港近くのオールドマーケットのスープ屋にて。すっきりとした苦味のパプリカスープ。おかわりしたいくらいおいしかった。

 朝、カーテンを開ける。眠る前も、起きてからも同じ青空。本当に一晩ちゃんと眠ったのだろうかという不思議な気持ちに。まだまだ白夜に慣れず、時間の流れがつかめない。そういえばエリカさんは、白夜の季節は午後7時には遮光カーテンを引き、夜っぽくするよう心がけていると言っていた。

 ホテルで簡単な朝食を済ませて街へ出る。食後のコーヒーはアカデミア書店のカフェ・アアルトで。

 今日はとりあえず確認観光。ガイドブックに載っている雑貨屋めぐりである。地図を片手に任務のようにまわる。ハイ見た、ハイ行った。そういう感じ。かわいい雑貨も以前ほど手に入れたい気持ちが湧かない。むしろ、家にあるものを少しずつ手放し、すっきりしたいのである。

 一通り見てまわったあと、港のマーケットへ。ここでもさほど欲しいものはなく、ポストカードを数枚買い、港近くのオールドマーケットのスープ屋で昼食をとる。パプリカスープはすっきりとした苦み。レンガ色だ。もろもろとした食感も楽しく、おかわりしたいくらいおいしかったが、並んでいる人もいたのでやめておく。

 美術館、スーパーやカフェ。出たり入ったりしながら、ヘルシンキの街を歩く午後。楽しいはずなのに、満たされぬものがあった。

 旅の前に気がかりなことがあり、解決せぬままやってきたからであろう。むしろ、そのことについてゆっくりと考えるよい機会なのかもしれない。

 自分を守ることは大切である。

 しかし、こってり守りすぎると、厚みでひびが入る。守っているつもりで、壊しやすくしていることもあるのではないか。それは、オセロにも少し似ている気がした。

 飛行機の中でしたオセロゲーム。勝つときは圧勝するのだが、守りすぎてそこからほころび、わずかな差で負けることもあった。ひとつの場所にこだわり、全体を見きれていない。すると、あっというまに機械につけ込まれ、ペロリペロリとコマがめくられていった。僅差でも、負けは負け。歩きながら、早速、そんなことを考えた。

 夕飯はセルフサービスの気軽なカフェで。ショーケースにクルミとブルーチーズのサンドイッチが並んでいたので注文するのだが、まったく通じない。クルミって、「ウォールナッツ」って言うんじゃなかったっけ? 3回くらいやりとりしても通じないので、適当に「イエス」と言ったらトマトとハムのサンドイッチが出てきたのだった。もう、ヨシとする。

 トマトとハムのサンドイッチを食べながら、海外旅行、についても考える。

 10代、20代のころにした海外旅行と、中年になってからの海外旅行。違うものであるなと感じる。旅での経験を自分の未来に役立てたい、あるいは、旅の影響を受けたことによって未来が変わるかもしれないという期待。そういうものは、どんどん薄まっていく。今は今の楽しみかたがあるわけだが、なにかを失うのはやはり淋しいものだ。

 夜は少し雨が降った。

 ホテルのベッドに寝転び、持ってきた電子辞書で「クルミ」を検索してみた。発音のボタンを押すと、「ウォールナッツ」というより、「ウォーナッ」であった。何回か練習し、眠りについた。

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