「アラサー」時代に書いた女の「たけなわ期」にまつわるあれこれ。「アラフォー」になって再考してみました。サーからフォーへの峠を越えて、分かったことは……?

なめられない女(サー篇)

 また髪を伸ばすことにした(2年ぶり十数回目)。
 いつも肩にかかる前に鬱陶しくなって切ってしまうんだけど、今回は本気(毎回そう思うけど)。肩甲骨が隠れるくらいのロングになるまで2年はかかりそうだけど、がんばる気まんまん。だって、気付いてしまったから。女は、髪が長いほうがなめられない!

「なめられる」「なめられない」……34歳にして、思考が何周かした上についにヤンキー的基準に着陸してしまった感がある。でも、もう「モテる」「モテない」の基準には戻れないんだもん。一般的に「モテ」を意識するってことはある意味「この子なら落とせそう」って思わせる……つまりなめられるように計画する(なめさせる)ってこと。その手の試行錯誤をちょいちょいしつつ34歳にもなると、私ごときのなめさせ作戦にまんまと引っかかる男なんてたかが知れてるし、女には「あの人いい年してモテ系……」って具合になめられる。かといって、男受けを全く意識しない格好(私の場合はおかっぱ頭に漫画プリントチュニックにザリガニ柄の靴下、みたいな感じ)をすると、今度は男にも女にも「この子ならいじってもよさそう」って思われてしまい、「そっちの方向でなめてくるの!? どうしてもなめてかかりたいの!?」と愕然とするわけで。もうそうしたら「なめられない」タイプになるしかないなあって。

 で、どうして「なめられない」=「ロングヘア」なのかというと、単純に大人っぽく見えるから。ただ長ければいいんじゃなくて、道端ジェシカとかビヨンセとかアンジェリーナ・ジョリーみたいな、迫力あるお姉さんロング。ストレートでも巻いててもいいけど、とにかくバッサーと広げておく。それだけで武装。時々首をクッと振ってシャラッと揺らす。これは威嚇。前髪は作ってもいいけど、決してパッツンにしてはならない。これにはちゃんと理由がある。長年お姉さんロングでキメている私の友人が出来心で前髪をパッツンに切りそろえたら、その日から急にセレクトショップやカフェの店員の態度がやたら「上から」に変わったのだそうな。で、すぐに今までどおりに直したらそういうことはなくなったのだという。思えば平安時代から、女性は成人の儀礼をすませると前髪をあげて額を出すスタイルへチェンジしていたわけで、前髪がある=子供、と判断するように人はできているのかもしれない。

 もちろん服装も、甘くないキリッとした感じが理想。シャツは丸襟よりエッジの効いた三角襟。スカートはフレアではなくタイトミニ。ヒールはできるだけ高く。メイクも、ふんわり眉やほんのりチークじゃなくって、キリリとしたお姉さん眉と頰骨のラインに合わせて走らせた大人チーク。アイラインはガッツリ。ここまですればそうそうなめられないし、いじられ要員になんて絶対にならない(これでもいじられたらもう才能としか言いようがないので、岡本夏生方面にシフトして切磋琢磨したほうがいいかもしれない)。

 そうして全身ビシッとキメて、なめられない日々を夢想するのだけど、同時に「そういう自分を自分は好きになれるのか?」という不安も拭いきれない。基本的になめられっぱなしで、時には上手になめさせて生きてきた私が、一切なめられない女としての自分に違和感を覚えずに、しかも楽しんで生きていけるんだろうか。ザリガニ柄の靴下を捨てられるんだろうか。それ以前に、そういう髪型と服装が似合うんだろうか……。たとえ誰からもなめられやすくても、自分が好きだと思える格好をしたほうが楽なんじゃないか。それが「私らしい」ってことなんじゃないか?

 ああもう、きりがない。なりたい自分と、好きな自分はいつも一緒じゃない。なりたい自分にはいつだって手が届かないし、「こんな自分が好き」って気持ちはすぐに揺らいで「やっぱりこんな自分は好きじゃない」になる。ジェシカやビヨンセやアンジーも揺らぐんだろうか。とてもそんなふうには見えない。だからこそジェシカやビヨンセやアンジーみたいな雰囲気にすがりたいのかもしれない。

 こんなふうに揺らぎながら迷いながら、私はきっと35歳になって36歳になって「あれっ、2年経ったのに髪伸びてない!」って愕然とするんだろうな。それでもいいから、できることをやっていこうと思う。いつか、ビヨンセみたいになった私を見かけたら「やったじゃん!」って声をかけて下さいね!(「GINGER」2014年9月号)

なめられない女(フォー篇)

 髪、伸びましたよぉ~!
 やっと、夢にまで見たロングです。とはいっても、道端ジェシカ風お姉さんロングではないんです。編み込みにハマってしまったせいで、女学生かよ? ってくらいいつも編み込んでいます。全体の半分が金髪。前髪はパッツン。そんな、どちらかというと奇っ怪な髪型であります。

 でもこれが、なめられないんです。確か自撮りの回で書いたかと思いますが、今の私は表情筋をムキムキに鍛えていて、外出している時はだいたい笑顔です。つまり、やたらニコニコしている半分金髪の編み込みパッツン女です。このキャラに対して「上から」の態度で接しようと思う人は、そうそういないみたい。まあ、そうですよね。こんなキャラの上に立って満たされる奇特な優越感をお持ちの人がいたら、ぜひお会いしてみたい。

 つまり、なめられない女になるためには、「こんな奴の上になんて立てないor立ちたくない」と思わせるキャラになることが大事だったんです。中途半端な道端ジェシカ風アラフォー女になったところで、もっと道端ジェシカに近いルックスの人たちに「この程度の人の上に立つのは余裕」と思われるのが関の山。

 それと、なめられ防止でもうひとつ大事なのは、アフターケアですね。たとえば何か失礼なことをサラッと言われた時、どう対応するか。ニヤニヤ笑ってごまかしたりするのが一番最悪ですが、ブチ切れるのも余裕の無さの証明になるのでNG。「えっ◯◯さんってけっこう失礼なことを言う系なんですね~」などと、とっさに笑顔で軽く刺し返すくらいの機転があれば、それ以上いじられたりすることはありません。これはもう、場数を踏むしかない。

 37歳になって、髪は伸びたけどビヨンセや道端ジェシカみたいにはなってなくて、でもなめられないようにはなりました。人生って、いつも自分の想像したようには進まないけど、着地点はそれほどズレないものなんですね。ちなみにビヨンセはというと、今年の6月に双子を出産。道端ジェシカさんも7月に、シングルのままでの妊娠を発表しています。彼女たちのファッションを目指すことは多分もうないけど、そのアグレッシブな生き方はいつだってまぶしい。これからも人生のパイセンとして、崇めていこうと思います。(2017年9月)

 

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瀧波ユカリ『女もたけなわ』

長い女の一生で、恋に仕事に遊びに全力で取り組む時間と体力があり、最高に盛り上がっている時期が、女の「たけなわ」。でも「たけなわ期」は、恥をかいたり、後悔したり、落ち込んだりの連続。そんな茨のたけなわ期を滑って転んでを繰り返しながら突っ走って見えてきたのは……。煩悩を笑い飛ばす、生きるヒント満載の反面教師的エッセイ。