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移動時間が好きだ

2017.07.23 公開 ツイート

最終回

どこにでもあるような町に行きたい【リバイバル連載】 pha

本連載をまとめた『ひきこもらない』書籍化記念! 毎日更新で連載リバイバルです。

 ときどきふらっと意味もなく電車に乗って、何の用もない駅で降りてみるということをする。
 特にその場所で何をするわけでもない。駅の周りを歩き回ったり、本屋で新刊の棚を眺めたり、100円ショップで日用品を買ったり、安いチェーン系のカフェでお茶でも飲んだりして、飽きてきたらまた電車に乗って帰る。なぜだかときどきそういうのがしたくなるのだ。
 僕がそういうことをするのは、地図や路線図を見るのが好きだからかもしれない。地図や路線図を眺めながら、「このへんの人はだいたいこのルートで通勤して、買い物するときはこの駅まで出るのだろう」とか、行ったことのない土地での人の生活を想像するのが楽しいのだ。
 どこかに出かけたくなったときは、スマホのアプリで路線図を見て、降りたことのない駅や行ったことのないエリアに目星をつける。そして現地に着いたら、駅の周りを歩き回って、この町はこういう風景なんだなというのを把握する。それは自分の脳内の日本地図を少しずつ埋めていく作業だ。
 地図や写真やストリートビューを見ているだけではやっぱりその場所にいまいち実感が持てない。一度現地に行っておけば、次から地図を見るたびにそこの風景を思い浮かべられる。多くの場所に行けば行くほど、地図を眺めたときに湧いてくるイメージが多くなって、より地図を楽しめるようになる。
 そもそも、全ての場所に平等な地図というものは存在しない。
 日本人が使う世界地図は日本が真ん中にあるものだけど、欧米の地図で見ると日本は東の果ての小さな島に過ぎない。
 地図というものは必ず中心を持つ。そしてメルカトル図法で実際よりも巨大に描かれるグリーンランドのように、中心から外れた辺境ほどその描写は実物とはかけ離れて歪んでいく。
 鉄道の路線図でも同じだ。都市全域の路線図を見ると、都心部はわりと実際の地形に正確に描かれているけれど、端に行くにしたがってだんだん形が歪んでいく。
 駅の切符売り場にある路線図を見ると、その駅やその路線を中心にした図が描かれている。その図こそが、その駅や路線を使って生活をしている人の実感に近いものなんだけど、その視点はその駅や路線を使わない人には見えにくい。
 その場所に実際に立ってみないと分からない地理感覚がある。だから知らない土地に行くのは、そこに特別な何かがなかったとしても面白いのだ。

 電車を降りたらまず駅前にある地図を見て、「東口より西口のほうが栄えてそうだな」などと、町の構造を想像する。
 そして歩き回る。知らない町の知らない駅前や知らない商店街を用もなく歩くのは楽しい。
「飲み屋街はこのへんで、買い物をするならこのへんか」とか、「この駅から1キロくらい離れた別の路線の駅までゆるく店が続いているんだな」とか、そんなことを確認しながらゆっくりと歩く。
 たいていの町はパターン化ができる。これはベッドタウン、これは下町、これはちょっといい住宅地、これはニュータウン、これは繁華街、これはオフィス街、という風に。駅の周りを歩いて「この町はこういうタイプの町だな」というのを把握できるととりあえず安心する。
どんなタイプの町にもそれぞれ違った楽しさがあるものだ。
 スーツを着ている人間しかいないようなオフィス街の喫茶店にふらっと入るのが好きだ。周りがみんな仕事の話をしている中で、一人で安いコーヒーをすすりながらスマホのゲームを黙々と遊んだりするのは楽しい。
 人の少ない昼間の飲み屋街をぶらつくのが好きだ。夜は酔っぱらいや客引きがたくさんいてうっとうしいので近づきたくないエリアだけど、昼は静かでカラスくらいしかいないので落ち着いて歩くことができる。
 一日では周りきれないほどたくさんの店が入った広大なショッピングモールの中を歩くのが好きだ。「ここに来れば揃わないものはないな」と思うと同時に、「でも特に欲しいものはないな」とも思い、結局何も買わずに帰ったりする。
 ふらっと電車で行ける範囲に行くだけではなく、遠出をすることもある。高速バスで何時間かかけて、特に用もない地方都市に行って、漫画喫茶やサウナやビジネスホテルに泊まったりする。
 そのときもすることと言えば、足が痛くなるまで町を歩き回って、ここが市役所か、ここが県庁か、川はこんな風に町を区切っていて、ここが城跡か。このあたりにオフィス街が集まっていて、繁華街はこのあたりにある。ここで仕事をした人がここで酒を飲んで、休日はここに家族連れが集まるんだな。このへんの人たちは夏はこのあたりに行楽に行って、新年はこの神社にお詣りに行くんだろう。という風な、その地域の構造を確認するだけだ。
 ただそれだけの旅行を年に何回かする。


 知らない町の駅前の商業ビルを見て、知っているチェーン店ばかりがあるとほっとする。その町ならではの特色などはないほうがいい。どこにでもある店ばかりがあってほしい。
 どこにでもあるような店ばかりがある、どこにでもあるような町で、みんなこの店で日用品を買って、中高生はこのあたりの店をたまり場にしている、という風な、その土地の人間の行動パターンを推測するのが好きなのだ。
 チェーン店が日本中に広がってそれぞれの地域の特色がなくなるのを嘆く人もいるけれど、僕は別に悪いことじゃないと思う。そもそも僕はコンビニやファーストフードが並んでいる風景が好きだからだろうけど。
 ふらふらと歩きながら、僕は次のようなものを見る。
 見慣れたコンビニ、見慣れた牛丼屋、聞いたことのない信用金庫、賑わっているパチンコ屋、郵便局と靴屋、進学塾と介護センター、自転車屋とパン工場、でっかいイオンと共産党のポスター、
 威勢のいいガソリンスタンドの店員、風にはためく「クリーニング」の青いのぼり、歩道の端に置かれた植木鉢の観葉植物の緑、ファミレスの駐車場に停められている赤い車、
 骨組みだけが完成した状態の木造一戸建て、白いコートを着て足早に歩く女の子、商品が勢いよく路上にはみ出しているスーパーと、そこに集まる人たち、カフェの前に何台も並んだ電動自転車、不動産屋の前の物件の貼り紙を熱心に眺める男女、
 原色で塗られた公園の遊具、人が全くいない休憩用ベンチ、他より10円だけ安い自動販売機、視界に不意に飛び込んでくるガスタンク、「宇都宮 104km」という標識、
 白くて大きな総合病院、小さな川にかかっている小さな橋、どこまでも低い空を這って続いていく高圧電線、空き地に放置されている大量のタイヤ、壁に積み重ねられた室外機、
 そういった知らない町のなんでもない風景を、なんとなく歩きながら眺めるのが好きだ。


 僕が旅行で一番好きな瞬間は、旅の終わりに家に帰る途中、バスや電車の車窓からどこにでもあるような町の風景を見て、
「ここには何千何万の家庭があって、それぞれの人生があるけれど、みんな自分とは縁のないまま生きていくんだな。同じ日本に住んでるのに」
 という、少し寂しいような、すがすがしいような気持ちになるときかもしれない。
 僕がどこにでもあるような町を見るのが好きな理由は、多分確認して安心したいのだ。どこにも特別な場所なんてないということを。
 日常というのは平凡で退屈で閉塞感だらけのつまらないものだけど、つまらないのは自分だけじゃない。みんな自分と同じように、このシケた現実の中のシケた現実的な町で暮らしている。それしかないのだ。よかった。自分だけじゃないんだ。
 旅をすると一瞬だけ日常から解き放たれた解放感があるけれど、その気分は瞬間的な幻想で長続きはしない。旅だってずっと続けていると日常に変化してしまう。
 結局は、旅で少しの非日常を体験しつつ、どこにもユートピアなんてないんだということを確認して、また日常に戻って、「やっぱりうちが一番落ち着くわー」とか言うしかないのだ。それを繰り返していくしかない。
 ただ、旅で一瞬だけ味わうことができる非日常のきらめきや、知らない町を歩いているときのワクワク感、旅からそういった気分を持ち帰ることで、また平凡な日常を少しだけやっていくことができる。そのために旅というものはあるのだろう。
 知らない町のカフェでぼーっと座っている僕の隣のテーブルでは、夫婦二人と子ども二人の家族連れがおしゃべりをしている。
「今日ごはん何にしよっか」
 と母親が言うのだけど、誰も特にアイデアがないようだ。
 僕も今晩、そして明日、何を食べればいいだろうか。何も思いつかない。まあ適当にやるしかない。そろそろ、僕もまた自分の日常に戻らないといけない。だるいけど。

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pha

1978年生まれ。大阪府大阪市出身。現在東京都内に在住。京都大学を24歳で卒業し、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて社内ニートになるものの、28歳のときにインターネットとプログラミングに出会った衝撃で会社を辞める。以来毎日ふらふらしながら暮らす。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」発起人。著書に『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』『ひきこもらない』(幻冬舎)、『ニートの歩き方 お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法』(技術評論社)などがある。

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