日本の捕鯨問題と和歌山県太地町(たいじちょう)のイルカ漁を断罪する映画『ザ・コーヴ』に衝撃を受け、「なぜ日本からの反論が聞こえないのか?」という危機感から作られたドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』(現在、好評公開中)。
 本作は、『ザ・コーヴ』では無視された地元漁師の声やイルカ漁の歴史、日本人の自然観まで丁寧に拾い上げている。と同時に、「Animal Rights(動物の権利)」という概念から、世界と日本の間でますます深まる摩擦も浮き彫りに。
 クジラ・イルカ問題に象徴される“世界”が凝縮された本作品を指揮したのは、NY在住の佐々木芽生監督。普段、日本を外から見ている彼女の「いま気になること」とは——。

 

「おクジラさま ふたつの正義の物語」より。(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム

あなたと私の“正義”が対立したとき、必要なのは言葉と対話

 足掛け6年かかって完成した私の映画『おクジラさま  ふたつの正義の物語』は、去年10月、韓国の釜山(プサン)国際映画祭で世界初公開を迎えた。釜山の近くには、かつての捕鯨基地・蔚山(ウルサン)があり、韓国は犬を食べることで動物愛護団体の非難のターゲットになっていることもあり、観客の反応はおおむね太地町に同情的なものが多かった。

 この映画を作って本当に良かったと思ったのは、上映会で、観客の前で堂々と自分たちの思いを伝える太地町の代表者の声を見たときだ。クジラ・イルカ問題で、これまで執拗に世界から責められてきた太地の人々の声を私なりに伝えることができたと思う。『ザ・コーヴ』が公開した時から、海外メディアの取材を一切、拒否してきた太地町の関係者らが初めて口を開き、言葉を慎重に選びながら、彼らの質問に答えていく。そしてそれは記事となり、「『ザ・コーヴ』は、我々をサディストのように描いた」という刺激的な英語の見出しで全世界に配信された。「これからは、ちゃんと発信していかなければなりませんね」と太地町の町長が帰り際にぽつりと言った一言が印象に残っている。

 そして今年の9月からようやく日本で公開が始まった。国内なので、映画製作中にあのシー・シェパードから受けたSNSでの妨害や誹謗中傷などもちろんない。しかしそれとは逆に、捕鯨問題への“無関心”という壁を、正直、実感しているところだ。

 現在のイルカ・クジラ問題は、以前の環境保護運動の文脈ではなく今世界で活発化している「動物愛護」「動物福祉」の観点で考えなくてはならない。「Human Rights(人権)」の延長線上にある「Animal Rights(アニマル・ライツ:動物の権利)」という考えは、いまや欧米では大きなムーブメントとなり、政策にも影響する程の力を持つ。

 最近のアメリカやヨーロッパでは、ビーガンやベジタリアンになる若者が増えている。肉を食べないことがクール、かっこいいとすら思われている。この機運はおさまるどころか、ますます大きくなっている。彼らからすると、ホ乳類のイルカやクジラを獲ったり食べたりなどという「残酷で野蛮で非文明的な行為」は、感情的にも思想的にも許されないという訳だ。

 海外と仕事をしてよく行き来する日本人ならわかると思うが、街では動物愛護のデモンストレーションを頻繁に目にする。たとえば『ザ・コーヴ』の主人公で太地町を騒がせたリック・オバリーは、日本に入国できなくなった一方、今年はロンドンで大々的なデモンストレーションをしているし、世界中の日本大使館や領事館の前でも、反対運動や抗議活動が展開されている。

 それに対して、私たちはどう反論するのか。反論しないで受けいれるのか。反論するならどう反論すべきなのか――。

 いずれにせよ、日本人はグローバルスタンダードになっている「Animal Rights」という考え方についてもう少し勉強し、自分の考えを持ったほうがいいのではないかと思う。仏教と神道に基づいた日本人の自然観や動物との関係性は西欧とは全く違う。自分にとっての正解とは何かをもっと意識したほうがいい。自分は何が正しいと思い、何が正しくないと思うのか。毎日大量に流れ込んでくる情報の洪水の中で、心を据えてしっかり考えないと、メディアや周囲の大きな声に簡単に押し流されてしまう。

 しかし自分で辿り着いた考えも、いろいろなことを知れば知るほど変わっていくものだ。正解を求めて調べていくほど、自分がいかに知らないかということがわかって愕然とする。そして著書にも書いたが、真実とは、奥深くしまわれているところから丁寧に掘り起こし、ホコリをはたいて、上下左右から眺めてみてやっと少しだけ見えてくるものだということを、この映画を撮ることで私は知った。

 世の中には実に多くの「正義」が存在する。その「正義」同士が至るところで激しくぶつかりあっている。ボブ・ディランが「いつもの朝に(One Too Many Mornings)」で歌っているように、「You’re right from your side. I’m right from mine.(君の側からすれば君が正しいけど、僕からすると僕が正しいのさ)(著者訳)」ということだ。

 日本人は意見が違う人同士の健全な会話に慣れていない。批判する対象についてもきちんと調べず、身近な人と意見を異にするとなぜかすぐ人格否定になる。一方で、自身に対する批判に弱く、すぐ黙ってしまう。けれども民主主義の国で、言論の自由を保障されている国なら、いろいろな意見があって当たり前だし、意見は言い合うほうが健全だ。

 海外発信には英語力が必要だけれども、コミュニケーションは熱意だから、「聞いて聞いて聞いて」という女子によくあるノリで、私のこの考えを伝えたいんだという気持ちを持つこと。違うことを恐れずに表現することだ。

 相手に反論するということは、人の考えを自分の思い通りに変えるということではない。人の考えというものはそう簡単には変わらないし、違う考えを「排除」していく社会は息苦しい。「理解」までできなくてもいいし「嫌い」のままでいい。それでも話す。意見が違っても、感情的にならず、事実と知識、情熱をもって対話する。「正義」が対立する場面を見るたび、そんなことを思う。

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◯「おクジラさま ふたつの正義の物語」

英題:A WHALE OF A TALE /2017/日本・アメリカ/96分/HD/16:9
監督・プロデューサー:佐々木芽生「ハーブ&ドロシー」
制作:FINE LINE MEDIA JAPAN
制作協力:ジェンコ、ミュート
協賛:アバンティ、オデッセイコミュニケーションズ、
書籍版が集英社より発売中
配給:エレファントハウス/(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム

公式HP:http://okujirasama.com/
9月9日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー

 

佐々木芽生『おクジラさま ふたつの正義の物語』(集英社)

紀伊半島南端に近い、和歌山県太地町。追い込み漁を糾弾した映画『ザ・コーヴ』がアカデミー賞を受賞して以来、この小さな漁師町は世界的論争に巻き込まれた。
「くじらの町」として400年の歴史を持つ「誇り」は、シーシェパードを中心とした世界中の活動家たちから集中非難の的となる。ヒートアップする対立が沸点に達しようという2010年秋、著者は太地町を訪れる。 そこでは、マスメディアが報じてきた二項対立――捕鯨を守りたい日本人とそれを許さない外国人――という単純な図式ではなく、賛否に縛られない多種多様な意見があった。
歴史・宗教・イデオロギー、自分と相容れない他者との共存は果たして可能なのか。

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