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あの人は、なぜあなたをモヤモヤさせるのか

2017.10.03 公開 ツイート

駅のホームで抱き合う海藻のようなカップルにモヤモヤする理由 宮崎智之

写真:iStock/inusuke

誰もが一度は見かけたことがある気になる存在

 長い間、ずっと気になっていた存在がある。彼らを目撃するたびに話しかけたい衝動に駆られながらも、自制心を保って今までやってきた。しかし、もうこれ以上の沈黙に耐えることができそうにない。だから、語ろうと思う。筆者が気になっているのは、駅のホームで抱き合い、海藻のように揺れているカップルについてである。

 とはいっても、彼らについて何を語ればいいのだろうか。なにせ、相変わらず筆者は彼らに話しかけることすらできないのである。それにしても、この手のカップルに、美男美女が少ないのは何故なのだろうか。顔を凝視して確認したわけではないが、遠目から見たところによるとそのように感じる。しかし、おそらくこれは偏見であろう。きっと彼らとの精神的な距離が、筆者の目を曇らせてしまっているのだ。

 それだけ彼らは遠く、霞のかかった存在である。けれども、彼らを目撃したことがない人は、一人もいないのではないか。もはや絶滅危惧種となった公衆電話よりは、メジャーな存在だ。もちろん駅のホームに限らず、街中でも彼らは揺れている。

 しかし、何と言ってもよく目撃されるのは駅のホームである。特に終電間際になると、彼らはここぞとばかりに増殖する(しかも何故か、複数の路線が乗り入れるターミナル駅に出没することが多い)。階段やエスカレーターの陰で揺れていることもあれば、堂々と人目に付く場所で揺れていることもある。神出鬼没に現れる彼らは、異質な存在であるにもかかわらず、背景に溶け込み、ただ静かに揺れているのである。


なぜホテルに行かずに駅のホームなのか

 まず、なぜ終電間際に彼らが現れるのかというと、おそらくは揺れながら別れを惜しんでいるからである。終電が二人を分かつまで、抱き合ってお互いの愛を確かめ合っているのだ。別れるギリギリまで抱擁を、となるとやはり駅のホームが適している。

 だがしかし、いったいなぜ二人は離れ離れにならなければいけないのだろうか。大人なのだからホテルやどちらかの自宅にでも行けばいいとも思うが、そうもいかない事情があるのだろう。もしかしたら、浮気や不倫といった道ならぬ恋なのかもしれない。

 それにしても気になるのは、彼らがあまり時間を気にしていなそうなところである。二人の世界に没頭して時間を忘れるのはわかるものの、端から見ていると、乗るはずの電車に間に合うのかどうか不安になってくる。駅のホームで抱き合っている以上、必ずリミットはあるはずだが、彼らからそれを気にするそぶりはまったく観察されない。まるで、そこだけ別の時間が流れているかのような落ち着きぶりである。

 それだけ時間に余裕があるならば、やはりホテルに行く時間があるようにも感じる。謎は深まるばかりだが、始発を待つ駅のホームに彼らがいないところを見ると、きちんと終電までには帰ったのであろう。もしくは、駅員に追い出されたかのどちらかである。

人生の意味を感じる充実した瞬間

 さらに疑問なのは、なぜ彼らは抱き合っているのか、ということである。仮に不倫ならば、人前で抱き合うのはまずいのではないか。また、不倫でなくても、人前で抱き合うのはどうなのか。外国ならありえるかもしれないが、ここは日本である。

 ひとつ考えられるのは、彼らが人前で抱き合うという行為に、並々ならぬこだわりを持っているのではないか、ということだ。人前で抱き合うことで、彼らの中で何かが達成される。それが何かはわからないが、きっと彼らにとって大切なことなのだろう。でないと、「人に見られる」というリスクを犯してまで抱き合う理由がない。

 もしかしたらそれは、「充実感」と呼ばれるものなのかもしれない。人前で固く抱き合うことによって得られる充実感がどのようなものか、経験したことがない筆者にはわかりかねることだが、おそらく羞恥心を忘れるほどの快感がそこにはあるのだと思う。

 駅のホームで抱き合う時、彼らは生きていることを実感する。まるで舞台に出演する役者のように、彼らの人生にスポットライトが当たる瞬間が、人前で抱擁している時なのである。そんなに抱き合いたいのなら、やっぱりホテルに行けばいいのではないか、と思うものの、彼らにとっての舞台はあくまで駅のホーム。駅のホームで衆目にさらされながら抱き合わなければ意味がない。そこは譲れないのである。

 それは、ある種の「プレイ」のようなものだ。SMプレイをする人に、「痛そうだからやめなよ」と言うのと同じで、彼らに「人前で抱き合うのは恥ずかしいからやめなよ」と注意しても意味がない。そうした羞恥心を含めて彼らのプレイであり、そのプレイに没頭している時間こそが、彼らが生きていることを実感する瞬間なのだ。


至るところで共振するカップル

 最後に、最も大きな謎が残ってしまった。なぜ、彼らは揺れているのだろうか。

 ある夜、池袋の駅で10メートルおきに3組のカップルが揺れているのを目撃したことがある。共振するかのように揺れる姿は、まさに波に漂う海藻のようだった。

 最も簡単な答えとして、「酔っ払っているから」というものがあるが、酔っ払っているからといって全員が揺れていては、居酒屋やバーは大変だ。いくら耐震構造がしっかりしていても建物がもたない。まして、揺れなどしたら酔いが余計に回るではないか。

 こればかりは、本人たちに直接聞いてみるしか、理由がわかりそうにない。しかし、筆者はいまだに声をかけられずにいる。声をかけていいものなのかもわからない。

 駅のホームで抱き合い、海藻のように揺れているカップルについて、私たちが語れることは少ない。しかし、彼らはたしかに存在するし、多くの人が彼らを気にかけている。それだけ、彼らの存在は暗示的であり、かつ謎に満ちている現在のミステリーなのだ。
『あの人は、なぜあなたをモヤモヤさせるのか』第一章「恋愛編」より)

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関連書籍

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宮崎智之

フリーライター。1982年生まれ。東京都出身。地域紙記者、編集プロダクションなどを経てフリーに。日常生活の違和感を綴ったエッセイを、雑誌、Webメディアなどに寄稿している。著書に『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。
Twitter: @miyazakid

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