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2017.08.13

親が元気なうちに始める実家スッキリ化。

親が元気なうちに始める実家スッキリ化。

実家に帰ると、少しばかり居心地の悪さを感じることはないでしょうか。所帯じみた台所、モノがあふれる居間、ぎゅうぎゅうなクローゼット。『実家スッキリ化』の著者、堀川波さんはある時、親が元気なうちに、風通しのいい、みんなが帰りたくなる実家にしたいと思うようになります。もちろん、娘とはいえ、あまりでしゃばるのもよくないので、親子が互いにイヤな気持ちにならない関係を保ちながら進めた片付け方法とは?

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暮らしを小さくするって意外とむずかしい

 母がおもしろいことを言っていました。

「お父さんとふたり暮らしになった今でも4人家族だった頃に使っていた大きな鍋で昔と同じ量を作ってしまう。家の中のモノも、その感覚と同じなんやと思う」

 いつまでたっても、4人家族の感覚が抜けず、ふたり暮らしのサイズ感が身につかないというのです。暮らしを小さくするって意外とむずかしいんですね。

 例えばシャンプーを買おうとスーパーに行く。母ひとりしか使わないので、小さなボトルを選ぶべきなのですが、「欲しいものは大きなボトルでしか売っていない。しかも、小さいボトルは割高やから大きなボトルのほうがお得やろ」というのが母の言い分です。確かにファミリーサイズはお手頃です。こだわりを持ったひとり暮らしの女性なら、サロンや専門店で質のいいシャンプーを小さなボトルで買うのでしょうが、母にはそんな発想もありません。

 結局大きなボトルを使いきる前に途中で飽きて、別の種類のシャンプーをまた大きなボトルで買う。そんなことを繰り返すので、結果、お風呂場には使いかけのシャンプーボトルが5つも6つも並ぶという羽目に。どっちがお得なんだか……。

 調味料や食品、ティッシュやトイレットペーパーなどの消耗品もそんな感じで、ストックが家のあらゆるところで見受けられます。ひと手間かけるのも得意なため、トイレットペーパーをレンガのように積んで棚を作ったり、絶妙な隙間にティッシュボックスをはめこんだり。つっぱり棒を押しこみ、洋服をかけるなんて技まで繰り広げています。スペースがあるだけモノをためこむ才能は、もはやお見事! としか言いようがありません。


明らかに捨てるしかないモノ

 誰が見ても、どう考えても、明らかに捨てるしかないモノから手をつけ始めました。

 例えば賞味期限切れの食品、使用期限切れの電池、破損した日用品など。

 母は「まだ使えるでしょう」「使えるモノを捨てるのは嫌」と抵抗を示しましたが、そういうときは母の目の前に並べることで、いかに必要以上にためこんでいるかを見てもらい説得しました。

「見てみ。これ、お母さんとお父さんが死ぬまでに使いきれる量じゃないよね」

 7枚あったお盆は普段使い用とおもてなし用の2枚だけ残し、5枚は処分。古紙をまとめるナイロンひも10玉は8玉処分。祝儀袋は100枚以上ありましたが、「これから結婚するような若い知り合いひとりもおらんやん!」とツッコミ、5枚だけ残しました。

 もちろん母の気持ちもわからなくはありません。家族のことを考えて捨てられずにいるモノがたくさんあるからです。孫が来たら使うかも。そう考えておもちゃやレジャー用品、ホットプレート、タコ焼き器、10人分のふとんセットを抱えこみ、入院時に必要かもと、ラジカセやパジャマ、浴衣にタオルを大量に買いためる。

 たくさんのモノは、母の家族に対する愛情とも言える。

 ・今の暮らしで使ってるもの

 ・今は使ってないけど、必要なもの

 ・思い出のもの

 このような分類をしながら、作業を進めました。

もっといいのん、買ったるから!

 ひとつひとつが家族のヒストリーなので、母は捨てると怒るし、寂しがります。片づけを始めた当初、私がゴミ袋に捨てたモノを取り出して、「これはまだ使える」「今使ってるの!」と、理由をつけては捨てさせてくれませんでした。

 しかも私が実家から東京の自分の家に戻ると、「あれがなくて困ってる。どこに片づけたんや」とケンカ腰の電話がかかってくることさえありました。

 モノを捨てるイコール寂しいという気持ちもわかるのですが、これから10年、20年先を考えればそうも言ってられません。勝手に捨ててしまいたいところをぐっと我慢。両親に「捨てる?」と聞くと拒否反応を示すので、「これ、要る?」「使ってるの?」と、言葉に気をつけながらの確認作業が続きました。

 捨てるのを渋る母に効いた魔法の言葉は「もっといいのん、買ったるから!」

 捨てることに罪悪感を抱く母と、量より質重視で要らないモノを率先して捨てる私。相反するふたりが一緒に片づけをするのですから、衝突するのも当たり前。だからこそ、その先にある両親が快適に安全に暮らせる家、家族が仲良く集まる家という共通の目標が大事だったように思います。

 頂き物は、もらったときのうれしい気持ち、感謝の気持ちを持つことでその役割は終わる。そう考えると、気持ちがずいぶん楽になるものです。「気持ちを頂いた」ことをかみしめ、相手に敬意と感謝の念を持つことは必要だけど、好みやテイストに合わないモノは自由に手放していいと思ってます。

 なんでもかんでも頂いたモノだからと捨てられずにとっておくと、家の中はあっというまに混乱します。テイストもバラバラ、ゴチャゴチャして、インテリアを考える気すらなくなってしまいます。

必要な分だけ

 感心するほど、母はこまめにストックするほうです。山ほどある保存容器はそのためです。食べ残しは、必ず保存容器に入れて冷蔵庫にストック。でも悲しいかな、母の癖はここまでなのです。その食べ残しをアレンジして新しい料理を生み出すところまではいきません。結局、冷蔵庫に入れっぱなしの古くなったものを父が食べておなかをこわすという、危険な笑い話を何度聞いたことか……。

 子どもが小さいときは、実家に帰ったらまずは最初に冷蔵庫の中身の賞味期限切れチェックをしていたくらいでした。父とふたり暮らしにもかかわらず母は家族4人分を作るため、3日間カレー、4日間おでんを食べ続けることもザラ。「大きい鍋で作らんと、おいしないやろ!」と母は謎のポリシーを譲りません。

 関西には春を告げる釘煮という、小魚を甘辛く煮た料理があります。毎年母の手作り釘煮が東京のわが家に送られてきますが、「おいしいよ」と言ったら最後。さらに2倍の量の釘煮が追送されてきました。「こんなに食べられへん!」と電話すると、「冷凍しとき!」。

 いやいやいやお母さん。冷凍して食べたら旬のおいしさなくなるやん。旬のものは旬のときにちょこっと食べるのがおいしいと私は思うのです。

 食べきれる分だけ作る。一日に必要なだけの材料を買いにスーパーまで歩く。これが母の健康のためにも、すっきり快適な暮らしのためにもベストなのに、母は父の運転する車でスーパーに行って一週間分をどかっと大量買い……これがやめられないようです。

 これも、モノの少ない時代を生き抜いた団塊世代の特徴なのかもしれません。

思い出のあるモノの処分

 実家の押し入れには、私が学生時代に書いた丸文字の交換日記やら手紙やらがそのまんま残っていました。幼稚園から高校までの図画作品、通信簿、写真、スケッチブック、賞状まで!!! 私のモノだけでも相当な量があって、それらを分別するのもひと苦労でした。

 このとき私が考えたルールは、自分の子どもがその年まで成長したら処分するというもの。

 中3の娘と中3の自分。比べてみて「やっぱり同じやなあ」と思えるだけで子育てで悩んでいた気持ちがふっと楽になりました。

 昔のモノを見返し、手に取ると、使っていた頃の自分、時代、空気がよみがえります。こうやってひとつひとつ、捨てる前にモノと向き合うと、モノが浄化されて自分の中に積み重なるように感じました。この先忘れたとしても、自分のどこかにきちんとその時間が残っているのです。

 大量に残されている家族写真は親子で分別するのがおすすめです。あーあのときの! など思い出話を通じて新たな気づきがあったり、全く知らなかったファミリーヒストリーをひもとくことができたり……。

 大正5年生まれの祖母が亡くなる前に、20歳の頃の写真を見せてくれたことがありました。そこには、目の前にいるしわしわのおばあちゃんではなく、どことなく自分に似ている若い女性がいました。こんなふうに、片づけをしなければ知りえなかったこと、伝わらないこともたくさんあります。

 片づけは家族のコミュニケーションが深められるいい機会とも言えます。元気なうちに、伝えておいてほしいことを教えてもらえるいいチャンスになりました。

捨てた分だけハッピーがやってくる

 私自身、子どもの頃は片づけが苦手でしたが、大人になって好きになりました。節目節目には片づけをして気持ちを切り替えています。例えば仕事で一冊の本を書き終えた瞬間、机のまわりにはラフ、資料、メモ、画材など大量のモノがあふれ、足の踏み場もありません。さらに締め切り前は片づける時間がとれないため、家中がぐちゃぐちゃ。気持ちまですっきりしないので、書き終えた原稿を出版社に送ったとたん、片づけを始めます。使い終わった資料、本などは、すべてきれいに処分してしまいます。

 子ども部屋もトイレもお風呂も、すみからすみまで掃除。掃除に没頭することで頭の中まですっきり整理され、次の仕事へ、明日からの暮らしへと気持ちを切り替えることができます。

 過去のモノをそのまま置いておくのは、運の流れにとっていいことではない。そんなふうに考えています。循環させなければ、きれいな水は湧いてきません。流れが停滞すると、よどむ、濁るというイメージです。これは若いときに屋久島へひとり旅に出かけたときに、島中を循環している美しい水の流れを体感したせいかもしれません。それからは、運の流れを詰まらせたくはないので、要らないモノは捨てようと思うようになりました。片づけをして気の流れをよくすると、新しい運が巡ってくるように感じます。

 今回、考えられないくらい、実家のたくさんのモノを捨てました。ゴミ袋にしたら100袋は捨てました。でも、寂しいという気持ちより、捨てた分だけいいことが、これから起こりそう! という気持ちのほうが大きくて、わくわくしています。

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