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したたかな寄生 脳と体を乗っ取る恐ろしくも美しい生き様

2017.10.22 公開 ツイート

カニの心と体を完全に乗っ取るフクロムシ 成田聡子

寄生=パラサイトとは生物が他生物から栄養やサービスを一方的に収奪する関係を指します。人間界よりずっと過酷な生物界の仁義なき生存競争。その決死の戦略から私たち人間が学べることもありそうです。幻冬舎新書『したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』より、おぞましいゴキブリカマキリを自殺に追い込むハリガネムシの次はフクロムシの話。

*   *   *

 カニやヤドカリの腹部に、袋状のものがついているのを、見たことはないでしょうか。フクロムシはカニの腹部についている袋状の小さな生き物で、一見カニが持っている卵のように見えます。このフクロムシに寄生された宿主は神経を操られ、寄生者であるフクロムシの子どもを自分のおなかで育て、守り、再び拡散するようにマインドコントロールされてしまうのです。

フクロムシってどんな生き物?

 フクロムシは昆虫やカニと同じ節足動物門の生物ですが、節足動物に特徴的な体節と脚が退化しており、とても節足動物とは思えない外見を持っています。

 フクロムシ類は、海に棲み、カニ、エビ、シャコ、ヤドカリなどの節足動物に寄生します。 私たちが目にするのは磯によくいるイソガニ、イワガニ、ヒライソガニに寄生するウンモンフクロムシです。ウンモンフクロムシは、カニの腹部にあるカニの卵のように見えます。このカニの卵のように見える部分は「エキステルナ」と呼ばれるフクロムシの生殖器で、卵巣と卵がたっぷり詰まっています。では、本体部分はどこにあるでしょう。フクロムシの本体部分は「インテルナ」と呼ばれ、まるで植物の根のように、カニの体内に張り巡らされています。そして、この根のような部分で、カニから栄養を奪って生きています。こうして、フクロムシは宿主体内から栄養を奪い、自分の卵を抱かせ、その生涯をカニに頼りきって生きています。

カニのハサミの届く腹に寄生

 カニにつく寄生虫としては「カニビル」が有名ですが、カニビルはカニのハサミの届かない安全な背中部分に寄生します。しかし、このフクロムシは、なぜか腹に寄生します。腹部はカニのハサミが届くため、腹についてもすぐにカニのハサミで取り除かれてしまいそうですが、フクロムシは宿主であるカニの神経系を操り、カニにまるで自分の卵を抱いているかのように錯覚させています。実際、フクロムシに寄生されたイソガニの神経系を調べると、胸部神経節がひどくフクロムシのインテルナに侵されています。そこでは、本 来あったはずのカニ自身の神経分泌細胞が一部消えていたり、完全に細胞が消失していたりするものもいます。

宿主のオスをメス化させ産卵マシーンに

 メスのカニは、自らの卵を守る習性があるため、寄生されても自分の卵と勘違いをしてフクロムシの卵を守る行動をするのも納得できますが、フクロムシはメスのカニに限らずオスのカニにも構わず寄生します。オスのカニは卵を産まないので、卵を守る習性も本来はないのですが、フクロムシに寄生されたオスのカニは、不思議なことに徐々にメス化していくのです。フクロムシに寄生されたオスは、脱皮を繰り返すごとにメスのようにハサミが小さくなり、腹部が大きく広がっていきます。見た目も振る舞いもメスのようになっていきます。そして、オスのカニもメスと同様、自分の卵のように大事に育てようとします。そして、メスのカニが自分の子どもを孵化させ海中に拡散させるように、このオスのカニもフクロムシの卵塊の世話をし、フクロムシの卵が孵化するとそれらの個体を海中にまき散らすような行動をします。

 このように、フクロムシに寄生されたカニは体内の栄養分を取られ、ホルモンバランスを崩され、神経系を乗っ取られ、ついにはカニ自身の生殖機能を失ってしまいます。つまり、フクロムシに寄生されたカニは自らの子孫を残すことはできず、ただフクロムシに栄養を与え、卵を守り、孵化したフクロムシの子どもたちを拡散させるためだけに生きていく、まるで奴隷のような一生を送ることになります。

 こんなにも栄養を奪われ、奴隷のような生活を強いられるカニの寿命は短くなりそうな気がします。ところが、繁殖能力を奪われているため、繁殖に使うエネルギーが抑えられるので逆に長生きし、さらに長期間にわたってフクロムシの子どもを育てていくことになるのです。

どうやってカニに侵入するのか

 フクロムシはフジツボの仲間です。フジツボの仲間は固着生活に入る前は自由に泳ぎ回ることができる幼生(プランクトン)、ノープリウス幼生、キプリス幼生のステージを過ごします。 フクロムシも同様にこのステージを通って大人になりますが、フジツボはキプリス幼生になると岩などにくっついて固定して生き続け、一方フクロムシの幼生はカニの体内に侵入します。

 カニの体は硬い殻で覆われているにもかかわらず、フクロムシはカニの体内に侵入することができます。どのようにしてカニの体内に侵入するのでしょうか?

 まず、フクロムシのキプリス幼生は、カニの体表にある毛の根元に付着します。すると幼生から針のような器官が伸びて、しゅるしゅるっと一瞬で体内へと侵入していくのです。

 体内に侵入したフクロムシは、植物が根を張るように細い枝状の器官をカニの全身に張り巡らし、カニの体内から栄養分を頂戴します。そして、カニの腹の外側に袋状の外套を発達させます。

フクロムシのオスは毎回捨てられる

 先にも書きましたが、フクロムシはフジツボの仲間です。生物進化論で有名なダーウィンはフジツボの研究もおこなっていました。その当時、フクロムシもフジツボと同じように雌雄同体と考えられていました。なぜそう考えられていたかというと、フクロムシを解剖すると、卵巣の下に精子の詰まった組織のようなものが2つあったからです。

 その後、ヤドカリに寄生するナガフクロムシの研究によって、その精巣だと思われていた組織が実は寄生者であるフクロムシの組織であることが判明しました。

 つまり、カニの腹の外側についている袋のような部分のほとんどはフクロムシの卵巣です。そして、その片隅にオスは存在しています。フクロムシのメスは宿主であるカニの体内に植物の根のように細い枝状の器官を張り巡らし、そこから栄養分を頂戴していますが、オスはカニの体内には存在せず、外側に出ている袋の片隅にしかいないのです。

 しかも、フクロムシが孵化した後や宿主であるカニが脱皮するときには、この袋状のものはなくなってしまいます。つまり、そのときに、中にいたオスは自分が棲み家としていた袋と共に海中に捨てられてしまうのです。次に新しく出てきた袋の中にはオスがいません。そのため、フクロムシのメスは新しいオスのキプリス幼生を袋の中へ呼び寄せなければなりません。

 このときも、フクロムシに完全に乗っ取られている宿主であるカニが、フクロムシのオスを呼び寄せるために必死に頑張ります。操られているカニは、しきりにおなかを動かし、袋の中にフクロムシのオスを取り込もうとするのです。

 つまり、宿主であるカニの体内に寄生しているフクロムシはメスであり、オスは毎回使い捨てされ、カニの脱皮に合わせて取っ替え引っ替えされているのです。

 このように、一度フクロムシに寄生されたカニは何度脱皮して殻を脱ごうとも、フクロムシにホルモンと脳を操られ、オスさえもメスのようになり、フクロムシの子どもを守り、海中にフクロムシの子どもをどんどん拡散させるために一生を費やすことになるのです。

フクロムシのお味は?

 フクロムシのことについて調べていたとき、某有名検索サイトで「フクロムシ」と検索をしたところ、候補として「フクロムシ 食べる」という検索ワードが出てきたので、ついサイトを拝見してしまいました。するとそこには予想通り、フクロムシを味見している方がいました。 メスのモクズガニについていたフクロムシを食べた感想と、もう一つ、アナジャコについていたフクロムシを食した方がその感想を写真付きで載せていました。モクズガニの方は茹でて食べたようで、アナジャコのフクロムシを食べた方はフライパンで炒って味わっていました。どちらの方の感想も簡単にいうと、「まずくはないがうまくもない」という感じでした。

 それらのサイトを拝見し、このよくわからない生物を食べてみようと思う人間の好奇心に脱帽しました。

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この続きは幻冬舎新書『したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』でお楽しみください。

関連書籍

成田聡子『したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』

寄生=パラサイトとは生物が他生物から栄養やサービスを一方的に収奪する関係を指し、ノミのような外部(皮膚)寄生から内部(内臓)寄生まで、その形態は幅広い。なかでも本書はゴキブリを奴隷のように仕えさせる宝石バチや、泳げないカマキリを入水自殺させるハリガネムシ、化学物質を放出してアリの脳を支配し時期が来ると菌にとって最適な場へ誘って殺すキノコなど、恐るべき支配力を持つ寄生者を紹介。一見小さく弱い彼らが数倍から数千倍大の宿主を操り、時に死に至らしめる。地球の片隅で密やかに繰り広げられる生存戦略を報告。

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したたかな寄生 脳と体を乗っ取る恐ろしくも美しい生き様

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成田聡子

一九七八年宮城県生まれ。二〇〇七年千葉大学大学院自然科学研究 科博士課程修了。理学博士。独立行政法人日本学術振興会特別研究 員として農業生物資源研究所勤務を経て、国立研究開発法人医薬基 盤健康栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核 ワクチンの研究に従事する。著書に『共生細菌の世界ーーしたたか で巧みな宿主操作』 (フィールドの生物学・東海大学出版会)がある。

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