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2017.06.20

サーからフォーへ!続・女もたけなわ その10

私の自撮り、あの子の自撮り

瀧波 ユカリ

私の自撮り、あの子の自撮り

「アラサー」時代に書いた女の「たけなわ期」にまつわるあれこれ。「アラフォー」になって再考してみました。サーからフォーへの峠を越えて、分かったことは……?

私の自撮り、あの子の自撮り(サー篇)

 日常的に、「自撮り」をしている。スマホの画面の中では、大きな目をしたツルツル肌の私がにっこりと微笑んでいる。もちろん角度は斜め上からだし、肌はフィルタで美白済みだ。黒目がちに見えるように、目の開き具合や視線の向きもばっちり計算している。30数枚目にして撮れた会心の一枚をしばし眺める。まあ、可愛いと言えば可愛い。気分としては、悪くない。ほんの少しだけ、自意識が満たされる感じを味わう。

 しかし、この会心の一枚が現実の自分だと思ってはいけない。カメラロールを開くと、30数枚ぶんの自分の顔がスマホ画面を埋め尽くしている。どこかしら気に入らないところがある失敗作だ。しかし、どちらかというとこれらの失敗作こそが、現実の自分に近いのである。それを心に刻むように、私はサムネイル画像をひとつずつタップする。ケンシロウが敵の秘孔を突くように的確かつ無慈悲に、たん、たん、たん。端に赤い「レ」が表示される。これが現実、これが現実、これが現実。まとめてゴミ箱に放り込む。最後に、会心の一枚をしばし眺め、自分に言い聞かせる。まちがえるな、これは虚構なのだ。わかったか。そしてケンシロウのとどめの一撃が炸裂する。

 そんな事務的なケンシロウとして生きる私をよそに、巷の女子たちはためらいなく自撮りをブログやSNSにアップしている。その画像の下には「可愛い!」「キレイ!」などのコメントが並んでいる。それを見た私は、羨望と嫉妬の間で「うぐぐ」と声を漏らす。私もやりたい。でも、できない。「これは虚構である」という後ろめたさがジャマをする。彼女たちには、そういう気持ちはないのだろうか。だとしたら、とても強靭な神経の持ち主にちがいない。だってこんな画像、全然「本当」じゃないんだから。

 そんな考えは、ある日のちょっとした出来事でひっくり返ることになった。10数人が集う友人主催の飲み会の場で、友人の後輩にあたる20代半ばの子が、突然ひとりで自撮りを始めた。それも何度も表情や角度を変えて、納得のいくまで。周囲を気にする様子など、みじんもない。私は好奇心をおさえられず、彼女に声をかけた。

「それ、自分を撮ってるの?」
「はい、そうなんですけど、自分のスマホのバッテリーがなくなっちゃったんで、◯◯さんのを借りてるんです!」

 私は耳を疑った。皆の見ている前で、しかも他人のスマホで自撮り……絶対に、自分にはできない! さすが、自撮り公開女子は神経の太さが違う。そこでスマホの持ち主である私の友人が事態に気付き、あきれた顔でスマホを取り返した。

「やめてよ〜! カメラロールがあんたの顔だらけになってるじゃない、も〜!」
「あ、気に入ってるやつブログにアップするから、まだ消さないでください!」
「まったく、あんたはどこまで図々しいのよっ!」
「だって、今日の私かなり可愛いんですよ! 自分のことを可愛いって心から思ってる時の自分が一番可愛いんですよ! そして、そういう時ってなかなかないんですよ!」

 喧騒の中、私はひとり雷に打たれたように動けないでいた。そうか、彼女は「スマホで作り上げた可愛い自分」を人に見せているんじゃない。「自分のことを可愛いって心から思えた今日の自分」を見せているんだ。そしてそれは、日常的に自撮りをアップしている彼女にとってさえも「そういう時ってなかなかない」くらい貴重な瞬間で、日々の自撮りはそんな自分に出会うための終わりなき挑戦なのだ。大事なことを教えてくれてありがとう。私は、友人に頭をパンパン叩かれている彼女に向かって心の中でお礼を言った。

 自撮りを公開してる人は、自分を可愛いって思う気持ちを大事にしている人。そうわかったからには、やっぱりそこを目指したい。自分を可愛いって思えるようなポジティブさを持ち続けると共に、実際に可愛くなるための研究(表情とかメイクとか)を怠ってはいけないと己に誓う日々だ。しかしまだまだ未熟者ゆえ、私のカメラロールは毎朝「自分を可愛いって心からは思えてない感じの自撮り画像」でいっぱいになり、そして速攻でケンシロウに抹殺され続けているのである。(「GINGER」2014年2月号)

私の自撮り、あの子の自撮り(フォー篇)

 よいお知らせです。自撮り問題、完全に克服しました!
「自撮りを楽しくできるか、人に見せられるか」。これは自意識の取り扱い方の問題であるように見えて、本当は自己愛の問題だったのです。

 それは2016年の年末に突然始まりました。夫と娘が帰省して、私は家に一人きり。滅多にない機会なので、ふだんできないことをやろう。あ、笑顔の練習ってどうだろう?
 どうしてそんなことを思いついたのかはよく覚えていませんが、私はやにわに「笑顔 練習」でスマホアプリを検索しました。するとゲーム感覚で表情筋を鍛えられる「小顔っくま」というアプリを発見。さっそくインストールしました。インカメラで顔を映しながら口角を上げたりウィンクしたりして画面の中のくまを動かし、得点を稼ぐそのゲームは思いのほか難しく、3回やったところで私の表情筋は死亡寸前まで疲弊しました。のぞむところよ。勝負魂に火がついた私は、1時間おきにそのゲームをやりまくりました。

 数日後。表情筋がムキムキになったおかげで、いつも微笑みをたたえていられる私が爆誕していました。そしてあることに気が付きました。外に出て買い物していると、今までよりも店員さんが優しいのです。でも変わったのは店員さんではなく、もちろん私の顔。きっと今までの私は仏頂面で、あまり感じがよくなかったのだと思います。

 店員さんが私に優しくなったのと同じように、私も私に優しくなりました。鏡の中には親しみやすそうな笑顔を浮かべた自分がいるので、鏡を見るのが楽しくなったのです。ついでに自撮りもしてみました。あ、可愛い! iPhoneに表示された自分を見て、初めて素直にそう思えました。自分の顔を肯定的にとらえるマインドができあがっていた上に、表情筋が鍛えられたおかげで笑顔を作るのが格段にうまくなっていたのです。

 今では日常的に自撮りをしていて、たまにSNSにアップします。タイムラインに放流された自分の顔はやはりどこまでも親しみやすく可愛らしく、たとえだれかに何か言われたとしても気にならないなと感じます。

 この笑顔を忘れない限り、40になっても50になっても自分と仲良くしていられる未来が待っている。こんなに心強いことはありません。みなさんもぜひ、表情筋を鍛えてムキムキにしてみましょう!(2017年6月)

 

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関連書籍

瀧波ユカリ『女もたけなわ』
長い女の一生で、恋に仕事に遊びに全力で取り組む時間と体力があり、最高に盛り上がっている時期が、女の「たけなわ」。でも「たけなわ期」は、恥をかいたり、後悔したり、落ち込んだりの連続。そんな茨のたけなわ期を滑って転んでを繰り返しながら突っ走って見えてきたのは……。煩悩を笑い飛ばす、生きるヒント満載の反面教師的エッセイ。

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