彼は美しい若者でした。
 自分が美しいとわかっている者特有の不遜と、屈託のなさを兼ね備えた彼は、中国の特権階級に生まれ育ったと聞きました。
 日本の大学で学んだ彼の話す日本語は、流暢で訛りのないきれいなイントネーションで、そうと聞くまで外国の生まれだとはわからないほどでした。

 年若い友人に、恋人として紹介された彼を、私は遠い親戚の若者のような存在として可愛がるようになりました。
 仕事のアドバイスをしたり、恋愛の話を聞いたり、一緒に酒を飲み、食事をし、カラオケに興じることもありました。

 一時期、私が餃子作りに凝っていたことがありました。
 大量の餃子の具を作っておいて、友人たちを招き、酒を飲みながら、皆で餃子を包み、焼き、食べるのです。
 そんな会に彼が現れた折り、餃子を包む彼の手際のよさに、皆が驚きました。
 聞けば、お父上の趣味が料理で、その手伝いをよくしていたのだそうです。
 醤油や辣油を使わずに、黒酢に胡椒を入れただけのタレを付ける、という食べ方も、私は彼に教わりました。

 うちの親父の餃子は三つのものが入っているだけなんです、それがとてもうまいんです、と彼は言いました。
 ラム肉と人参と豚の背脂。この三つを細かく刻んで叩くんです。

 意外な組み合わせだと思いました。
 早速、試してみたところ、三つだけの素材が絶妙なバランスで混ざり合って、まったく別の何かに昇華した、今までに食べたことのない美味しい餃子が出来ました。 
 
 ニラやキャベツなどを刻む面倒がかからないのも気に入って、以来、折々に、我が家の食卓に登場する一品となっています。

 彼の恋人は、私に彼を引き合わせた次の年の晩春に、ふいの病をこじらせ、夭折いたしました。

 彼は恋人を失い、私は友人を失いました。
 彼と私は、葬儀の場で、抱き合って泣きました。 
 
 出棺の前、彼は身を屈めて、棺の中の恋人に長い長い口づけをしました。

 恋人の死からほどなくして、彼は日本を去り、故国である中国に生活のベースを移しました。
 私と彼の間には、誕生日にメッセージを交換するくらいしか、音信のない時間が過ぎました。

 やがて、繋がっているSNSのタイムラインで、彼に新しい恋人が出来て、幸せに過ごしている様子が伝わってまいりました。
 私はなんとなくほっとしておりました。

 そして、今年の冬のある日のことでした。
 突然に舞い込んで来た彼の訃報に、私は驚かされることになりました。

 韓国を旅行中に交通事故に巻き込まれ、客死した、と。

 何年か前、彼の恋人は30歳の誕生日を目前に命を落とし、そして今度は、彼自身が35歳の若さで逝ってしまったのです。

 神に愛された者は早く逝く、という古くからの言い伝えを、私は苦く思い起こしました。

 美しい恋人たちはきっと天国で再び、共に幸せになっているのだ、と友人たちは言います。

 私は、折りにふれ、彼に教わったレシピで餃子を焼き、ふっと天国の恋人たちのことを想います。
 そして、自分が彼らにしてあげられたこと、してあげられなかったことを、つい数えてしまうのです。

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矢吹透『美しい暮らし』

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人生の喜びも哀しみもたっぷり味わわせてくれる、繊細で胸にしみいる文章とレシピ。