。

 なんとか「ゴミ屋敷にだけはしないように」と努めるのが精一杯です。実際に一人で生活をしてみますと、まだまだわからないことが山程あり、どうして聞いておかなかったのかとの後悔の連続です。

 妻を亡くしてから、古くからの友人や知り合いから、「私も同じように、妻を数年前に亡くしました」とのお手紙をいただきました。

 一般には、男の方が先に逝くものだと考えられていますが、奥さんを先に亡くされている方が案外おられることに驚きました。

 お手紙では、どのようにしてその困難を乗り切ったか、寂しさを乗り越えたかなどの経験を記してくださり、一人で生活していく上でのコツなどを親切に教えてくださいました。何よりも十年ぶり、数十年ぶりにいただく励ましのお手紙が私の心に沁(し)み込み感謝の気持ちで満たされました。

 どうして良いかわからずに呆然(ぼうぜん)としている私にとって、大変な励ましと助けでした。

 そこで、妻が逝ってから一年半、春夏秋冬を経験し大体のところどのように生活すれば良いかが見え始めてきた今、古希を迎えて一人になったオトコの心の中でどのような葛藤があり、どのようにして家事をこなし、生き甲斐ややり甲斐を求めて喪失感を乗り越えようとしているかをお話しすることがお役に立つのではと考え、筆をとりました。

 家事を始めるには、歳をとりすぎているかもしれません。ですが、自分でするしか生き延びる方法はないのです。失敗も含めて、皆様のお役に立てればと祈っています。

  * * *

次回、悲しみの中で、いよいよ西田先生の独り暮らしが始まります。
まずは料理をしようと台所に立ちますが……?
11月2日(木)公開です。

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西田輝夫『70歳、はじめての男独り暮らし』

「このまま私はボケるのか?」定年後の独り暮らしを描く、笑えて泣ける珠玉のエッセイ! 古希(70歳)を迎えた元大学教授が、愛妻を癌で亡くした。悲しみを癒す間もないままひとりぼっちの生活が始まるが、料理も洗濯も掃除も、すべてが初めてで悪戦苦闘。さらに孤独にも苦しめられるが、男はめげずに生き抜く方法を懸命に探す。「格好よく、愉しく生きるのよ」妻の遺言を胸に抱いて――。<目次>はじめに/第一章 家事に殺される!? ~オトコ、はじめての家事~/第二章 男やもめが生きぬくための7つのルール/第三章 妻を亡くして ~オトコ心の変化~/第四章 妻がくれたもの ~大きな不幸の先に大きな幸せが待つ~/おわりに