なぜ私がひとりで暮しているのか。結婚をしなかったのか。
 ときどき、ふと考えます。
 記憶をたどっていくと、小学5年生くらいにさかのぼります。そのころの女子のあいだで俄然盛り上がる話題といえば、「好きな男子」の話。キャンプや修学旅行の夜なんかは、当たり前のように、儀式のように、義務であるかのように、女子トークが繰り広げられます。

「好きな人はいない」。このような返答は許されません。そういう話をしたがる女子は、「お年頃の女子たるもの、好きな人がいないなど絶対にありえない」と信じて疑わないのです。「自分は好きな人の名前を言ったのに、あの子は言わない。ずるい。ひきょう」ということになり、めんどうな事態に発展する可能性もなくはない。
 場をしらけさせるのも、自分のターンで話をひっぱるのもわずらわしく、やりすごすためだけに、適当な男子の名前をでっちあげていました。
 誰かとかぶる可能性のある人気者は避け、個性的な顔ぶれも省き、ぼーっとしている実態のよくわからない65点くらいの男子の名前を言っておくのです。そうすれば、その場はおさまり、波風もたたず、誰も65点の男子には興味がないので、いつしか忘れ去られます。

 そんな感覚をひきずったまま、10代も20代もすごしてきた気がします。「誰かが好き」「誰かと付き合っている」という状態のほうが、会話のすわりがいいのです。30代も、「彼氏がほしい」「結婚したい」と言っているほうが座持ちがいいので、立場どりが簡単な道を選んでいたように思います。
 好きな人といたら楽しいけれど、ひとりでいる時間も好き。恋人がいても毎日会いたいわけではない。誰かに会いたくて会いたくて震えた記憶はありません。

                   *

 40歳になったころ、私は自分にもまわりにも「引退」を宣言しました。 
「もう恋愛や結婚にまつわることは、すっぱりやめる。だから私に話をふられても、何もない」という宣言です。

 独身の男女が集まったりすると、「最近いい人いないの?」といった話になることがあります。本当に興味があっての場合もあるでしょうが、酒のツマミとして恋愛の話題ならば盛り上がるだろうという打算が含まれる場合も多いように思います。
 実際私もこれまで、たいして興味もないのに「最近彼氏とどう?」みたいなことを口走ってきました。そうなの興味なかったの。女の子たち、ごめんなさい。

 私は人様に提供できる愉快な話はないし、65点をでっちあげるようなことは、もうしたくありません。
 だからあらかじめ、ことわっておくことにしたのです。あいつと恋愛の話をしてもぜんぜんおもしろくない、と認識されたい。馬の耳に念仏。ぬかにくぎ。山田に恋バナ。

 勉強ができるできない、運動が得意不得意、ゾンビ映画が好ききらい、など人には個人差があるように、恋愛にも向き不向きがあるのです。
 それでも「またまた~」という人がいます。恋はするものではなく落ちるものだとかなんだとか。落ちたときは落ちたときですが、落ちる穴を探す努力は放棄します。
 もうやめた、と宣言したときから、私はすっかり心が軽くなり、せいせいしました。むずがゆかった女子時代から、とうとう脱却できたのです。
 もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対、なんてもう絶対言うことはないでしょう。

                   *

 母が私を産んだのは、21歳のとき。幼い頃は、若くてきれいなお母さんが自慢で、自分も早くこどもを産みたいと願っていました。高校3年生の春までは、近所の短大に行き、保母さんになって、そのへんの人と結婚してこどもを産んで、愛知県の実家まわりで一生を終えるものだと信じていました。
 高3の夏、友達とふざけて出した一枚のハガキ。たまたま見ていたテレビ番組のお笑いコンテストに応募したのです。地味な女子高生が、なぜか全国大会まで勝ち進み、地元の番組にも出演するようになり、コントをしているうちに高校生活が終わってしまいました。卒業と同時に裏方となり、流れ流れて、気づけば、40歳、東京、ひとり。なんてこった。

 あのハガキが、分かれ道だったのかもしれません。ハガキを出さなかったパラレルワールドの私は、いまごろどうしているでしょう。自分の母親になぞらえてみると、こどもはとっくに高校を卒業しています。ほどなく、孫も産まれてきます。なんてこった。

 どちらにせよ「なんてこった」にかわりなし。

 これまでも、ひとり暮し。
 きっとこれからも、ひとり暮し。

 恋愛を放棄したことで、その可能性はますます高くなりました。
 朝起きてから眠るまで、すべての行動は自分しだい。いや、寝ているときさえも好き放題。これからもこんな生活がつづくのかと思うと、「え、ほんとに? いいの? ずっとこんなに気ままな暮しをしてていいの? 誰にも怒られない?」と不安になります。
 こどものころから、幸せの沸点は低いほうだったかもしれません。
 家があって、ご飯が食べられて、蛇口をひねればお湯が出て、お風呂に入れて、布団で眠れて。人類の歴史からしたら今が最高の時だ、と、感動しながら生きてきました。デパ地下に並ぶお惣菜の山を見るたびに、狂ってる、と罪悪感に見舞われます。食べますけど。
 
 独身でいることが気楽なのも、許されるのも、今の時代に生まれたからこそ。ちょっと前だったら、「いきおくれ」とか言われ後ろ指さされてたのですから。こればかりは自分の力ではなく、ただのラッキー。 
 キリギリスみたいに、しっぺ返しが、いつか来るのでしょうか。
 「ひとり」ではあるけれど、こんな時代のおかげで「ひとり」の仲間がたくさんいます。
 好きな言葉は「愛と勇気」ではなく「知恵と工夫」。たとえしっぺ返しがきても、宇宙船地球号独身組の仲間たちとともに乗り越えて、逃げ切ってやりたいと思っております。

広島・宮島で、しゃもじやさんに書いてもらいました。いつか小さな家を建てたなら、表札にしようかしら。ここに山田が暮していますよ。

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実家をはなれて、およそ20年。
これまでも、きっとこれからも、ひとり暮し。
ここには、ひとり暮しのいろいろなことを書きつけます。
このなかのどれかひとつくらいは、あなたの心に届くかもしれない。
いや、ぜんぜん届かないかもしれない。
そんなふうな、これは、ひとり暮しの山田の手帖です。

 


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