◯『プラージュ』誉田哲也(Amazon) 
「連続ドラマW プラージュ 〜訳ありばかりのシェアハウス〜」
8月12日(土)スタート 毎週土曜 夜10:00よりWOWOWプライムにて放送(全5話)[第1話無料]

 

 

 小菅は所用のため同行できないが、隣駅の近くで不動産屋を営んでいる杉井という男に電話を入れ、事情を話してくれた。店の名前は「水門通り不動産」。携帯地図を見ながら辺りを探して歩くと、まもなく、色褪(いろあ)せた黄色いテントに同じ文字を見つけた。店構えは正直、頼りないほどに小さい。
 賃貸物件のチラシを隙間なく貼りつけたガラス戸を開け、
「ごめんください」
 中を覗くと正面にカウンターがあり、そこに、なかなか個性的な出で立ちの老人が座っていた。
 白髪の長髪に濃いめのサングラス、白いジャケットに黒いシャツ、そして赤いネクタイ。ひと言でいったら「白い落武者」だ。まあ、それでもサングラスだけは納得がいく。出入り口が真西に向いているのだろう、店内にはやたらと強烈な西日が射(さ)し込んでいる。
「……はい、いらっしゃい」
 第一声は、聞いているこっちが胸苦しくなるほどの嗄(しゃが)れ声。それと、異様にタバコ臭い。
「あの、保護司の、小菅さんに、ご紹介いただきまして……」
「吉村さんね。伺ってます。私が、杉井です。どうぞ、そこ閉めて、入って……座って」
「はい、失礼します」
 勧められるまま、貴生は男、杉井の向かいに腰を下ろした。
「よろしくお願いします」
 できるだけ丁寧に頭を下げて、上げて、数秒待ってみたが、特に向こうから何かいってくる気配はなかった。杉井は腕を組んでこっちを見ているだけ。いや、実際はサングラスが濃過ぎて、目を開けているのかどうかさえ分からない。
「えっと、あの……小菅さんから……」
 事情はお聞きだと思いますが、と続けることもできないほど、杉井の沈黙が重たい。やがて、杉井は無言のまま内ポケットに手を入れ、タバコの包みを取り出して一本銜(くわ)えた。ちらりと覗いた前歯は錆(さ)びたように茶色い。
 カウンターの端にあった卓上ライターで火を点(つ)け、大きくふた口、ゆっくりと吐き出して、ようやく口を開く。
「……なに、やったの」
 ザリザリと、聞く者の鼓膜を削る低い声。
「あ、はい……覚醒剤、です」
「執行猶予、何年」
「三年、です」
「今は」
「……は?」
「どんだけ経(た)ったの」
「まだ、三ヶ月です……っていうか、釈放されて一週間です」
 こぉーっ、とまたひと口、低く吐き出す。相手に煙を浴びせないように、などという配慮は一切なし。換気扇も回していないため、店内はあっという間に霧の中。西日の強さも手伝って、視界は濃い乳白色に閉ざされていく。
「シャブで執行猶予、か……」
 杉井が、ふいに天井を仰ぎ見る。その姿勢のまま、またしばらく停止。
 貴生は首筋辺りが、次第にチリチリとささくれ立っていくのを感じた。
 覚せい剤取締法違反で執行猶予って、そんなに重罪なのかよ──。

 

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