鶴田さんは、またまたとても興味深い研究をしている先生を紹介されます。
「音」でユダヤを読み解いている、中島尚彦さん。ヘブライ語と日本語の類似について研究なさっている方なのだそうです。
さて、その中島さんに、剣山に登った話をするとーー。

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本書の中から、途中途中を抜き出ししています。詳しくはぜひ、本書をお読みください!

鶴亀山とかごめの秘密

 昨日、剣山に登ったことをお伝えすると、
「それは素晴らしい! ここまで来たのだから剣山へ行かれることをお勧めしようと思っていたんですよ」
 というお言葉。とともに、中島さんの研究の一つである「かごめ」の歌の秘密についてお話し下さいました。
 かごめの歌の中にある「籠の中の鳥」というのは失われたアーク、つまり、ご神器を収めている聖櫃(せいひつ)を意味しているのではないかという説があるそうです。その聖櫃の上には神様をお護りするためにケルビムと呼ばれる天使像が向き合っていたと「旧約聖書」には書かれています。
 中島さんはかごめの歌詞の中にある〝ヘブライ語〞に類似した言葉について、辞書を引きながら、意味のある文脈を見出すことが出来るか検証してみることにしました。そうしたら、そこに衝撃のメッセージが含まれていたそうです。

「かごめ」とは「khagor + mi」という二つのヘブライ語に分解できる。その意味は「何を囲むのか」「何が守られているのか」「誰を守るのか」となるのだそうです。
「鶴と亀」は「tsur + kamea」で「お守りの岩」。ヘブライ語の意味から想像するに大きな磐座のようなものを言っているのではないか? ということです。これがもしかすると鶴亀山のことであり、鶴岩&亀岩のことであるのかもしれません。
 詳しいことは中島さんのHP(www.historyjp.com)に書かれていますが、中島さんによると、このかごめの歌は二つの意味に訳せるのだそうです。

 一つは

   何が守られているのか? 誰が守られているのか?
   守護されて封印され、安置して閉ざされたものを取り出せ!
   そして火をつけろ、燃やせ、社を根絶せよ!
   造られたお守りの岩の御利益もなく
   焼かれた荒れ地は見捨てられた

 という悲劇のシナリオ。そして、もう一つが救いの道を表す訳。

   何が守られているのか? 誰が守られているのか?
   守護されて封印し、安置して閉ざされていた神宝を、取り出せ!
   そして、火をつけろ、燃やせ! 神の社を根絶せよ。
   水際にお守りの岩を造り、無人の地に水を引いて支配せよ!
 
 どちらにしても、中核となるメッセージは「神宝」です。中島さんのHPでは、以下のように解釈が続けられていました。

「(略)それら神宝が収蔵場所から取り除かれた直後、神宝が安置されていた収納箱や、社の周辺一帯が火によって焼かれてしまったことを、『かごめかごめ』は証しているようです。その収納箱がもし、イスラエルの契約の箱であったとするならば、人類の歴史に大きな影響を与える一大事であったことになります。
 神宝の収納箱が焼かれるという背景には、神の社にて長年、不信仰な行いが蔓延し、神の怒りをかったことが原因ではないかと推測されます。神の怒りに触れて聖絶され、根絶やしになった町、村、都市の事例は、聖書にも数多く記載されています。(略)
 同様の出来事が、『かごめかごめ』の背景に存在していたのではないでしょうか。山上国家の聖地に収蔵されていたと想定される大切な神宝は、一旦、そこから取り出されて保護され、山から下ろされるやいなや、直後、『根絶やしにせよ!』という聖絶の命令が実行に移されたのです。そして神宝が取り除かれた後の社を含む、山頂の近郊一帯に火が付けられ、山々は丸ごと燃え尽きたのです。これまで国家統治と権力のシンボルでもあった山頂の聖地が、神の裁きを受けて消滅したことを、『かごめかごめ』は証していたのです。」(www.historyjp.com

 私は「ユダヤの御神宝は剣山にあったと思われますか?」と聞きました。すると、「海から渡ってきたユダヤの民が日本に御神宝を持ってきたとすれば、海に神輿が入る(海から神輿が上がる)お祭りのあるところにその歴史が刻まれているのではないかと思うのです。それで調べてみると、徳島県にはそういうお祭りが多いことがわかりました。高いところに神はおわしますから、やはり海から上がったアークは剣山に運ばれたのではないかと思います。でも、かごめの歌にあるように、その場所はその後、火事になり、御神宝はどこかに運び出されていると思います。なので、今は剣山にはないでしょう。でも、御神宝ですから、なくしたなんてことは絶対にありえない。だから、きっと、今もどこかに必ずあると思うのです
 とお答え下さいました。そうか! お祭りは過去の出来事を再現していたりするので、その形態を見るとそこから読み解けることがあるのですね。
 日本人であれば誰でも知っていると言っても過言ではない「かごめ」の歌。いつの日か時が来て、再び、封印されたものが放たれる日が来るのでしょうか。その日を待ちわびながら、この歌は何世代にもわたり、知らず知らずのうちに語り継がれているのかもしれません。
 中島さんは「かごめ」の他にも「さくらさくら」や「君が代」についてもヘブライ語との関わりを説いています。とにかくヘブライ語と日本語の類似は多く、知れば知るほどびっくりしてしまうのです。
 以下少しだけ例を出してみます。左が日本語で右がヘブライ語です。

   コマル(困る)―コマル(困る)  
   スワル(座る)―スワル(休む)
   イム(忌む)―イム(ひどい)
   ハラウ(払う)―ハーラー(遠くへ捨てる)
   ヤスム(休む)―ヤスブ(座る)
   カバウ(庇う)―カバァ(隠す)
   ホシク(欲しく﹇なる﹈)―ホシュク(欲する)
   ツライ(辛い)―ツァラー(恨み、災難)
   ダメ(駄目)―タメ(駄目、汚れている)
   イツ(何時)―イツ(何時)
   アリガトウ(ありがとう)―アリ・ガド(私にとって幸運です)
 
 などなど……まだまだ紹介しきれないぐらい数多くあります。そればかりではなく、古代ヘブル文字(ヘブル―アラム語 紀元前6〜4世紀)にはカタカナに似た文字が沢山あるのです。

***

まさか!? 思わず声も出てしまう、ヘブライ語と日本語の共通点。これは興奮しますね!

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