ベストセラーとなった警察ミステリ『後悔と真実の色』の続編『宿命と真実の炎』は、雑誌に連載した作品を作者の貫井徳郎さん自らの意思で全面改稿し、キャラクターもトリックもブラッシュアップした手応えのある一作になったそう。
後編も、貫井マニアを自認する書店員コンビ(八重洲ブックセンター・内田俊明さん、三省堂書店・新井見枝香さん)と心ゆくまで語ります。
(構成・神田法子)

 


モチーフは実際にあった冤罪事件

内田 警察小説を手がけるうえで、貫井さんの中で「警察観」のようなものはあるんですか。

貫井 やはり正しくあってほしいです。青臭い考え方かもしれないけれど、他の職業の人より、特にちゃんとしていてほしいという気持ちがあるから、どうしても不祥事を告発するような物語を作っちゃうんでしょうね。

内田 警察と自衛隊は自殺者が多いと聞くと怖いなと思います。人間として耐えられないレベルの何かが起こっているわけじゃないですか。

新井 小説の中にあるように警察官相手に交通事故を起こしたら不利になるということはあり得るんですか。

貫井 実はこの部分は、冤罪事件に詳しい人ならみんな知っているような有名な交通事故をモチーフにしているんです。白バイ警官が死んで、ブレーキをかけていないからブレーキ痕が残っていないのに、警察側はブレーキ痕があると言い張るんです。ないじゃないですか、と言っても、警察官にしか見えないブレーキ痕なんです、と開き直って言うんです。ひどい冤罪事件が本当にあったんです。

新井 この小説の中では冤罪追及はグレーの部分があるように読めます。

貫井 確かにグレーですね。結局、遺族年金の問題があるので、警察側の過失を同僚たちは認めたくないわけですよ、身内の奥さん、子供のために。

新井 人間だし組織だから、そうなるのもわからなくもないですよね。目撃者も証言を翻しちゃうのは、もういいやって気持ちになるんでしょうね。

内田 そういう人間の暗部を突き詰めて書くと、読むに堪えないくらい重たくなっちゃうけど、そのバランスが貫井さんは素晴らしい。

新井 逆に警察官個人の人間らしいエピソードは好きです。冒頭の警察官ですとか、キャバクラに通う警察官ですとか。ちょっとしか登場しないのに、それぞれ印象的でした。

貫井 僕は逢坂剛さんの小説で視点の置き方というのを勉強したんです。逢坂さんってそのシーンしか出てこない人でもちゃんと一生分のドラマを作って、その人の視点で固定して書いているそうなんです。だから僕も一瞬しか出ないキャラでもちゃんとストーリーを作っています。それを印象的と思ってもらえるのは嬉しいですね。


登場人物への感情移入をどう促すか

内田 今回、芸能界が出てくるのは最初から考えていたことですか。

貫井 そうです。レイは誠也にとって特別な存在であるということを、わかりやすく提示したかったので。

新井 有名になりたいから犠牲は当然、他人を平気で踏み潰していくというのは芸能界ならでは。今ならあり得ると思えますね。

内田 誠也とレイの二人がいるシーンを読みながら、芸能人というよりレイという個人に親近感を感じる自分がいたんです。警察側でない方にもつい感情移入してしまう。そこが『宿命と真実の炎』という作品の深みだと思うんですけど、なぜ惹きこまれるのか、秘密はどこにあるのか不思議なんですよね。

貫井 前作の「指蒐集家」という犯人は全然感情移入できない純粋な悪役だったんだけど、今回は犯人側にも読者が感情移入できるキャラとして書きたいなという気持ちはありましたね。最初は誠也とレイ、二人の過去も語られなくて、何かあったんだろうけどわからないから、感情移入は難しいかもしれないと思ったんだけど。ただ、二人は警察を翻弄するけど結局は負けるのがわかるじゃないですか。巨大なものにたったふたりで立ち向かっているみたいな孤独感があるから、読者として応援したくなるのかな。

新井 私は理那の言葉に、いちいちいいこと言うなあと思いながら読んでいました。西條に対して「宿命」という言葉を突きつけるところとか。

貫井 あの時の西條のセリフは「俺の宿命は」で止まって最後まで語らないでしょう。語らなくてもわかる。実は最初書いたときは続きがあったんです。でもいらないと思って削ったんです。

新井 読者は絶対みんな考えると思います。

貫井 最近気付いたんだけど、人間って起こったことに対して感情がふくらむときって「すごいむかつく」とか「やったー!」とか大きな感情がまず来て、でもそれを説明するのは少し時間が経ってからでないと難しいんです。それをリアルタイムで「こういうことがあってこんなに悲しい」って全部説明しちゃうと、人間のリアクションとして変になってしまう。もちろん、それを説明するのが小説だという考え方もあるだろうけど、感情そのものじゃなくてそれを示す状況を書くべきなんです。「俺の宿命は」の続きを書くと感情を説明することになる、そのさじ加減が大事なんだと思います。

内田 説明してあっても受け入れてしまう読者はいると思うけれど、僕は映画が好きだから特に状況描写で表してくれた方がすっと入ってくるのかなと思いました。


書店員の二人がPOPを書くとしたら

新井 新しい道を見つけた西條の今後を描く予定はないのですか?

貫井 『後悔と真実の色』を書いた時点で続編の構想があったのになかなか書き出せなかったのは、西條がどうやったら救われるかというのが思いつかなかったからです。三部作にするなら、二作目では救いを作らなくてもいいと思って書き始めたんです。

新井 『後悔と真実の色』のラストはなんてひどいと思いました。あの状態からこうなるとはとても思いませんでしたね。

貫井 でも結局今回のラストで西條は救われた感じになったので、これでいいのかなと思っています。本音を言うと一作目も二作目も結構大変だったので、このレベルのものをもう一作書くのはちょっと厳しい(笑)。

内田 書ききったという感じですか?

貫井 西條が救われる結末は、僕自身予定していなかったんです。兄貴や元上司の野田が西條にかける言葉も事前に用意していたわけではなく、書いているうちに彼らが自然に言い出したんです。それは思いがけないことでした。プロットに関しては今回は書き直したこともあり、ストーリー全体を把握できたからかなり綿密に整理しましたけど、僕は事前に考えるのが苦手なタイプなので、書きながら登場人物が自然に動くのに任せることはしょっちゅうあるんです。そこから小説としての「味」の部分が出てきたように思います。

もともと自分はミステリ作家だからプロットやどんでん返しこそが重視する要素で、小説の味にはあまり興味がなく、意識しないで書いていたんだけど、今回は期せずして味のある部分が出てきたので、自分の進んでいく方向を見つけたような気がしました。僕も大人になったな、これからは味の部分も考えて書かないといけないな、って。

内田 発売にあたり、POPをつけるなら、どう書くかなと考えたのですが、先ほどの話題にした「感情移入できない人はどこにも出てこない」というのはこの作品の一つのポイントのような気がします。重い話なんだけど、キャラクターには共感できますよ、ということをPOP風の言い方に置き換えて考えたいですね。僕は新井さんみたいに表現の幅が広くないんですよ。この方は僕が店頭でここまでやる勇気はないということを軽々越えていくんです(笑)。

新井 私が長年本を読んできて思うのは、すごく練った文章、本というのは読むのに時間もかかるし体力もいるけれど、逆に言うと今、練っていないものが多すぎるんです。だから本がみんな同じような値段って変だな、と思っていて。ここまでの詰まり具合と無駄のなさと、再読したときに結末を知っていても夢中で読み進められたので、私が値段つけるとしたら、他の本の10倍でもいいくらい。「私がこの本に値段をつけるとしたら1万円以上! それでも買う価値あり」と書いて売りましょう(笑)。
(おわり)

<書店員さんプロフィール>
内田俊明(うちだ・としあき)
1969年生まれ。1991年に八重洲ブックセンターに入社。本支店勤務を経て、2016年より商品企画部に所属。おもにイベントを手掛けている。

新井見枝香(あらい・みえか)
三省堂書店有楽町店、池袋本店で文芸書を担当し、現在は営業本部でMD販促担当。貫井徳郎作品は、書店員になる前から愛読。当時は読書仲間が一人もおらず、貫井ファンは世界で自分だけだと思っていた。


<お知らせ!>
この3人が、5月24日(19時~)八重洲ブックセンター本店にてライブで語り合います! たくさんの方のご来場をお待ちしています。

貫井徳郎さんトークショー
<日時>5月24日19時~
<会場>八重洲ブックセンター本店8階
<参加方法>参加整理券が必要です。詳しくはこちらをご覧ください。

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