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ピンヒールははかない

2017.07.27 公開 ツイート

ラーキンの話

レイプされたと公表することにした。 佐久間裕美子

知っている相手、しかも尊敬する仕事相手からレイプされたらどうするか。誤解されるような言動をとっただろうか。お酒を飲み過ぎただろうか。そんなふうに自分を責め、彼の妻に申し訳ないと思い、そうやって時間をかけて気持ちを整理した彼女は、自分の経験を公表すると決めた。『ピンヒールははかない』の著者・佐久間裕美子さんがレポートするニューヨークの女たちの話。今回はシンガーソングライターのラーキンについて。

  * 

 ある日、フェイスブックを開いて目に入ってきたポストに凍りついた。シンガーソングライターで知り合いのラーキン・グリムが、8年前にプロデューサーにレイプされた、と発表したのだ。

 最後に会ったのは、彼女のウェディングだった。結婚式に呼んでもらえるほどの親しい仲でもなかったけれど、イースト・ビレッジの公園で、誰でもウェルカム、出入り自由というカジュアルな式だったから、気軽な気持ちで出かけたのだ。ずいぶんと年上に見えた夫は、イースト・ビレッジでちょっと知られたマジシャンで、ダウンタウンのパワーカップルになるのだろうと思った。友人たちによるお祝いのパフォーマンスが用意されたそのイベントは、結婚式というよりむしろフェスみたいで、歓声と笑いにあふれていたことを覚えている。

 結婚して以来のラーキンの人生の展開のほとんどはフェイスブックを通じて知った。音楽活動は続けていたけれど、結婚後わりとすぐに妊娠した。歌詞の表現に野心家で独立心の強いフェミニストと感じとっていたから、その速度で彼女の人生が進行していくことが意外ではあったけれど、かといってそれについて尋ねるチャンスもなかった。

 ところが息子を出産してまたしばらくすると、彼女のポストで、夫にもう一人女性がいたことを知った。二人は別れ、彼女はシングルマザーとして奮闘を始めた。ラーキンは幼い息子を連れていろんなところに出かけていたし、パフォーマンスも続けていた。ネパールに長い瞑想の旅に出たりもしていた。彼女のフェイスブックのポストは、息子の成長を喜ぶときも、別れた夫の浮気について語るときも、いつもまっすぐで、生々しい感情がほとばしるようだった。離婚の後始末に葛藤しながら前に進もうとしているのだろうと想像したりもした。

 そんな彼女がしかも、結婚より前にレイプの被害にあっていたというのだ。相手はマイケル・ジラ。ひと回り以上年上のミュージシャンで、プロデューサー。そこそこ有名なミュージシャンが属する音楽レーベルのオーナーでもあった。そしてそのレーベルから彼女はアルバムを発表していた。レイプが起きたとされる年に。

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佐久間裕美子

1973年生まれ。ライター。慶應義塾大学を卒業後、イェール大学大学院で修士号を取得。98年からニューヨーク在住。新聞社のニューヨーク支局、出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。アル・ゴア元アメリカ副大統領からウディ・アレン、ショーン・ペンまで、多数の有名人や知識人にインタビューした。翻訳書に『日本はこうしてオリンピックを勝ち取った! 世界を動かすプレゼン力』『テロリストの息子』、著書に『ヒップな生活革命』『ピンヒールははかない』がある。最新刊はトランプ時代のアメリカで書いた365日分の日記『My Little New York Times』。

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