廃墟好きな人ばかりか、訪れた人をみんな、圧倒し、魅了するという名廃墟、軍艦島。
しかし、宮田さんが上陸後、早々に気になったことは
「デートはどうしてたんでしょう」。
高い建物ばかりの島では、どこでデートしていても、上から見つかってからかわれたらしいとガイドさんから聞いた宮田さんが気になるのは……
「それ以上のデート、真のデートは、どうなるのだろうか」。

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 **** ためしよみ 長崎 3回目 ****
 「軍艦島で滅亡気分。」

 軍艦島行きのツアーボートは揺れに揺れた。
 あらかじめ、ジェットコースターのような感じです、とは聞かされていたが、さすがのジェットコースター好きの私も、この船には酔いそうだった。島に着くまで40分以上も揺られなければならないのである。いくら好きでもジェットコースターに40分乗り続けたらきついだろう。
 軍艦島は、端島(はしま)というのが本来の名前だそうだ。炭鉱があり、一時は何千という人が住んでいたが、昭和49年に閉鎖されてからは、廃墟となっている。
 ひとつの街がまるごと朽ちていく姿─しかも高層の建物が今では考えられない密度で建てられているために、島全体が迷宮のようになっているその姿─は、今では廃墟マニア垂涎(すいぜん)の聖地となり、圧倒的な存在感で海上にそそりたっている。
 おそらく廃墟マニアでなくたって、軍艦島を目にすれば、その異様な光景に目を見張るだろう。
 鉄筋コンクリートの高層住宅の廃墟が観光できるスポットは全国でも珍しい。というか、おそらく日本初だ。なので、せっかく長崎に来たなら軍艦島も見ておこうと、ふたりしてやってきたのだった。
 しかし、この激しい揺れ。
 うす曇りでときどきは小雪もちらつく冬の東シナ海を、船はぐらんぐらんしながら南へ向かって進んでいく。

     *

 やがて軍艦島が遠くに見えてきた。
 が、見えてからも、なかなか近づいてこない。
 おうおう、そんなところでじっとしてないで、お前がこっちに寄って来んかい。観光してほしいなら誠意を示せ、こっちはどんだけ揺れてると思っとんねん。と憤っていると、船長が、上陸前に全景を見るために島を1周してみましょうとか言いだし、なるほど全景は見てみたいが、島の裏側はますます波が高いとのことで、できれば軍艦島のほうでぐるっと回転してほしいと思ったのであった。
 すでに自分の意思で進んでいるとは思えない感じの船だったが、島の北側に回ってみると、これまでのはほんの小手調べに過ぎなかったことがわかった。
 岸壁には、ところどころ大きな波が当たって、どっぱーんと砕けており、船は木の葉のように翻弄された。
 もしかして台風?
 そんな話は聞いてない。天気予報では、やや波があるとかなんとかその程度だった。それなのにこの揺れはどういうことか。床がぐぐっと持ち上がったかと思うと、ひゅうううっと下がる。同時に船を打つ波の衝撃も伝わってきた。こんな海でそれなりに前に進んでいるほうがふしぎだ。

 もうわやくちゃだから、カメラを軍艦島方向に向けると闇雲にシャッターを切り、構図とか写真の出来とかは、カメラに任せて撮影した。
 しっかり注目できないけども、軍艦島は、波越しにチラチラ見た印象では、焼け跡のようだった。コンクリートの箪笥(たん す)みたいな高層住宅が黒々と不気味に口を開けて、戦争でやられました、と言っている。実際は戦争とは関係なく廃墟になったわけだけど、そんな感じだった。
 そうしてやっとの思いで島を1周し、桟橋に到着したときには、伝説の魔女の島にたどりついた勇者のような気分であった。
 ああ、よかった。
 これでやっとひと息つけると思いきや、上陸したら今度はめっちゃ寒いのであった。かすかに雪が舞っており、風も強い。
 思わず船に戻ろうかと思ったけど、陸から見る船は、としまえんのフライングカーペットみたいにぐらんぐらん揺れていたので、やっぱり寒いほうでいくことにする。

    *

 ツアーガイドの女性が、かつての島の暮らしについて、いろいろと説明してくれた。
 炭鉱そのものは島にあるわけではなく、島から3キロ離れた海の底にあったこと。坑内に入る際は、リフトで真っ暗な中を600メートルの地下まで下るため、恐怖でオシッコをチビった者もあったこと。仕事を終えた炭鉱作業員たちが服のまま入って汚れを落とす、専用の風呂があり、いつも汚れで真っ黒だったこと。資料が残っているだけでも、ここで215人が事故で亡くなったこと。炭鉱はどこもそうだが、劣悪な環境であった。
 炭鉱の仕事もきつかったが、地上で待つ家族の生活も大変だった。
 なにしろ狭い島に5000人以上が住んでいた。住居は上へ上へと増築され、小学校の上には中学校、そのうえに保育所が積み重ねられた。あまりに建物が密集していたために、下のほうの階にはほとんど日が射(さ)さず、昼間でも電灯をつけていたらしい。そのほか、海底水道が敷設されていなかった当初は、貴重な水を節約するため、トイレも風呂も炊事場も階ごとに共同だったそうだ。
 で、娯楽施設といえば、映画館がひとつとパチンコ屋、ビリヤード場、それに飲み屋が2軒あっただけ。ずいぶんストレスが溜(た)まりそうだ。
「デートのときはどうしたんでしょう?」
「堤防の上とか、資材置き場でデートしたそうです」
 でも高い建物ばかりなので、上から見つかって、からかわれるのらしい。そういうことになると、それ以上のデートは、どうなるのだろうか。つまり、その先にある真のデートは、いったいどこで行われるのか。大変気になる問題だったが、ツアーガイドが女性だったので、根掘り葉掘り聞けなかった。
 だが、島民の生活は決して暗いものではなかったという。
 子どもは屋上でも通路でもそこらじゅうで遊んだこと、犯罪がなかったこと、春と夏の祭りは島民総出で盛り上がったことなどなど、いろんな話を聞くうちに、私はなんともふしぎな気持ちになっていった。
 軍艦島に来るまで、そこは廃墟の島であり、見どころはまさしくその廃墟っぷりであって、不気味な建物や、迷宮のような錯綜(さくそう)した風景を見て、暗澹(あんたん)たる気持ちになるべくやってきたのである。ところが、こうしてここに実際に住んでいた島民のわれわれと変わらない明るい生活ぶりを耳にすると、軍艦島における多くの人々の人生というものがリアルに脳裏に浮かび上がってきて、よりいっそう暗澹たる気持ちになった。
 滅亡。
 言葉にすれば、そういう印象だった。
 ここで、ひとつの生態系が滅亡した。
 実際は、事故で亡くなった作業員を除き、ほとんどの人々は生きて島の外へ散っていったわけで、滅亡なんかしていないわけだけど、残虐なナチスドイツ軍の襲撃を受けて、人々が狭い島のなかを逃げ惑う姿とかを想像し、勝手に身震いした。あるいは恐ろしいペストが蔓延(まんえん)したのかもしれないし、突如火山が噴火して火砕流にのみ込まれたのかもしれないし、プレデターにひとりひとり殺されていったのかもしれない。いずれにしてもここに住む人々は、もう全滅してひとりも残っていない。そんなイメージが次々湧いてきて仕方がなかった。
「おそるべし、コロニー全滅……」
 これこそが廃墟の凄(すご)みというものだ。
「全滅してません。みんな引っ越したんですよ」
「これを見る限り、そうとは思えない。きっと全滅したんです」
「勝手に殺さないでください」

 そうして胸いっぱいになった私は、またぐらんぐらん揺れる船に乗って、長崎港に帰った。へろへろになりながらもなんとか無事生還し、ああ疲れた、めしでも食うか……と思ったら、突然テレメンテイコ女史が胸をかきむしるように暴れだした。えええっ、いったいどうしたんですか、と駆け寄ると、次の瞬間、胸からドバッと血が噴き出して、中からギョエエー! と叫び声をあげながら、エイリアンの幼虫がああああ!
 って、ある程度予想はしていたが、現実の軍艦島は予想を超えていた。想定以上の暗澹に、大満足だったのである。

   *

 このあとわれわれは、さらに観光を続け、長崎駅前の妙にでかい観音さまを見に行った。観音さまは、建物並みにでかい亀に乗っていた。
 急斜面に立っており、亀はスノーボードがわりと思われた。
 そのすぐ近くの、キリシタン弾圧で殉教した日本二十六聖人記念館にも行き、ここでは、出島のケンペルの七福神と同じような、南蛮人が描いたでたらめな日本の絵を見て、おおいに感じ入った。なかでも気に入ったのが、シャルルボアなる人物によって描かれた安土(あづち)城で、それはこんな絵だった。

 今はなき安土城の当時の姿を、今にとどめる貴重な資料である。

    *

 長崎の旅の最後に、卓袱料理を食べに行った。
 長崎に来たら卓袱、とテレメンテイコ女史に無理やり連れて行かれたのだ。
「観光旅行なんですから、ご当地料理を食べないと」
 それはいいけど、なんて読むんだ卓袱。まったく読めないぞ。ちゃぶ台のちゃぶ?
 正解は、しっぽく、だそうだ。
 しっぽり、とか、脱北、だったら知ってるが、しっぽくは知らなかった。かっぽれ、も聞いたことがあるが、関係ないだろう。
 結局、卓袱料理とは何かというと、和洋中入り混じった異文化交流型料理だそうである。テーブル上にいろんな小皿料理が並び、和洋中全席とか、世界懐石とでも言えばいいのであろうか。とにかくいろんな味がちょっとずつ味わえる豪華料理とのこと。
 楽しそうではあるが、残念なことに、私は舌がまったく肥えていない。何を食っても、極端にうまいか極端にまずい場合を除き、いつも、だいたいまあこんなもんだろとしか思わないセンスのなさである。
 今回も、雑煮やら、鯛の刺身やら、スープやら、角煮やら食べたものの、ここでそれを詳細にリポートすることができない。
「どうですか、卓袱料理?」
「え?」
「おいしかったですか?」
「あ、……うまい……んじゃないでしょうか」
「それだけ?」
「そ……な……すみません」
 何の参考にもならなくて申し訳ない。
 こうして長崎の観光はつつがなく終了ということになったのだが、そんなことより、テレメンテイコ女史のキーホルダーに七味が入っていたので驚いた。
「これがあればいざというときも大丈夫」
 と本人は言うが、いざというときがどんなときなのか、全然想像できなかった。
 

*****
長崎編、終了です!
次のためし読みも、楽しみにお待ちください!
待ちきれない方は、本書をぜひお買い求めください!

 

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