伊藤忠商事前会長、元中国大使でビジネス界きっての読書家・丹羽宇一郎さんが、本の選び方、読み方、活かし方、楽しみ方を縦横無尽に語り尽くす新書『死ぬほど読書』から、週刊誌は読書に入るかについてをお届けします。

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週刊誌は読書に入るか

(写真:iStock.com/Thinglass)

 会社の経営者には読書家の人が少なくありません。組織のリーダーは、人間というものへの深い洞察と理解が求められる立場にあります。また、重責を担っているわけですから、仕事に関することを人一倍勉強しておく必要があります。ですから、本を読んで己を磨かなければいけない。そんな気持ちも強いと思います。

 もっとも、なかには活字といえば、週刊誌とスポーツ新聞しか読まないような人もけっこういます。それでも優れた経営者は散見されます。しかし長い目で見れば、社員や会社にとっては歓迎できる姿ではないように思われます。

 私がこれまで出会った経営に長(た)けたトップは、たいてい読書家でした。技術畑出身でも、経済や政治、歴史から小説に至るまで幅広く、かなりの量の本を読んでいました。

 私も学生の頃は、週刊誌を1週間に10冊くらい読んでいました。しかし、それを続けているうちに、「何で俺はこんなバカげたものを一生懸命読んでいるんだ?」と、ふと思ったのです。

 どの週刊誌も、中身は似たりよったりです。有名芸能人のスキャンダル、政治家の不祥事、新しい財テクの紹介、等々。それらをとことん読んだので、週刊誌がつくられるパターンがすっかりわかってしまった。この程度なら自分でも取材をして記事が書けるぞと思って、それからはほとんど読まなくなりました。

 いま私が雑誌で定期的に購読しているのは、経済誌の「週刊エコノミスト」と月刊誌の「文藝春秋」だけです。この2冊は隅から隅まで読むことにしています。

「文藝春秋」は政治、経済、文化、芸術、科学、スポーツ、娯楽と多岐にわたる分野の読みものが収録されています。そこには人々の関心を呼んでいる話題が取り上げられていて、世間の興味がどのようなものに向かっているのか、一般の人たちが考えている傾向はどうなっているのか、といったことが把握できます。

 編集後記を含め、すべての記事に目を通すのは、興味ある記事だけ選んでいては、好きな分野の情報しか頭に入ってこないからです。ですから、ふつうならまず読まないタレントが書いた記事でも、最後まで読み通します。

 この2冊は私にとって読書ではなく、政治、経済、社会、科学、文化にまつわる、さまざまな情報を仕入れるためのツールのようなものです。

 海外の雑誌でも、「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」だけは定期的に目を通しています。これには日本のメディアが伝えない情報が掲載されているので、関心のある記事だけ拾い読みしています。

 外国人記者による対象のとらえ方は、往々にして日本人の常識や考え方を相対化させてくれます。それによって多角的にものを見たり、考えたりすることができるのです。

 

週刊誌が騒がせる「動物の血」

 最近、ある週刊誌の取材を受けて、その週刊誌を久しぶりに読んでみたのですが、そのくだらない内容に驚きました。

 ある老舗の週刊誌はスクープを連発して話題になっていますが、そのスクープ記事にしても芸能人や政治家の不倫騒動だったり、野球選手の賭博問題であったり、有名タレントの独立騒動だったりと、愚にもつかないものが圧倒的に多い。

 どうしてそうなるかというと、大衆の関心は他人の不幸を見聞きすることにあり、心のなかは「ねたみ、ひがみ、やっかみ」に満ちているからではないでしょうか。

 人間は、私が週刊誌を読みふけった50年前とまったくといっていいほど変わっていません。人間と同様、週刊誌も、50年先も形は変われど中身は同じで、売れ続けているのではないでしょうか。

 週刊誌の役割は、大衆の下世話な覗き趣味に応えることです。人間のどろどろした部分、愚かさやくだらなさを知るために、たまに読むならいいかもしれません。

 しかし、ねたみやひがみがそれに向かわせているわけですから、そんなものをずっと読み続けていたら、負の感情に偏った人間になるのではないか、と私は思っています。

 人間は所詮、動物です。飢えそうになったら、略奪してでも食料を得ようとする、自己保身の本能を持っています。私はそれを「動物の血」と名づけています。

 週刊誌は人のなかにある「動物の血」を騒がせるものです。心の栄養にも頭の栄養にもならない。いってみれば、栄養がなく、カロリーばかり増えるスナック菓子のようなものです。ですから、週刊誌をいくら熱心に読みこんでも、それを読書とはいえないでしょう。

 その動物の血を抑えるのは、それと対極にある、「理性の血」しかないと私は思います。「理性の血」とは、ものごとを俯瞰(ふかん)してみる力、相手の立場を理解しようとする能力をさします。

 もっとも、いまは週刊誌的なネタや情報がネットで広く読める時代です。週刊誌は形を変え、これからはネットがその機能を大きく担っていくことが予想されます。

 ただ、ネットの情報は週刊誌よりも、もっと断片的な細切れのものばかり。週刊誌よりも「理性の血」を刺激する部分はさらに少ない。その意味で文字というものは、ますます「動物の血」を刺激するために供されていく流れにあるのかもしれません。

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もし、あなたがよりよく生きたいと望むなら、「世の中には知らないことが無数にある」と自覚することだ。すると知的好奇心が芽生え、人生は俄然、面白くなる。自分の無知に気づくには、本がうってつけだ。ただし、読み方にはコツがある。「これは重要だ」と思った箇所は、線を引くなり付箋を貼るなりして、最後にノートに書き写す。ここまで実践して、はじめて本が自分の血肉となる。伊藤忠商事前会長、元中国大使でビジネス界きっての読書家が、本の選び方、読み方、活かし方、楽しみ方を縦横無尽に語り尽くす。