毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2017.08.12

甲子園大会は“越境入学”を許すな!

広岡 達朗

甲子園大会は“越境入学”を許すな!

 

 第99回の全国高校野球選手権大会が甲子園球場で始まった。北は北海道代表の滝川西高校から南は沖縄県代表の興南高校まで、49代表のうち昨年夏に続いての連続出場は11校。

 春夏連続出場は9校で、このうち大阪桐蔭は2012年に続いて史上初の2度目の春夏連覇を目指す。そして初出場は、私の母校・早稲田大学の系列校でもある早稲田佐賀など6校である。

 毎年、甲子園を舞台に展開される高校球児のドラマは、全国の野球ファンの感動を呼び、涙を誘う。

 しかし私は、甲子園に集結した球児たちを眺めながら、言い知れぬ寂しさを感じる。代表49校のうち、私立高校が41校で、公立高校は県立が7校、市立が1校の計8校しかないからだ。

 

スポーツ名門校に集まる野球エリート

 高校球児の夢舞台・甲子園が、入学試験の厳しい公立校にとって「狭き門」になったのは、今に始まったことではない。

 考えてみれば、1995年に私が日本のプロ野球で初めてのGM(ゼネラルマネジャー)に就任した千葉ロッテマリーンズのエース・伊良部秀輝は尽誠学園出身だった。尽誠学園は四国の香川県にある私立高校だが、伊良部は兵庫県尼崎市育ちである。

 この学校は野球をはじめバスケットボール、ソフトテニス、卓球など全国大会に何回も出場するスポーツ名門校で、全国各地から集まるスポーツエリートのために各部の寮まであった。

 当然、プロ野球で活躍した有名選手も多い。伊良部のほかにも、オリックスや巨人で活躍した谷佳知外野手や横浜ベイスターズの佐伯貴弘外野手がいるし、早大主将からヤクルトに入団した田中浩康は35歳でなお、横浜DeNAのセカンドを守っている。

 そして彼らはいずれも関西の出身で、中学を卒業後、野球名門校に“越境入学”した組だ。

 甲子園の球史を見ると、これまで「怪物」と呼ばれたスーパースターが多い。

 代表格は数々の伝説を残した栃木・作新学院の江川卓投手である。

 1980年代に投打の甲子園記録を塗り替えたのは、大阪・PL学園のエース・桑田真澄と主砲・清原和博内野手のKKコンビだ。

 そして90年代に登場したのがゴジラ旋風を巻き起こした石川・星稜の松井秀喜と、98年に春夏連覇を達成して「平成の怪物」と呼ばれた神奈川・横浜高の松坂大輔投手。

 さらに2000年代には宮城・東北高のダルビッシュ有と、北海道・駒大苫小牧の田中将大の剛腕コンビがいる。2人は今や、大リーグ・ドジャースとヤンキースの主力投手である。

 メジャーといえば、大リーグ移籍が注目されている日本ハムの大谷翔平投手も岩手・花巻東時代、高校野球岩手大会でアマチュア史上初の球速160km/hを記録した。

 

メジャーのエース・ダルビッシュも田中将大も関西出身

 102年の歴史を飾る甲子園の名選手をあげればキリがないが、私が注目するのは、その多くが私立高校の生徒だったことだ。

 もちろん、私立高校がいけないというつもりはない。私立もそれぞれの個性的な教育方針にそって長年の実績を重ねてきた。しかし残念に思うのは、甲子園出場校のうち私立高校がついに83%に達し、そのほとんどが遠方の県外選手を受け入れていることである。

 すでに知られているように、尽誠学園以外でも、横浜高の松坂は東京・江東区育ちだし、東北高のダルビッシュは大阪・羽曳野市で生まれ、地元の少年野球で才能を磨いた。

 駒大苫小牧の田中も兵庫県伊丹市の少年野球で頭角を現し、野球名門校に入るため北海道に渡ったのだ。

 ついでにいえば、甲子園の決勝戦で田中に投げ勝った早実の斎藤佑樹(日本ハム)は群馬県の出身である。

 このほかにも、同じような遠隔地から越境入学で寮生活を送る高校球児は多い。

 たとえば今大会に初出場した早稲田佐賀は、早大の創立者・大隈重信の出身地という縁で大学の系列校になった。早大への進学目的で集まる県外生徒のために専用の寮があり、歴代の野球部員の中にも寮生活で卒業した生徒がいる。

 

高野連は「聖地・甲子園」の原点に戻れ

 学校法人が経営する私立高校に校区の制限はなく、遠方の都府県から優秀な生徒を誘致するのは違法でもない。

 しかし高校野球の原点は、都道府県の代表として選ばれた49校が、伝統の甲子園で日ごろ鍛えた技と力を競うものではないのか。

 だからこそ、地域の代表チームを送り出した地元のファンが熱烈応援し、感動し、涙を流す。

 ところが、全国各地から有望な野球少年を集める野球名門校が、毎年のように甲子園に出場しても「地元ファンの感動は薄い」という話をよく聞く。さもありなん、である。

 私があえて“越境入学”に反対するのは、高校生活の3年間は野球だけでなく、基礎教養をしっかり身につける時期だからだ。

 この大事な多感な時期に、親元を遠く離れて野球漬けの寮生活を送る必要があるのか。野球名門校や甲子園常連校は、県外選手の寮生教育に甘くなっていないか。

 選手も、どうしても甲子園に行きたいのなら、わざわざ遠い私立高校に行くのでなく、地元都道府県の高校で甲子園を目指したらよいではないか。

 今大会の開会式でも、祝辞の文部科学副大臣は「都道府県代表として本大会の出場を果たされたみなさん」と呼びかけ、日本高校野球連盟会長も励ましの言葉で「高校野球の聖地・ここ甲子園球場で~」と選手たちを激励した。

 高野連は、私立高校の広告塔かプロ野球選手の養成機関になりかねない“越境入学”を見直し、甲子園大会を教育の原点に戻すべきだ。

 

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

広岡達朗『巨人への遺言 プロ野球 生き残りの道』
→電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)


電子書籍のみ!
読みどころ9章を抜粋した、ダイジェスト版を100円で発売中
→購入はこちら


生原伸久『東京オリンピック野球復活・陰の立役者 アイク生原の知られざる生涯』
→試し読み・電子書籍の購入はこちら(幻冬舎plus)
→電子書籍の購入はこちら(Amazon)

2020年の東京オリンピックで、3大会ぶりに野球が追加種目として復活する。
野球が初めて国同士の対戦として五輪種目に採用されたのは1984年、ロサンゼルス大会のことである。
その2年前、ロス五輪での野球競技実現に情熱を燃やした一人の男がいた。
27歳で単身渡米、大リーグ・ドジャースの雑用係からオーナー補佐に登りつめた日本人、“IKE”とはいったい何者だったのか? 55年間の人生すべてを野球に捧げた、その知られざる生涯に迫る。

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

この記事を読んだ人にはこんな記事もおすすめです
  • 過敏な人が、幸福で充実した人生を送るためのヒントを満載。
  • シリーズ累計13万部のベストセラーの第二弾!
  • 実家に久しぶりに帰った姉が、引きこもり中の弟に大事な相談を持ちかける
  • 美人かどうかは目元で決まる。
  • 不確かな未来と冒険の物語を、その情熱で捕まえて、前へ進め!!
  • 異世界に転生した冒険者の視点から、経営のコツとビジネススキルが学べる、異色のビジネスライトノベル。
  • ワケあり男女がシェアハウスに!
  • 人気芸人の、笑って、共感して、思わず沁みるエッセイ集。
  • 物語が、海を超えてつながった——!
  • 専門知識不要、伸び続ける投資法のしくみがわかる
過敏な人が、幸福で充実した人生を送るためのヒントを満載。
異世界に転生した冒険者の視点から、経営のコツとビジネススキルが学べる、異色のビジネスライトノベル。
学生限定 全商品10%キャッシュバック中!
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!