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2017.07.03

意地悪されても「敵」と思わない

小池 龍之介

意地悪されても「敵」と思わない

 自らの頭の中のあちらこちらで囁(ささや)いている「考え」という名前のおばさんたちのお喋りを聞き流す。それが、前回の提案でした。

 では、他の人たちの頭の中は、どうなっているのかと、視線を転じてみましょう。

 たとえば、どんな人間関係でありましても、親しくなってゆく接近のプロセスでは、相手は私たちの中に、良い側面を偏った形で見出しがちなものですね。そして彼らは、私たちを「良い」と判断するので、親密だったり、親切にしてくれます。

 反対に、利害関係が相反している間柄であったり、敵対的になったり、疎遠になってゆくプロセスでは、私たちの中の要素のうち、好ましくない側面を強調して見出すようになることが、多いものです。彼らは、私たちを「悪い」と見なしますので、邪険に、批判的になります。

 それを、常識的に真に受けてしまうと、親切にしてくれる人を「良い人だ、味方だ」と感じるでしょうし、邪険だったり批判的だったりする人を「嫌な人だ、敵だ」と感じがちでしょう。

 けれども、親切にし、良い部分ばかりを見てくれるのは、私たちの頭の中にいる膨大なおばさんたちの声のうち、彼らにとって都合の良いおばさんたちの声だけを選んで認識する、という無知に陥っているに過ぎません。そして、それをやっているのもまた、「その人」という人格ではなく、頭の中の、特定のおばさんに過ぎないのです。

 その人の中の、おばさんの勢力図は絶えず目まぐるしく変動しています。ですから、条件がいくらか入れ換わりさえしましたら、容易に私たちの中の、好ましくないおばさんを見つけて、私たちを「嫌な人だ」と見なすおばさんの声が、その人の頭の中で、勝手に主導権を握ることもあります。

 たとえば、その人の脳内回路のうち、「自尊心を傷つけられた!」というおばさんの声をうっかり刺激しただけで、ぱっと、敵対的に変わることもあるでしょう。

 けれども、それもまた、彼らのうちの、膨大な数のおばさんの声のうち、ほんの一部分にすぎず、その主導権もまたすぐに変わります。「その人の全体」なるものがあって、その全体が「私たち全体」なるものに向かって、敵対してきたり親切にしてきているわけでは、ないのです。

 実際は、彼らの中の、7000人(ほんとはもっと多い)もいるおばさんのうち、ほんの2~3人が騒いで、私たちの中の、7000人もいるおばさんのうち、ほんの2~3人を選んで、けなしたり意地悪なことを言っているに過ぎません。そして、そうなっているに過ぎないことを知らず、「自らの意思で、嫌っている」という勘違いが発生しているだけなのです。

 しかも、諸行無常の迅速さで、おばさんたちは主導権争いに勝ったり敗れたりして、本当はパタパタと入れ換わり続けているのです。

 そうであれば、一体、誰が、誰を、けなしたり意地悪をしているのでしょうか?

―――答えは、そのとき限りのおばさんが、そのとき限りのおばさんを、です。

 そして同様に、反対のときは、一体、誰が、誰を、親切にしたり、優しくしたり、ホメたりしているのでしょうか?

―――もちろん、それもまた、おばさんが、おばさんを、です。

 そのように俯観的に相手と己を観察しているとき、親切にされたから喜んで「味方だ」と決めつける必要はなく、前は親切だった人が不親切に変わったからといって、「ひどい」「裏切った」「敵だ」などと、決めつける必要もありません。

 ただ単に、今は、そういうおばさんが喋って、こちらのどれかのおばさんと、互いに刺激し合っているのだな、というだけです。今はそうだというだけで、それに執着してもどうせ変動するので、無意味でしょう。

 その点で、誰も、「私」なるものを親切にすることも、ホメることも、邪険にすることも批判することも、できないのです。また、本当は、これまでも、一度もそういうことは、できてはいなかったのです。ただ、その一瞬だけの、おばさん同士の刺激のし合いがあるだけでありまして、相手は「味方」でもなければ、「敵」でもないのです。

 一見「敵だ」と感じても、そう感じているのもこちらのおばさん一人にすぎません。そう感じるきっかけになった相手の言葉や言動も、その人の中のおばさん一人にすぎません。

 ですから、「あー、この人の中には他のおばさんもいるんだから、このおばさんだけ見るのは止めておこう」と見ていれば、敵対しないで済むでしょう。

 誰かを「味方だ」と思って依存したくなっても、「あ、どっちもおばさん。この人の中には反対のおばさんもいるんだから、このおばさんにだけ注目するのは止めておこう」。すると、他人への依存や期待から脱して、自立し始めます。「敵だ」という依存も、「味方だ」という依存からも外れて、ありのままに、ただ、そのときそのときを感じている。楽な、ことです。

 このような、「私」を見出さないうえに、誰も見出さないひょうひょうとした安楽さこそ、マインドフルネスの味わいだと申せましょう。そんな、ひょうひょうとした心地のまま筆を措き、今回をもちましてこの連載を終えることにいたします。

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