ウォーキングを専門家に見ていただき、矯正すること。それは長いこと、ホントーに長いこと、希望しながらも、後回しにしていたことだった。理由の第一番は、お金が高そうであること。そして単発の講座に縁がなかったこと。東京にいるときには、時間があった頃は、お金も体力も気力もなく、ある程度体力がつき、資力も多少はできた頃には、ヨガとバレエをこなすので精一杯で、時間もとれなかった。それにウォーキングの個人レッスンとなるとやはり金額がはねあがる。東京で家賃を払いつつ、ヨガとバレエやって、たまには海外に自費で取材となると、さすがにちょっとどうかな……となった。

 しかし一応離島と名の付くところにいながら、ウォーキングを見てもらえるなんて、なんの奇跡が訪れたんだろうか。島にはスポーツクラブもプールもないのに。島は島でも人口三万人と、多めなのが良かったの? 引っ越してくるときにはまったく予想もしていないプログラムを、O川さんのおかげで受けることができて、ありがたい限りなのだ。

 バレエを習い、ハイヒールを履いていた頃は、歩き方にはかなり気を付けていたのであるが、ここんところ思いっきりサボっている。その大いなる原因は、長靴。外出時の半分以上を占めるのが、ゴム長靴での活動ときている。ヤギ舎まわりの手入れも、庭仕事も、わな猟見回りも、すべてゴム長靴が基本。ダニや蛇などから身を守るためでもある。そしてそのゴム長靴は、足のサイズにジャストではない。実寸に合わせて買っても、幅にはゆとりがあるし、とにかく中で泳ぐので、まともなウォーキングができない。いや、正直に言うとウォーキングどころではない。切り株だの岩だのがゴロゴロした、足場が非常に悪いところばかり歩いているので、転ばないように、膝を曲げ、腰を落として歩くことばかり。ヤギを草地に出すときなどは、引っ張られて転ばないように、必死で踏ん張り、綱を引く。

 せめて都会に行くときにはヒールの靴を履きたいところなのだが、いくつも仕事を抱えているものだから、鞄が重い。キャリーも引きずっていたりする。ピンヒール自体が難しい。もう少し安定感のあるヒール靴を履かないと。機内に持ちこむ手荷物さえも、パソコンに単行本に電源アダプタにとなって、かなりの重さになる。

 たまにはヒールの靴も履きたいからと、荷物にわざわざ忍ばせて履いてみるものの、足がすっかりなまってすぐに痛くなるという始末。綺麗なウォーキングなど、夢のまた夢という日々。

 そんなわけで、美脚のトレーニングは、衝撃だった。その前に行われた美尻トレーニングで教わったことがすべて吹っ飛ぶくらいの破壊力だった。

 だって、準備運動の後、参加者全員の歩き方を撮影して、それを見るところからはじまったのだから。

 うわーーーこれは。かっこわるーーーーーっ!!!

 この自分ウォーク、今だから直視できるけど、思春期、いや二十代でも無理だったかもしれない。途中で逃げ出したかも。なにしろ私のО脚はすごい。ものすごく歪んでいる。これで中学高校時代どれだけ悩んだことか。今はね、こうして他の人と同時に歩いて比べられても、直視できるくらいには面の皮も厚くなりました。まず昔ならば脚のラインがはっきり出る服なんて、絶対に着なかった。

 いまはね、ヨガで多少は矯正できたこともあるけど、せっかくのレッスンなんだからはっきりくっきり見るほうがいいからと、割り切ってスパッツ着用することもできる。おかげでくっきりはっきりのО脚で、しかもふにゃふにゃと、脚も手も芯のないタコみたいにゆらゆらしながら進んでいるのがまるわかり。酷い。ひどすぎる。

 絶望的にかっこ悪い歩き方を見ながら、心はつい自分に向いてしまう。こんな無様なものをみんなと一緒に見ても平気でいるだなんて、つくづく変わったなあ。おばばになって気楽になった部分もあるし、乳がんでシリコン胸にしてから居直ってる部分もあるし。そして気楽に居直ってもなお、脚と尻の形改善に立ち向かうという図々しさ。いや、気楽に居直れたからこそ、立ち向かえるようになったのかもしれない。

 どこぞのおっさんにババアがなにやってんだと揶揄されようが、どうでもいいのだ、もう。一ミリたりとも気にならない(ああ、この居直りが二十代でできていればなあ)。その代わり女友達にも勧めたりもしないけどな。

 そう、昔からのことだけど、女友達同士で、健康や運動くらいは共通の話題として上がるのだけど、その先の美容のこととなると、なぜかあんまり話題にならない。私の人望が薄く、避けられてるのか。それとも興味ないと思われてるのだろうか。まあ、女心の襞とか、コンプレックスとか自慢とか、他人のそういったものが昔から鈍感なので、最も噛み合わない話題ってことなのかね。

 で、意外なあの人が、え、顔に金の糸いれてたの??とか、エステに通ってたりとか、あとでチラリと耳に入ったりするのである。もちろん同世代。うーーむと考えていて、思い当たった。みんな私より働き者のお金持ちだよ! ああ、そうか。気を遣ってくれていた部分もあるのかもしれない。美容ってお金がかかるから、予算が似ている人でないと、話がしづらいというのもあるのかも。

 綺麗でいたいという気持ちは、人によって多寡はあれども、なくならない。けれど、それを女同士で共有するのも、おばばになればなるほど、それぞれの経済や家庭の事情に開きが出て来るので、難しいということか。

 とまれ、美容予算少なめの、離島住民の私に突然舞い降りた、素敵な美脚レッスン。自分の想像以上に醜い歩き姿に打ちのめされている場合ではない。立ち方を教わり、歩き方を教わる。それぞれどこかの雑誌の特集やソーシャルダンス漫画で見たり読んだりしていることなのだけど、実際に教わりながら、矯正されながら行うと、こうも違うものなのか。自分の重心が、あまりにも前のめりになっていたことに、愕然。そしてなるほど。前のめりになればなるほど、後ろはがら空き。尻も太もも裏も、上半身を支える必要もないから、筋肉も弛緩しっぱなしで定まらないままなのである。

 気分としては、頭を後ろにそっくり返るくらいにもっていかないと、踵から垂直のところに位置することはできない。つまりは私、首から前を突き出して、猿のように歩いていたことになる。いや、うすうすわかってはいましたが……。バレエのレッスンに通っていたころは、それでもまだ姿勢よく、頭も天から糸で引っ張られるように?と意識していたので、日常生活でもその名残に浴することができた。しかし現在のゴム長靴原人生活で、脆くも崩れ去ってしまった。ああ、歳をとってから習ったものというのは、離れてしまえばすぐに消えてしまうものなのだなあ。とても悲しい。子どもの時から習っておきたかったよ。

 腰から上の前傾を正し、お腹をひっこめ、脚を外旋させて立つ。壁を使って位置を確認したあと、自立してみるのだが、これだけでかなり疲れる。で、この上半身の位置をキープしながら前進しなさいというのである。歩くんだから当然なんですけど、無理です先生。進める気がしません。

 しかし先生は手慣れたもので、少しずつ導いて下さる。立ちの姿勢をくずさないようにして、片足立ちになる。

「この感じを覚えてくださいね」はあ。

 そうして言われた通りに片足を前に振り出して踵から着地すると同時にぐっと力をこめて後ろの膝を伸ばして押し出す。(記憶で書いてますので逐一精確ではないかもしれません)そして降り出した足に重心が移ったら、とにかく垂直にぐっと地面に突きさすように、踏み込むのだそうだ。

 ああ、これだこれ。全然やってなかった。膝を伸ばして押し出す行為も、踵を地面に突きさす行為も。私は地面を舐めるように滑って生きて来たのか。踵で地面をぐっと踏み込むたびに後ろ腿の筋肉と二の尻がキュッと締まる。毎日数千歩、歩きながら使われるべきこの筋肉を、私はずっと野放しにしていたのだ。ううむ。ヨガもバレエも歩き方は教えてくれないしねえ。

 レッスンの最後にはまた、撮影。ひーーー。受講者みんなで一列になって歩くのを撮影。しかしまあ先生が教えていらっしゃるモデルさんたちのようにはいかないにせよ、最初の歩きからは生まれ変わったように、そう、まるでクロマニヨン人から人間に進化したくらいに、シュッと歩けてはいた。まあでも十メートルが限度ですが。

 以来なるべく気が付いたときだけでも、ぐっと踵を踏みこむようにして、歩くようにしているのだが、日々の雑事に追われ、だんだんと薄れて来て、また猿歩きに戻りつつある。この原稿を書いて、久しぶりにしっかり歩かねばと思った。

 ああ、またみっちょん先生が島に来てくれないならば、来年あたり、大阪に通う計画をぜひとも立てたいところであるが。大阪直行のフェリーがあれば、楽なんだけどなあ。

 さて、みっちょん先生を呼んでくださつたО川大地さんなのだが。この原稿を書いている間に、小豆島町の施設から独立して、自分のスタジオを建ててしまった。とはいえまだ実際には行っていないで話しか聞いていないので、またそのうちに。

 彼だけでなく、島でなにか新しいことをしようとしている人たちのほとんどが、Facebookとインスタグラムを利用して情報を発信、拡散しているので、だいたいなにか始めましたなどというお知らせは、iPhoneを開けて寝床で知ると言う具合。

 昨年の春頃だったか、О川さんは突然SUPをはじめたのである。SUPかよ!! 七年くらい前に、はじめて湘南の長谷か稲村ケ崎で見かけた時は、思わず恥をかなぐり捨てて、近くのサーフショップに走り込んでしまった。それくらい奇妙な姿をしていたのだ。

「あの、今海に木の葉みたいに浮かんでるやつ、立って漕いでるやつ、なんなんですか、あれは??」

「サップ、スタンドアップパドルサーフィンって言って、今、西海岸とかでキテるんですよ。浮力が強いボードなので、初心者でも立てます」

 湘南の海は、波がたいして立たない。サーフィンをやってもイマイチなのではと思うのだが、サーファーは多く、そして各海岸で、サーフィン、ウィンドサーフィンなど、棲み分けがあったようだ。一応私も湘南から逗子にかけての海岸をことあるごとに彷徨って思春期を過ごしてきた。

 当時のサーファーというのは、なぜかカノジョがぽつんと砂浜で手作り弁当を携え、彼がサーフィンをやるのを見守るというものだった。自分とは完全に無縁な世界であった。私は独りで砂浜に打ち上げられたあれこれを拾いまくる”海乞食”さわやかな言葉でいうところのシーコーミングを楽しんでいるか、デートで来たところで海を眺めてビールを飲むくらいのもので。

 どちらかといえばサーファーの男は軽いので女の敵、くらいに思っていたように思う。その後、いつのまにやら砂浜で座って待つ女子はいなくなって、十年前、私が四十になった頃には、なぜか周りの三十代の男性が次々にサーフィンをはじめた。サーフィンは大学生のスポーツではなくなって、高齢化が着々と進んでいたのだ。要するに車とボードを所有しなければならない趣味は、もはや大学生にはハードルが高すぎるものとなっていたのだ。

 働いて、結婚もして、ちょっと小金もできて、落ち着いてきたころに、サーフィンに挑戦する俺。嬉々として、まだまだイケる俺、みたいな空気を出してサーフィンを語る彼らを、それはそれでうざいな、などと横目で眺めていたものだ。

 すみません。およそ十年後、まさか自分が五十を目前にSUPとはいえ、サーフィンをやることになるとは、思いもしませんでしたわ。ホント、あのとき馬鹿にしたような貌して、ごめんなさい。今まとめて謝ります。

 なにしろ普通のサーフィンは、難しい反面、波に乗れればカッコいいのだ。浜から見ていれば。それがまだまだイケルかも俺ゴコロをくすぐるのは、よくわかる。わかりますとも。暖かく見守ってあげたいですよ、今となっては。

 さてそして一方SUP。これはね、基本的に間抜けなのだ。格好が。私としては、木の葉を船にしている仙人にしか見えない。ボードショップの人に教えてもらって検索してみると、波が激しいハワイなどでは、普通のサーファーみたいに波に乗って颯爽と波しぶきを立てている。川下りなどもあった。まるで別のスポーツである。

 しかし海面が穏やかな場合は、ひたすら仙人状態。シーカヤックに非常に近い。シーカヤックは何回か島でやってみたのだけれど、あの、カヤックの中にはまり込むように座るのが、どうにも不自由な感じがして、楽しいのだけれど、開放感には欠けた。

 そこいくとSUPは本当にただ乗って立つだけという単純構造なのが、いい。しかも瀬戸内海は、波がとっても少ない。湖なのかというくらい、海面は穏やか。

 О川さんがアップする写真を見るまでもないけど瀬戸内海はホント―――に美しいし、SUPで漕いで入り江から入り江にと移動するのは獲っても楽しそうに見えた。

 興味ある人はどうぞとあったので、ヨガ教室のときに話をして、まずは実際に見せてもらうことにしたのが昨年の秋のこと。

 春夏とインスタグラムをウォッチしている間に、О川さんは独り明け方に、もしくは友達と一緒にサンセットと、ほとんど毎日のように乗りまくっていた。本気でハマってしまったらしい。

 朝、すこし遅れてオリーブビーチに到着すると、О川さんの姿がない。あれー帰っちゃったかなーとメールをすると、沖にいますという返事。いや、フェリーの中でも携帯通じるから、SUPしてても通じるのは当然なのだが、なんだか不思議。

 ボーっと水平線をながめていると、ぽつりと黒い人影が出て来て、それからだんだんと大きくなってきた。漕いでる漕いでる。うわーこのシルエットだ、なんだかおもしろいんだよなあ。漂流してる人にも見える。

 あんなに遠くまで漕げるようにならなくてもいい。海の上に浮かぶだけでもいいなら、すぐにでもできそうだ。ぜひ私も挑戦してみたい。そしてできるかどうかもわからないけど、ヨガをボードの上でやってみたい。湧き上がる野望を胸に秘め、О川さんの着岸を待った。

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