ただいま絶賛公開中の映画『彼女がその名を知らない鳥たち』(原作 沼田まほかる)。インタビュー後編は、陣治と十和子を強く結びつける、あの奇妙な愛のかたちについてです。2人を強く結びつけているものは何なのか、監督の視点からあらためてうかがいました。そして汚くて美しいこの物語の世界を描いた神秘的な映像美も、ぜひとも劇場でお楽しみください。
(写真 岡本大輔/構成・インタビュー 幻冬舎plus編集部)

*インタビュー前編はこちら

 

■生活から染み出る愛はコミカルだけど深い

 ————陣治と十和子は一緒に暮らしながらも険悪ムードでいることのほうが多い毎日です。十和子が水島という新しい優男に走ってしまい、心配する陣治との口喧嘩も耐えません。それでも2人は深く結びついていることが端々からわかります。大きな理由は、物語が進むうちによりはっきりしてくるわけですが、この2人がつながっているのはどういうところにあると、監督は思われましたか。

 原作そのままなんですけど、恐ろしい告白をした後に、陣治は理由があって、この生活にまだ先があると思っていますよね。それで十和子と一緒に肉を食うじゃないですか。あれは原作にもあるシーンなのですが、僕は衝撃を受けたんですよ。「こんな話したあとに肉食うなよ、ありえんだろ」と思った。でも意外と十和子もそこは受け入れて、一緒に食い始めてるじゃないですか。脚本作るときに、2人の関係ってこれなんだなと思ったんです。
 ちょっとしたことですぐに喧嘩して、十和子は陣治を追い出したりするけど、翌日とくに「ごめんね」と言うわけでもない。陣治もなんとなく戻ってきて「メシ買ってきたけど。じゃあ食べるかな」みたいな感覚。
 2人を結びつけるものとして、原作に「絶望」という文字があるけれど、実はその「絶望」と言っている意識の下にあるものを描いてるんじゃないんですかね。それが僕はとても腑に落ちたので。だからきつい映画だと思いながらもそこまで思っていないところもあって、やっぱりこの2人がかわいかったんですよね。

 ————どこかかわいいというのは観ていてもわかりました。もちろん、最後に行くに従って緊張して観てるんですけど、それでも笑ってしまうコミカルなところが時々あるなと。

 そういうところはあると思う。

 ————あと原作もそうですが、内容は激しくても、いわゆるドロドロとしているというのとは違っていて、乾いた部分がどこかある感じがします。大変なことが起こるのにきれいというか。

 それは何だろう、一途、という部分ですかね。好き嫌いの話でいうと、陣治はそこは一途じゃないですか。実は十和子も一途なんですよ。ただ、ここじゃないどこかを探していて、自分の本当の気持ちを意識化とか言語化できてないだけで、陣治が好きなことはたぶんわかっている、という設定なんですよね。
 だから十和子が夢中になってしまう水島、その前の男の黒崎は過去の話としても、水島が来たところで十和子は本気っぽくなるけど、根底では本気になってないよねきっと、というのを観ていて感じるんじゃないかな。

 ————なるほど、たしかに。もちろん十和子が惹かれる男性2人も優男でかっこいいし、竹野内豊さん(黒崎役)と松坂桃李(水島役)さんだし、なびいてしまったりしますけど、なんだかんだいって陣治のところへ戻ってしまいます。

 陣治の愛がまずある。それで、2人がご飯を食べるシーンでけっこうそれを集約させたんです。うどん食べさせたり、日本一という謎の食堂に行って一緒に食べたり、2人が話すとき、必ず何か食べさせるようにしました。水島とか黒崎の時は一切そういうことさせなくて。

 ————おしゃれに何か飲むぐらいですよね。

 そうそう。だから十和子と陣治の関係は生活に根づいていて、ちゃんとそこに気持ちがあるんだということは、何かでひっそりと提示しとかなきゃいけなかったので、それについてはすごく考えてはいました。
 いま日本は不倫が大好きな国ですけど、やっぱり不倫って相手の嫌なところを見なくていいから楽しいわけじゃないですか。一方で、家に帰ると、明日のご飯代どうすんだとか、何食べんだとか、子どもがそろそろ進学なんだけどあんたどう考えてるの、それはお前に任せるって言ったじゃないか、みたいなめんどくさい話があったり、相手の汚いところを受け入れる作業というのが必要になりますよね。不倫はそれをしなくていいんですよね。相手の嫌なところを受け入れる作業を。

 ————十和子も生活を離れて美しいところへ行こうとはするけれど、何かどこか虚しさも感じてもいます。

 感じてると思います。ただ、ああいうDV体質の男に依存してしまう女性がいるというのも、わかるところはあるのですが。

 


■黒崎と水島に関西弁は話させてやんない、そのわけは…


 ————今回の映画は関西ですべて撮られていますが、阿部サダヲさんも、ずっと現地にいるからスイッチが自然と入ったという話をしていました。

 その通りな気がします。

 ————いま「生活」という観点から監督のお話をうかがっていても、東京よりも大阪のほうが生活している感じがするのではないかと思いました。

 やっぱり十和子と陣治は、とくに陣治はある重大な秘密を抱えて世間の人波から外れてひっそりと暮らしているという設定です。
 東京で撮影すると、「お疲れ様でした!」となって、そのあと自分家に帰って、「今日撮影どうだったの?」「いやあ、優ちゃん頑張ってるよ」みたいな話になる。それは当然のことですよね。
 だけど物語の2人の、閉じこもってる感じ、ひっそりとした感じからは離れてしまう。たぶん彼と彼女2人は時間が止まってるんですよね。先へ進むこともできず、過去へ戻ることもできず、ただただ止まっている。
 だから家に帰って緊張感が抜けて、というよりも、十和子役と陣治役の蒼井さんと阿部さんは、本当に狭いホテルに戻って、翌日もそこから現場に行って、早めに終わって飲むとしてもせいぜい僕らがいるくらいで……というそういう感じがすごく重要な気がしたんですよね。
 あとやっぱりまほかるさんの原作が関西弁でしたし、標準語の2人というのが想像できなかった。「スカタン!」とか言ってても、ちょっとコミカルになるっていうか。
 一方で、水島とか黒崎は、もうおまえらなんか関西弁しゃべらしてやんないって。2人の世界に入れさせない。標準語にさせる。

 ————なるほど(笑)。それと最後になりますが、監督は過去の作品を撮るにあたって、作品との距離の取り方をいろいろ考えていらっしゃるように思うのですが、今回のまほかるさんの作品に向き合うとき、とくに意識したところはありますか。

 ありますね。原作に出会ったとき、ほんと面白いと思ったんですけど、ただラストがどれだけの人に受け入れられるかなとか、映像として作り込めるかな、と自信がちょっとなかったんです。やるにしてもラスト変える方法はあるのかなとしばらく考えたり、でもやっぱり変えるのは無理だと。だったらどうなんだろう、やらない方がいいのかなとかいろいろ思ったんですけど……。
 でもやりたくてどうしようもなくなったんですよ。あの2人を見たくなっちゃって。
 で、まほかるさんの世界観を出来るだけ忠実に映像化するのが使命なんだなと思っていて、あまり自分の世界観とか作家性を入れなくていいんじゃないかなとは思いました。
 プレスにも書いたんですけど、昔有名な仏師が、「私たちは木の中にいる仏像をこの世に出すためにただ木くずを払っているだけなんです。だから私たちの彫る技術とかじゃないんです」と言ってる話を聞いたことがあって。本当にそんな感じなんですよね。何をやっても帰れるところがあった。すごくそれは楽ではあり、難しいところでもあったんですけど……。とはいえ、毎回そんな感じですね。

 ————そうなんですか。

 まぁこれまで作品で選んでいる題材が、ちょっとだけおかしな人たちが多いだけで。

 ————人は良いのに簡単に人殺しちゃう人とか、シャブに手を出してしまう良い人とか……。映画に入り込むスタンスを毎回決めてからでないと、何となく飛び込めない感じがします。

 たまたまそういう話ばっかりなので、そう思われるかもしれないですけど、すごい物語に準じて映画を変にひねらないでやれたらいいなとは思っています。ただ2時間で伝えなきゃいけない部分もあるので、ああでもないこうでもないと悩みながら毎回つくってはいます。でも今回の作品は、登場人物たちにちょっと寄れたかなとは思います。

 ————気持ち的にも?

 だってかわいいんだもん。陣治も十和子も。リアルなことを言うと、物語はいろんなことほったらかしなんです。だけど十和子は本当に良い人生をその後、歩めるんじゃないかなとか、もしかしたら遠い未来でも陣治に会えんじゃないかなとかいうことを、すごく夢想したくなる終わり方というか……。本当に美しい物語だと思います。
 ということを、阿部さんに会うまでに5周、10周ぐらいしてるわけですよ。だから阿部さんに会ったときに、すでに泣きそうになっちゃってた。陣治、陣治って。

 ———(笑)。でも不思議ですね。役者さんはそういう思いをパッと感じるのかもしれないですね。「監督が陣治への思いを自分の体を通して表現したいと思っているんだから……」という話をされていましたから。

 じゃあ構造は一緒ですね。原作のまほかるさんと僕の関係と。そう思うと、やっぱりまほかる先生がすごく支配しているというか、作品の世界観がゆるぎなかったということじゃないですかね。いろいろな人と話すといつもそこに結論が達する気がしますね。

 

 

 白石和彌
 1974年生まれ。北海道出身。95年に中村幻児監督主催の映像塾に参加。以後、若松孝二監督に師事し、行貞勲監督や犬童一心監督などの作品にフリーの演出部として携わる。10年に長編監督デビューを飾った『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で注目を集める。長編監督作2作目となるノンフィクションベストセラーを映画化した『凶悪』(13)で、新藤兼人賞2013金賞をはじめ、第37回日本アカデミー賞優秀作品賞・脚本賞ほか各映画賞を席巻し一躍脚光を浴びる。16年には、現役警察官の有罪判決で世間を騒然とさせた稲葉事件をモチーフとした原作を映画化した『日本で一番悪い奴ら』と、日活の成人映画レーベル“ロマンポルノ”45周年を記念し発足した「日活ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」第3弾を務めた『牝猫たち』という全く違うジャンルの作品を手がけた。今後の公開待機作は、役所広司主演『孤狼の血』(18年春公開予定)等。

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