◯『プラージュ』誉田哲也(Amazon) 
「連続ドラマW プラージュ 〜訳ありばかりのシェアハウス〜」
8月12日(土)スタート 毎週土曜 夜10:00よりWOWOWプライムにて放送(全5話)[第1話無料]

 

1.貴生の事情

 オイ、起きろ、早く逃げろッ──。
 薄暗い夢の向こうからそんな声が聞こえ、借金取りや警察でもそこまで無遠慮には叩かないだろうというくらいの、強烈なドアノックの連打で目を覚ました。
 見慣れたワンルームアパートの天井。傍(かたわ)らに目をやると、ベッドサイドの目覚まし時計は四時二十分辺りを示している。けたたましいノックの音は続いていたが、でもこの部屋の玄関ではなかった。隣か、そのまた向こうくらい。
 だが次のひと声で、貴生(たかお)は完全に覚醒(かくせい)した。「火事だァーッ、早く逃げてくれェーッ」
 噓だろ、と疑ったのはほんの一瞬で、部屋の空気が若干煙たいこと、カーテン越しに見る夜の色がいつもと少し違うことに気づき、慌ててベッドから転げ出た。
 火事? 逃げろって、そりゃ逃げるけど、でもこのままじゃ駄目だ。とりあえず携帯、それと財布、キャッシュカードは財布に入ってるし、あと免許、保険証も、ってことは、このバッグごと持っていけばいいのか──。
 ちょうど脱ぎ捨ててあったジャンパーとジーパンもついでに拾い上げ、我ながら案外冷静だなと思いつつ玄関に向かったが、出ていきなり火に巻かれたら、と不安になって一瞬足を止め、でも外で叫んでた誰かはドアを叩いてたんだから大丈夫か、と思い直して飛び出した。
 貴生の部屋は一階の真ん中。外廊下を通って道に出るまでにはドアが二つあるが、それらはすでに開け放たれていた。その二枚に体当たりしながら駆け抜けた。視界の悪さは煙のせいか、あるいは単なる未明の暗さか。無意識だったが、息を止めていたので煙は吸わなかった。目はちょっと痛かった気がする。
 道に出ると十メートルほど先、顔見知りの、いかにも着の身着のままといった恰好(かっこう)の住人たちが、呆然(ぼうぜん)と建物を見上げていた。火元は貴生の部屋の真上、二〇三号のようだった。開け放たれた玄関ドアの中で、獰猛(どうもう)な赤い光が暴れていた。その距離でも顔には熱を感じた。
 消防車は? 呼びました、住人は他に? いえ、これで全員だと思います、隣の家は起きてるの? はい、さっき鈴木さんが知らせに、一一九番したの? はい、さっきしました──。
 数分して赤ランプを回した消防車が到着し、何台ものパトカーが通りを封鎖し、消火活動が始まった頃になって、貴生はようやく気がついた。
 ジャンパーとジーパンを持ってきたつもりだったが、よく見ると、ジャンパーとフリースだった。
 急に、いろんなことが不安になった。

 

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