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2017.05.13

第49回

味のあるギタリストになるために

コミック:たかしま てつを/文:納富 廉邦

味のあるギタリストになるために

いい歳したおっさんがエレキギターを弾いてるというと、多くの人がジャズかブルースを弾くのだと思うようだ。まず、メタルとかハードロックとか、ましてやパンクをやってるなんて、まず思ってくれない。せいぜいが、日本のロック、はっぴいえんどとかはちみつぱいとかなら許してもらえるかもしれない。ハルメンズとか有頂天の場合は、相手が知らないことが多いか。いっそ、歌謡曲あたりだと、「渋いね」と言ってもらえるかもしれない。

確かに、さすがの私でも「前前前世」とかやろうとは思わない。ああいうのは、若い人がやるべき曲だし、おっさんがやるなら、それなりにアレンジとか考えなければならないだろう。年齢相応の曲があるというのは間違いではない。しかし、私は50歳を過ぎてもランナウェイズの「チェリー・ボム」を網タイツにスパンコールで歌って、しかもカッコ良かったおじさんを知っている。逆に今、若いガールズバンドが「チェリー・ボム」をやるのは、あまり聴きたくないかもしれない。だったら、「タイムマシンにお願い」の方がカッコよくやれそうだとか、おばさんバンドなら「チェリー・ボム」の方がカッコいいかもとか。そう考えると、曲と、それを演奏する側の年齢の関係というのも不思議なものだ。

例えば、かぐや姫の「22歳の別れ」は、タイトル通り、22歳の女性の歌だ。だからといって、今、22歳くらいの人が歌うと、何だかとても古くさく聞こえる。一方で、40代、50代が歌う分には「懐かしい」という感じで許容できてしまう。それを歌っていたオリジナルの人たちは、もはや60代後半である。フォークソングは、時代背景が歌に染みついているというか、時代を歌っていることが多くて、その時代を知っている人が歌う方が自然に聴こえるのだろう。だとすると、昭和のフォークソングは、おじさんがギターを弾く曲として相応しいのかもしれない。「渋い」と言ってもらえるのかもしれない。さだまさしやNSP、山崎ハコや中島みゆきあたりならエレキギターもたっぷり入っている。おじさんフォークデュオが楽しいのは、そういうわけなのだろう。

一方、日本のロックは難しい。RCサクセションは、今でも良く聴くけれど、では「トランジスタラジオ」を今、この年で弾きたいかと言われると、ちょっと照れ臭い。いっそ「甲州街道はもう秋なのさ」あたりの方が、じっくり弾いたら面白くなるような気がする。歌詞が今の世情に合っている感じなのも良い。しかし、この曲はフォークソングだし、もしかしたらアコースティックギターの方が似合うかも知れない。渋い音楽は、やはりアコースティックギターなのだろうか。軽佻浮薄なエレキギターは、やはり昔学校の先生が言っていたように、不良の音楽なのだろうか。今考えれば、それを言ってた先生は30代だったりするのだけど。

憂歌団とか上田正樹とかBOROとか、関西のブルース系の音楽は、何歳になっても演れる気がする。彼らは、何だか最初からおじさんだった(実際は20代だったんだけど)から。しかし、結局はブルースなのかよ、と思わないでもない。かつて、何となく集まってセッションみたいにして遊んでた時、バズコックスをやろうと言ったら、「もう少し大人っぽいのをやりましょうよ」と言われて考え込んでしまった事がある。オーティス・レディングの「ドッグ・オブ・ザ・ベイ」は、何ともカッコいい、しかも大人の情緒漂う名曲だけど、彼があれを作ったのは26歳の時なのだ。つまり、若者の音楽なのだけど、ブルースだったり、R&Bだったりすれば、それは大人っぽいということなのかも知れない。それはそれで、分かる気もする。

分かる気はするけれど、何となくモヤモヤする。例えば、ビートルズの「I saw her standing there」を、我らが東京ハイボールズは演奏しているのだけど、特に大人っぽいとも思わなければ、子供っぽいとも思わない。おっさんはおっさんなりに、若い人も若い人なりに演奏できる曲だと思うし、「渋さ」や「味」なんかも、出そうと思えば出せる気がする曲だと思う。T REXの「Get It On」なんかも、年齢を問わず、どんな風にやっても、カッコよくなるし、味わいだって出せる曲だ。ブルースでなくても、ロックンロールでも、泣かせるソロでなくて、ただのロックのリフであっても、大人が弾けば大人なりの面白さが出せる曲もあるのではないか。もちろん、「I saw her standing there」も「Get It On」も、それを作ったのは20代の若者だったりするのだけど。

しかし、ベテランが40代、50代で作った曲は、今度は、もうあらかじめ「味」が色濃く組み込まれてしまっていて、聴く分にはうっとりするのだけど、それが弾けるかというと、もはや私のような素人ギター弾きが手を出せる隙は全くなくて、完全にお手上げになるのだ。ニール・ヤングの「ル・ノイズ」という、ほぼ全編エレキギターの弾き語りというアルバムがある。これ65歳のニール・ヤングが作ったアルバムで、ただ歪んだエレキギターをガシャガシャ鳴らしながら歌ってるだけで、特別なテクニックを使っているのでもないけれど、その全てが「ニール・ヤング」になっていて、全く真似できないどころか、普通に弾いたら単にカッコ悪いだけのものになってしまう。プロのミュージシャンが長年培った上での「味」は、素人が大人だからというだけでどうこうできるものではない。

多分、大人の「味」の多くは、「愛嬌」で作られているのだ。プロの「熟練の味」とは別の、人生の積み重ねとしてその人に纏わりついてしまったものが、「良いもの」として受け止められれば、それは「味」であり、「悪いもの」として受け止められれば、それは「小汚い」あたりになるのではないか。で、「良い」と受け止められるのに重要なポイントが「愛嬌」であり、分かりやすく言えば、チャーミングかどうかという事なのだと思う。だから、一番ダメなのはカッコ付けてしまうこと。カッコ付けてブルースを弾くおっさんは、何となくカッコ悪い。私が「大人っぽい音楽」と聴いた時にモヤモヤしたのは、多分、そこなんだと思う。「カッコいいっぽい曲」は大人っぽいけれど、可愛くないのだ。だったら、まだパンクやった方が愛嬌があると思うのだ(まあ、私がパンク好きだからというのもあるけど、一例としては)。AORやクールなジャズファンクは、素人の「味」とは遠い、もっと、上手い人の、音楽的な「味」で、それができれば苦労はない。

負け惜しみのようだけど、私は自分と同年代のおっさん達がニコニコして演奏していれば、それだけで嬉しくなってしまうし、下手なりに、そこに味わいを感じてしまう。上手い人を見ると「凄いなあ、いいなあ」と感心するけれど、演奏する面白さはそれだけではないのだ。若い人の音楽にしても、昔の音楽にしても、今の自分が演奏したいと思えば、それが「味」になるのではないかと思うのだ。照れずにやれれば、きっと何でもいいし、無駄にカッコ付けなければ、きっと、誰かが「味」を感じてくれる。もちろん「味」に頼ってはダメなのは分かっている。だから、ギターは練習するし、人生では「愛嬌」を磨くのだ。おっさんとして。

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