福井県の旅はまだまだ続きます。
坐禅体験を済ませた宮田さんと、編集者テレメンテイコ女子は、変な岩のあるお寺「那谷寺」へ。
宮田さんにとっては、「いい奇岩」と「悪い奇岩」があるらしいのですが、テレメンテイコ女史には、どうでもいいようです……。でも、せっかくなので、どこがどういいのか、悪いのか、宮田論を、ぜひ読んでみてください。

**** ためしよみ 北陸 3回目 ****

「よい奇岩、よくない奇岩。」前編

 加賀温泉から観光地を巡る周回バスに乗って、那谷寺で降りた。
 永平寺に次ぐ目的地は、この那谷寺である。那谷寺と書いて、なたでらと読む。
 前々から来てみたいと思っていた。
 というのも、那谷寺には変な岩があるのだ。そして、私は奇岩に目がないのである。
 ただ、ひと口に奇岩と言ってもいろいろあって、たとえば海岸にポツンと突っ立つロウソク岩とか、象の姿に見える岩とか、その手の奇岩は、まあ一度見れば十分というか、本物を見なくても写真で十分なのであるが、なかには、どうしても現地を訪れたくなる奇岩というのもあって、まさしく那谷寺の〈奇岩遊仙境〉は、どうしても現場に立ちたいタイプの変な岩である。
 それがどんな岩か説明する前に、奇岩全般について少し語っておきたい。
 全国にはあちこちに奇岩があり、観光名所になっているところも多いが、これはぜひ見たいと思うほどの奇岩はそうそうない。私は奇岩とか妙な地形を見るのが好きで、その手の場所は結構調べたが、ほとんどはわざわざ見に行く気にならなかった。
 とりわけ、海岸などで一本立ちしているような、ランドマーク的な岩は、つまらないようである。観音さまのような岩とか、鳥に見える岩なんてものも、実はそこらじゅうにあって、別段珍しい気もしないし、不思議な文様のある地質学的に貴重な岩なんかも、門外漢には、はあ、そうなんですね、で終わりだ。
 なかにはちょっとカタチが珍しいってんで、聖地にされて、パワースポットなんていって増長している岩もあるが、たかだか岩である。調子に乗ってはいけない。
 私が思うに、奇岩には、よい奇岩と、よくない奇岩の2種類がある。
 私が考える魅力的なよい奇岩とは、別世界への通路がある岩である。具体的には、たくさん穴ぼこの開いた岩や、割れ目があってそこが通れるようになっている岩。
 その場合、岩全体が何に似ているとか、そういうことは二の次で、またその岩だけが周囲から突出して目立っている必要もない。風景のなかに紛れていても、そこに異界への回路が、目に見える形でつながっていればよい。
 洞窟があればよいのか、というと、それは違う。
 私は秋芳洞(あきよしどう)、龍河洞(りゆうがどう)、龍泉洞(りゆうせんどう)など、日本の名だたる鍾乳洞(しようにゆうどう)も訪れてみたけれど、穴のなかに入ってしまえば、そこはもはやただの暗闇でしかなく、不思議なカタチの鍾乳石があったとしても、まあそういうものなんだろう、でおしまいである。黄泉(よみ)の国に通じているとか、理屈はいろいろ言えるだろうけれど、異世界への期待感は明らかに薄らいで、洞窟はただの地下である。

 だから、穴はむしろ深い洞窟でないほうがよく、反対側に抜けられるトンネルになってるほうが、巡り歩くときに意外性があって面白い。
 私がこれまでに訪れたなかで、これはよいと思った奇岩は、たとえば下北半島の仏ケ浦(ほとけがうら)だ。
 海に面した奇岩地帯は日本各地にあるけれど、この仏ケ浦ほど不思議な場所はないのではないか。
 とくに印象深いのが〈蓬莱山(ほうらいさん)〉と呼ばれる岩で、雨水によって削られた幾筋もの細い溝が縦に走り、どこかSF的でダイナミックな光景をかたちづくっている。そのほか、ナイフのような鋭い姿の〈一ツ仏(ひとつぼとけ)〉や、直立した岩が海を眺める横顔に見える〈如来の首〉、水中に咲く巨大な花のような〈蓮華岩〉など不思議な岩がいっぱい。それらの間を歩き回ると、まるでどこか他の惑星にでも降り立ったような錯覚を覚えたものだ。
 群馬県にある妙義山の岩峰群もよかった。
 山水画のような迫力ある風景で、石門と呼ばれる穴が開いた岩がいくつかあり、それらの門をくぐりながらハイキングできるようにコースが設定されている。
 あるいは滋賀県の太郎坊宮(たろうぼうぐう)。
 ここはトンネルはないのだが、ピラミッド型のスタイルのいい山に設けられた長い階段を上っていくと、岩の割れ目が通路になった不思議な場所に出る。悪人がこの割れ目を通ると岩が閉じて押し潰されるという言い伝えも面白く、ちょっとしたアミューズメントパーク気分が味わえる。
 一方で、山のなかに突如屹立(きつりつ)する巨石とか、微妙なバランスで落っこちそうなのに落っこちない岩とか、一刀のもとに両断されたようなスパッときれいに割れた岩みたいなものは、日本各地にあるけれど、ひと目見るぐらいなら面白いものの、すぐに飽きてしまう。
 兵庫県の高砂(たかさご)には、〈石の宝殿〉と呼ばれる謎の巨石があって、大昔に誰かが石を切り出そうとしたまま中途で放棄され、それがブラウン管テレビみたいないびつな形で残っている。これは一見の価値があると思うが、巨石もこのぐらい意表をつく形でないと、インパクトがない。

 さしもの奇岩好きの私も、だんだんそのへんの按(あんばい)配(あんばい)がわかってきて、どこそこに名所になってる奇岩があると聞いても、簡単には心動かされなくなってきた。いくら名所になっていようが、ご神体として崇(あが)められていようが、面白いかどうかは別の話である。
 と、まあ、かように厳しい選岩眼を持つ私であるのだが、そんな私の目にも、那谷寺の〈奇岩遊仙境〉は、ガイドブックを見た瞬間、おおっ、と思わせるだけの説得力が感じられた。これは見に行く価値があると即断。
 というわけで今、やってきたのである。
「知ってましたか那谷寺」
「いいえ、全然」
 テレメンテイコ女史、ほとんど関心なし。
 女史は、昨夜ひとりでホテル近くのバーに飲みに行き、酔っ払っていたという。
 私が酒が飲めないので、いっしょに取材に来ると、たいてい女史はひとりで夜の街へ出かけていく。昨夜は地元のOLと話し込んだらしい。
「そうやって見知らぬ街で、地元の食材を肴(さかな)に酒を飲むのが楽しいんです」
「見知らぬ街の奇岩はどうですか」
「あ、どうでもいいです」
 この連載も長くなり、最近ではめっきりビジネスライクになりつつあるテレメンテイコ女史である。
「いいですねえ酒が飲めて」
「そうですね」
「飲んだら、さっさと眠れそうだしなあ。それに酒飲みはだらしないエッセイが書けるからうらやましいです。私なんかいつも頭がシャキッと覚醒しているので、だらしなく書くのひと苦労なんですから」
「なんか変なこと言ってますよ、宮田さん」

***
奇岩探しの旅はまだまだ続きます。
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