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2017.08.13

かわいいけど病気持ち…カメルーンの小悪魔バエ

丸山 宗利

かわいいけど病気持ち…カメルーンの小悪魔バエ

体長わずか数ミリメートルの小さな昆虫を求めて、アマゾンの密林や広大なサバンナへと世界を旅する昆虫学者・丸山宗利氏。「昆虫こわい」と半ば本気で、半ば興奮を戒めるためにつぶやく丸山氏の旅を追ううちに、虫の驚くべき生態がわかる笑いと涙の昆虫旅行記『カラー版 昆虫こわい』が幻冬舎新書より発売中です。
今回はその中から「第3章 虫刺されは本当にこわい カメルーンその1」の一部を試し読みとして公開します。ある朝の貴重なリラックスタイム、丸山氏に悲劇が…。

 

小悪魔の洗礼

 翌日が実質的に調査初日となった。まずは朝食である。街で買った食パンとコーヒーという簡素なものだ。湿気った食パンにチョコレートやバターを塗り、コーヒーで流し込む。荷物の関係で今回はマグカップを持ってこられず、街でプラスチックのカップを買ったのだが、これが熱に弱く、コーヒーを注いだら半分くらいの大きさに変形してしまった。

 それから朝のトイレとなるが、一応トイレはあるものの、便座もなく、ただ地面に木の枠のようなものがあるだけで、座る場所がない。相当に脚の長い人が中腰でするようだ。これはちょっと無理だと思い、外ですることにする。
 森の中でズボンと下着を脱ぎ、ようやく落ち着いたとき、くるぶしのあたりに激痛が走った。ハチかと思って手ではらっても、その虫は動かない。ハッとして見ると、キョロリとかわいい目をしたハエが靴下の上から口を刺しているではないか。

「うわぁぁぁ!!!ツェツェバエだ!!」

 決して喜んでいるわけではない。ツェツェバエは「アフリカ睡眠病」という恐ろしい病気を媒介するハエで、「ああ、なんということになってしまったんだ」と刺されたあとにかなり動揺してしまった。アフリカ睡眠病に感染し、十分な治療をしないと、やがて錯乱状態となり、昏睡状態に陥って死亡する。この病気の存在により、ヨーロッパ人がサハラ砂漠以南のアフリカへ進出できなかったとさえ言われている。現在でも治療自体が難しく、毒のような副作用の強い薬を感染初期に飲まなければ、容易に治癒しないという。

 しかし、まだまだ旅行は長い。万が一感染していたとしても、事前に発症を予防できるような薬は存在しないし、少なくとも今は何もできない。ひとまず忘れて、町に戻ってから考えようと自分の心を無理に落ち着かせた。

 それにしてもツェツェバエはかわいい。こんなかわいい顔をしてひどいことをするなんて、まるで小悪魔だなと思った。もちろん、病気を媒介することは別にツェツェバエの利益でもなく、本意でもない。ただアフリカ睡眠病を引き起こす原虫がツェツェバエを乗り物として利用しているだけである。

 

コック兼ドロボウさん

 気を取り直して、調査の本格開始である。まずは衝突板という罠をあちこちに仕掛ける。森の中に透明のビニールシートの壁を作り、それに屋根を付け、さらに下に受け皿を置く。受け皿には酢酸などの保存液を入れる。そして、飛んでいて、誤ってビニールシートにぶつかった虫が、下の受け皿に溜まる仕組みである。

 私はこれを世界中で仕掛けて、たくさんの新種を発見してきた。肉眼ではわからないが、実は森の中には小さな昆虫がたくさん飛んでいて、しかもそういう虫はなかなか普通には採集できないので、衝突板罠を使うと珍しいものがたくさん採れる。とても大事な採集法なのである。

 また、ガイドのジョンを伴って、森の中を歩きまわることにした。今回の主目的は、最初に話したサスライアリの好蟻性ハネカクシである。まずはサスライアリを探すのだが、サスライアリは決まった巣を持たずに移動するので、ひたすら歩きまわって探すほかない。毎日十~十五キロメートルくらい、下を向いてサスライアリを探す。道をサスライアリが横切っていないか、近くの倒木や枝に行列はないか。目を皿のようにして、サスライアリを探す毎日がずっと続いた。薄暗い森の中で、いつまでも見つからないアリを探すのは、目も心も本当に疲れる。

 クマさんもしんちゃんも森の中を歩きまわり、それぞれに目的の虫を探していた。クマさんは採集の名人で、思わぬところから思わぬ虫を見つけてくるので、とても心強く、見ていて参考になる。しんちゃんはどこへ出かけても自由気ままで、まったく焦りというものがなく、落ち着いて自分だけの採集に集中している。それでいて互いに適度に気遣いができるので、一緒に出かけていちばん気楽な人でもある。

 あるとき、夕方になって森から帰り、休憩でもしようかと思って自分のテントをあけると、自分の体臭とは異なる匂いがする。そして、不自然に荷物の位置が変わっている。さらに、予備に置いておいた現金の一部や電池などの金目のものが減っているではないか。別の日に他の二人のテントでも似たようなことが起きていた。
 怪しいのはクロードである。その日、森から戻ると、必要以上に親切で、見つけた虫を渡してきたりした。その他さまざまな状況証拠からして間違いない。
 しかし、しかしである。仮にここで彼を注意したところで、彼が認めるはずもない。口論になったらどうなるだろうか。もしやジョンも知っているかもしれない。ここはジャングルとはいえ、実質的に密室である。あくまで彼らは本職のガイドであり、彼らが仕事を失うような行為をここで私たちがしたら、私たちの身に危険が降りかかる可能性がとても高いように思われた。そこで決めたのは、何も言わないことである。そして私たちが気づいているということを知らせるため、テントの入り口を紐で縛っておくことであった。

 それ以降、とくに何も盗られることもなく、平和な日々が過ぎていった。私だけが追加で二回もツェツェバエに刺されたことを除いて。

 

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次回は「第6章 熱帯の涼しくて熱い夜 マレーシア」の試し読みをお送りします。8月16日(水)公開予定です。

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体長わずか数ミリメートルの昆虫を求めて、アマゾンの密林や広大なサバンナへと世界を旅する著者は数々の恐ろしい目に遭ってきた。ペルーでは深夜の森で、帰り道の目印に置いた紙片をアリに運ばれ遭難しかけたり、カメルーンではかわいい顔したハエに刺されて死の病に怯えたり、ギアナでの虫採りが楽しすぎて不眠症になったり……。「昆虫こわい」と半ば本気で、半ば興奮を戒めるためにつぶやく著者の旅を追ううちに、虫の驚くべき生態や知られざる調査の実態がわかる、笑いと涙の昆虫旅行記。


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