2020年、高齢者が国民の3割を超え、社会保障費は過去最高を更新。
 破綻寸前の日本政府は「七十歳死亡法」を強行採決する!

 長寿は不幸の種なのか? 垣谷美雨さんによる、すぐそこに迫る現実を描いた衝撃作「七十歳死亡法案、可決」を、5回にわたって公開します!

 

 七十歳死亡法案が可決された。
 これにより日本国籍を有する者は誰しも七十歳の誕生日から30日以内に死ななければならなくなった。例外は皇族だけである。尚、政府は安楽死の方法を数種類用意する方針で、対象者がその中から自由に選べるように配慮するという。

 政府の試算によれば、この法律が施行されれば、高齢化による国家財政の行き詰まりがたちまち解消されるとしている。ちなみに、施行初年度の死亡数はすでに七十歳を超えている者を含め約二千二百万人で、次年度以降からは毎年百五十万人前後で推移する。

 この十年、日本の少子高齢化は予想を上回るペースで進んだ。それに伴い、年金制度は崩壊し、医療費はパンク寸前である。さらに介護保険制度に至っては、認定条件をどんどん厳しくしてきたにもかかわらず、財源が追いつかなくなっている。

 当然予想されたことだが、同法は世界中から非難を浴びている。人権侵害の最たるものだとして、宗教団体はもちろんのこと、各国の議会においても、法律の廃止を求める声明が相次いで発表された。

 しかし、少子化に悩むイタリアや韓国などは静観のかまえである。一方、中国は長年に亘るひとりっ子政策の影響で、少子高齢化のスピードは速く、老齢人口が二割を超えるのは時間の問題だ。二割といえば日本の総人口の約二倍にもなる。それだけに、日本における当法律の行く末を、中国政府が注視しているという声も聞かれる。

 戦後、日本は急速に食糧事情が良くなり、医療も進歩した。おかげで日に日に平均寿命を更新している。
 
 果たして、長寿は人類に幸福をもたらしたであろうか。
 本来ならば喜ばしいはずの長寿が、国の財政を圧迫する原因となっただけでなく、介護する家族の人生を台無しにするような側面があることは今や誰も否めない。
 今後も世界中の議論を呼ぶところだ。施行は二年後の四月一日である。
                  〈週刊新報・二〇二〇年二月二十五日号〉


お義母さん、早く死んでください

 ――三月、閑静な住宅街にて。
 洗濯物を干そうと、宝田東洋子が裏庭に出ると、どこからか春の匂いがした

 春が来たところで、花見にすら行けないのだけれど……。
 お義母さんの介護をするようになってから今年で何度目の春だろう。

 女子大時代の友人たちは、吉野の桜を観に行くらしい。ずいぶん遠出をするようになったものだ。最初は都内のレストランで食事をするだけだったが、次は観劇と飲み会のセットになって、その次は一泊旅行になり、今年は二泊もするという。全員が子育てを終え、二十年ぶりの自由時間を満喫しているようだ。

 ――みんなわかってるのよ。遊べるのが束の間だってこと。親の介護がいつ始まるかわからないもの。こんな悠長なことしていられるのも今だけだと思うとみんな気が急くみたいで、名所旧跡をじっくり見るんじゃなくて、駆け足でなるべくたくさんのものを見て回ろうって感じなの。

 いつだったか、友人は電話口でそう言うと、自嘲気味にふふふと笑った。
 しかし、七十歳死亡法ができてからは、そんな考えも根底から崩れ去った。法律が施行される二年後には、七十歳以上の者は全員死ななければならなくなったからだ。おかげで、今現在親の介護で苦しんでいる者たちは晴れて解放される。そして、いつかは面倒をみなければと悲壮な覚悟をしていた者たちの心配も無用となった。

 お義母さんのいなくなったこの家……。
 二年後を想像してみる。
 生活はがらっと変わるはずだ。お義母さんには本当に申し訳ないけれど、想像しただけで心は解放感でいっぱいになる。
 そんなことをぼんやり考えながら夫のシャツを干していると、ブザーが聞こえた。

「東洋子さあん」
 お義母さんが切羽詰ったような声を出すのはいつものことだ。最初はなにごとかと慌てたが、今ではもう慣れた。あれだけ大声を出せるということが元気な証拠なのだ。

 しかし、庭にいてもこんなにはっきり聞こえるなんて知らなかった。お義母さんの部屋は庭に面してはいるが、縁側のサッシは閉めてあるし、部屋の障子もぴったりと閉めてあるのだ。

 この分だと、今までも近所に聞こえていたに違いない。
「東洋子さあん」
 今度は、ブッブッとブザーを短く鳴らしながらの大声だ。

 あとタオル三枚。干し終わってからでいい。こんなうららかな日には、柔らかな太陽の光を少しでも長く浴びていたい。
「東洋子さあん」
 返事をしないでいると、声はさらに大きくなった。

 もしかして本当に具合が悪くなったのでは?
 悪い予感がして、洗濯物を放り出して家の中へ駆け込んだ。

 

写真:iStock.com/A8-dct

 


「大丈夫ですか!?」
 ドアを開けた途端、しかめっ面と目が合った。
「やあねえ、騒がしいわよ、東洋子さんたら」
 のんびりした声だった。「いったいどこにいたのよ。何度も呼んでるっていうのにずいぶん時間がかかるのね。豪邸じゃあるまいし」

 お義母さんが倒れてから、裏庭に面した客間に介護用ベッドを入れた。日当たりがいいからだ。
 和室だったのをフローリングに替えたのは、オムツを替えるときに便が畳に落ちてしまい、いつまでも臭いが取れなかったことがきっかけだった。本人の希望により、漆喰の壁も雪見障子もそのまま残したので、和洋折衷の奇妙な造りになっている。

 以前は、書院造りの床の間には年代物の掛け軸がかけてあり、華道の師範を持つお義母さんの手で花が生けられていた。しかし今、そこには買い置きのオムツパッドやタオルがうずたかく積まれている。

「庭が見えるようにしてちょうだい」
「はい。今日はいいお天気ですよ」
 障子を開けると、眩しいほどの光が差し込んできた。
「殺風景な庭ねえ」
「すみません」

 お義母さんが元気だったころは、色とりどりの花が咲いていたのだ。しかし今はなにもない。猫の額のような庭の隅には楓と貧弱な松の木がぽつんとあるだけだ。
「ねえ東洋子さん、庭をお花でいっぱいにしてくれないかしら」
「え?」
「ここから見える景色が私の世界のすべてなんだもの。美しいものを見たいわ」
「はい……考えてみます」

 お義母さんの気持ちはわかるつもりだ。植物を愛する人間にとって、草木はきっと大きな慰めになるのだろう。だけど、自分は園芸が得意ではない。初心者向きだとされているポトスでさえ枯らせてしまったことがある。
 どうしたらいいだろう。
 そうだ……鉢植えの花を買ってくるのはどうだろう。並べるだけだったらできる。

「なにをぐずぐずしてるの?」
「は?」
「早くおむつ替えなさいよ」
「あ」

 気づかなかった自分が情けない。
 お義母さんが不機嫌だったり、難題を押しつけてくるのは、おむつを替えてほしいときなのだ。何年にも亘る介護でわかっているはずなのに、その空気をうっかり読み違えてしまう。
「すみませんでした。今すぐに」
 足もとに回り込み、掛け布団と毛布をめくる。

 丸々と太った白い二本の足が現われた。お義母さんは自分で膝を曲げ、腰を浮かす。そうしてくれることで、格段にオムツを替えやすくなるのだが、この動作を見るたびに、リハビリすれば自力で歩けるのではないかと疑いたくなる。骨折したとはいうものの、手術して治ったのだし、七十歳死亡法案が可決される前までは、少しずつ立ち上がる練習もしていたのだ。

 しかし、あの法律が決まってからというもの、お義母さんはすべてに対して投げやりになってしまった。「どうせ死ぬのにばかばかしい」が口癖になり、起き上がろうとしなくなった。とはいえ、年寄りは骨折をきっかけに寝たきりになるものだと聞くから、こういうのが一般的なのかもしれないが。

 紙オムツをはずす。
 強烈な臭気が立ち昇った。
 思わず息を止め、ゆっくりと口で呼吸する。
 おむつ替えのときには余計なことは一切言わないようにしている。なるべく無言でいるのがいい。人におむつを替えてもらうときの屈辱感といったらどうだろう。お義母さんのつらい気持ちを増幅させないように、てきぱきと済ませることが大切だ。

 ウェットティッシュで股の周りを拭き、尿取りパッドを新しいものと交換する。汚れものを新聞紙にくるみ、ビニール袋に入れてしっかりと口を縛った。
「体も拭きましょうか?」
「そうね。お願いしようかしら」

 パジャマと肌着を脱がせると、素早く大判のバスタオルをかける。裸を見られて恥ずかしがるのは若い娘の専売特許ではない。衰えて張りのなくなった肌を見られるのだっていやなものなのだ。自分自身ももう若くないからわかる。だから、部屋には二人しかいないけれど、バスタオルを少しずつずらしながら拭く。

 丁寧だけど手早く。手早いけど優しく。これがなかなか難しい。実家の母のようなベテランになるには、まだ何年もかかりそうだ。
 背中を拭くとき、大きくえぐれた傷跡が見えた。それを見るたび、感謝の気持ちでいっぱいになる。

「終わりました。どこかかゆいところはありませんか」
「ないわよ」
 憮然として答える。
 ――さっぱりしたわ。
 これくらいのことを言ってくれるだけで、こちらの気持ちもずいぶんと違うのだけれど……。

 でも、お義母さんは介護がどれくらい大変なものか知らないのだから仕方がない。嫁の立場での三世代同居の経験もないし、お義父さんの癌が見つかったときは、すでに末期だったから、数ヶ月の入院生活のあとそのまま逝った。つまり、お義母さんは誰の介護もしたことがないのだ。

 汚れ物を持ってお義母さんの部屋を出た。便が出ていなかったということは、排便は午後からになるのだろうか。便秘で苦しいと訴えられたら、浣腸をしてあげなければならない。
 どうかワイドショーの途中に呼ばれませんように。

七十歳までめいっぱい人生楽しんで、さっさと死ぬって理想的じゃね?
 

 その日の午後、東洋子はリビングのソファに浅く腰かけ、お茶をひと口すすった。
 家の中は静まり返っていて、まるで誰もいないみたいだった。たぶんお義母さんはベッドでうとうとしていて、二階の正樹はまだ寝ているのだろう。
 

写真:iStock.com/miya227

 ワイドショー番組を観るのがささやかな楽しみだった。最近は七十歳死亡法が話題の中心なので、自分の今後になにか参考になるものはないかと思って真剣に観ている。
 ――あなたの人生は、残り何年ですか?

 ベリーショートの髪型をした女性キャスターが、深刻な表情でこちらを見つめた。ここ何週間か、番組の始まりは同じ台詞である。
 今五十五歳だから、七十歳まではあと十五年。あなたと同じよ。
 心の中で、キャスターに答える。
 そして、夫は五十八歳だからあと十二年。
 お義母さんは八十四歳だから、施行までの二年。

 ――さて、残りの人生を有意義に過ごすためにどうすべきか、今日もテレビの前のみなさんとご一緒に考えていきたいと思います。それでは本日のゲストをご紹介します。
 スタジオには、大学教授や国会議員たちが顔を揃えていた。いずれもテレビでよく見かける顔ぶればかりである。

 ――今日こそ与党の方々に言いたいわ。あなたたち、頭おかしいんじゃないの? あんな法律、国家の恥さらし以外の何物でもないわよ。前代未聞だわ。
 最初から熱くなっているのは人情家で有名な浅丘範子だ。六十代の野党議員である。
 ――浅丘さんこそおかしいですよ。だって前代未聞なんかじゃないでしょう。昔は姥捨て山というのがあったのを知らないんですか。

 ――馬鹿にしないでちょうだい。そんなこと誰だって知ってるわよ。そもそもね七十歳までしか生きられないなんて基本的人権を保障する憲法に違反してるの。それに……私は七十歳まであと三年しかないの。だいたいね、あなたたち、なにかっていうとすぐに沈みかけた日本という船を助けるため、なあんて言うけど、そのためならなにをしても許されると思ってるわけ?

 ――だけどさ浅丘さん、実際問題、みんな老後に不安感じてんじゃん。七十歳死亡法が施行されれば、老々介護で一家心中しちゃったとか、息子や娘が介護のために働きに出られなくなっちゃったとか、そういう悲惨な暮らしが一挙になくなるんだよ。あたし思うんだけどさ、七十歳までめいっぱい人生楽しんで、さっさと死ぬって理想的じゃね? 人生七十年、もう十分過ぎると思うけどね。

厚生労働副大臣のマリンコがにこりともせずに言う。彼女は、貧困な家庭で生まれ、両親の壮絶な虐待に遭い、近所の人の通報で命からがら養護施設に預けられた過去を持つ。中学二年のときに施設から脱走し、渋谷のキャバクラで働きながらひとりで生きてきた。本名は茉莉子だが、AV女優だったときの芸名のマリンコを今も使っている。歯に衣着せぬ言動や悲惨な生い立ちが世間に受けたのか、先の選挙では、まだ三十歳だというのに、トップ当選を果たしたのだった。

 ――あのねマリンコさん、十分な討議が尽くされないまま強行採決されたのよ。与党のあなたたちはとっても罪深いことをしたの。いつか歴史に裁かれるときが来るわ。きっと来る。絶対来るわ。

 浅丘が決めつける。
 東洋子は大きなため息をついた。
 時間をかけて討議することに、なんの意味がある? 話し合えば結論が出るという種類の問題ではないのだ。

 人道に悖る法律だと怒りまくっている人に、日本経済が疲弊しているデータを示したところで譲れないものは譲れないに決まっている。一方でマリンコが言うように、悲惨な介護生活をしている人に、いくら人情話を聞かせたって、きれいごとにしか聞こえない。

 つまり、話し合いはいつまで経っても平行線を辿るのだ。
 ――あのね老人というのはね人生の大先輩なの。豊富な経験があって、いわば知恵の塊なわけ。つまり国の宝なんです。それなのに七十歳で死ねだなんて、あなたたちよくもそんなこと……。
 浅丘範子は声を詰まらせた。彼女をゲストに招くのは、もうやめてもらいたい。時間の無駄だ。

 彼女の家で、年寄りの知恵が役立っているというのは本当だ。だって、父親も祖父も国会議員だったのである。選挙に勝つ方法からなにからなにまで親たちのノウハウがなければ今の浅丘はない。引き継いでいるのは知恵だけじゃなくて地盤、鞄、看板すべてだ。

 ――じゃあ浅丘さんに聞くけどさ、認知症の老人でも生きてる意味があると思ってる?

*   *   *

※この連載は、小説『七十歳死亡法案可決』p.8~の試し読みです。続きは、ぜひ書籍をお手にとってお楽しみください!

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