1. エンピツで読む

イラスト:たかしまてつを

 あなたは本をどんなふうに読んでいるだろうか?

 具体的には、読書しながら何をしているだろうか?

 わたしは本を読むとき、どんどんエンピツで欄外に書き込みをするほうだ。

 愛書家にとっては、そんなことをしたら本が汚くなるではないか、人に貸せないではないかと憤る向きもあるかもしれない。

 しかし、職業柄、多くの本を授業で紹介したり、新聞雑誌に書評したりする仕事が多いので、一種の備忘録のためにも、あとからその本をひもといた時にどんなことが書いてあったか、たちどころにわかるように書き込んでおくのが習慣になった。時には著者の意見に与することができない場合に批判を書き込んだり、著者の文章が不十分に感じられた時にはその不足を補う注釈を書き込んだり、はたまたその本から啓発された新たなアイデアを書き込んだりすることもある。良書の場合には、もしも自分がその本を書いたらどんなふうになるか、その「読み替えた」結果の構想を記すこともある。とりわけ、 1980年代半ばのアメリカ大学院留学中には一週間で千ページ以上もの課題図書を読まされたから、ノートを取るよりもテクストに書き込むほうが勉強の早道だったという、切羽詰まった事情も影響している。試験前などに本の中身を即座に復習せねばならない時などは、自分が重点的に書き込んだところを追って行けば、たやすく要点をつかめるからだ。
 

2. 読み替える楽しさ

 向山貴彦とたかしまてつをが久々にタッグを組んだ BFC(ビッグ・ファット・キャット)シリーズの最新刊を手にした時もご多分に漏れず、習性上、条件反射的にシャープペンシルを握ったものである。 16年前、向山氏とご母堂向山淳子氏の共著になるシリーズ最初の一冊がたちまちミリオンセラーを記録した時、英語教師のはしくれとして長く教壇に立って来たわたしは、この英語教科書らしからぬ英語教科書の画期的なアイデアに甚大なショックを受けた。なにしろ、ここでは現在の中学高校英語でこれでもかこれでもかと詰め込まれる小難しい文法用語がいっさい出て来ない。その代わり、原則として、英文法でいう名詞は「役者」、動詞は「矢印」、副詞は「効果」、前置詞は「接着剤」とか「小道具」、冠詞は「(特殊な)化粧品」といった、ごくごく日常的な単語で呼び換えられている。英文法の機能はそれぞれ、あたかも楽しいパフォーマンスの舞台をくりひろげるかのように演出されているのが、何よりの驚きだった。

 なにしろご両親が大学院留学をされていたため、幼少期を北米はテキサスで過ごしナマの英語が体のすみずみまでしみこんだ著者だけに、その語りは絶妙。おそらく彼は、中学時代に帰国した時、日本の学校英文法に接して、文法用語のみならずその体系そのものをラディカルに「読み替え」たくなったのだろう。シリーズ第一巻から明らかなように、英語が外国語である限り、それが容易には日本語に「翻訳」できないこと、だからこそ英語ならではのニュアンスを体得するのが肝心であることを知り抜いた著者ならではの発想というほかない。その意味では、本書は英語以前に、そもそも本を読むことが楽しいのだということ、そしていかなる本も「読み替える」ことこそが一番楽しいのだという認識から出発している。
 

3. ポストイットで読む

 しかし、数ページめくってみて何となく、この本に関する限り、決して書き込んではいけない、と実感した。文章と挿絵の華麗なコンビネーションを決して汚してはいけないと思っただけが理由ではない。この本の読みかたとしては、書き込むよりも付箋、それもポストイットを貼り込んでメモしていくほうがふさわしいと感じたのだ。

 中身をよく知る本に関して公の場であらためて紹介せざるをえない時などには、ポストイットが効果を発揮する。それを貼り付けておけば、あとからめくった時には、ポストイット部分だけ追って行けば、肝心な箇所は網羅できるという案配だ。

 あいかわらず楽しくもオリジナリティあふれる画期的な英語教科書は、最新刊も読ませる読ませる。自然、気に入ったページにはどんどんポストイットを貼って行くことになる。そしてふと気がつくと、本書の秘密について大発見をしていた。

 というのも、本書のレイアウト自体をじっくり眺めてみるといい、何と文章と挿絵の随所にポストイットを思わせるコラムがひしめいているではないか。 "CRUMBLES"や「休憩所」、それに「猫の手」などなど。しかも "CRUMBLES"には冒頭から「最初は読みとばすこと」と重々注意書きが記されている。何のことはない、わたしがこれまで多くの本を読むのに書き込んだりポストイットを貼り付けたりしてきた極意が、本書ではあらかじめ先取りされていることに気がついたのだ。

 もちろん、基本的には斬新きわまる英語入門書として、本書は類書にないかたちで目を開かせてくれる。たとえば、日本人が一番苦労する冠詞と前置詞については、 64ページの "CRUMBLES Special"で、不定冠詞の "a"は「暗がりでポツンとしている役者に当たるスポットライト」、定冠詞の "the"は「舞台の上の役者を下から派手に照らす照明」と説明され、絶妙なイラストにより一気にわかってしまう。 "Sleeping is good"と "To sleep is good"は基本的に同じ意味になるが、しかし 56ページの "CRUMBLES"では「 "ing"には過去のイメージが少しあって "to"には未来のイメージが少しあります」など、初学者のみならずすでに英語を使って来たプロにとっても参考になる説明が施されており、何ともうまいものだと舌を巻いた。

 しかし、肝心なのは、本書があくまで英語入門書、ないし再入門書の体裁を取った「本を読むことの入門書」であることだ。楽しい物語のあとにブックガイドが付いているが、これはたんなるオマケではない。英語であろうがなかろうが、みんな、もっと本を読もう。そしてどんどん、難しいところは飛ばして、自分の好きなように読み替えよう。本書が教えてくれるのは、そんなふうにして「自分だけの本」を作る楽しさなのである。

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巽孝之(たつみ・たかゆき)

慶應義塾大学文学部教授(アメリカ文学専攻)。コーネル大学大学院博士課程修了(Ph.D, 1987)。日本アメリカ文学会第 16代会長。主著に『サイバーパンク・アメリカ』(勁草書房、1988年度日米友好基金アメリカ研究図書賞)、『ニュー・アメリカニズム』(青土社、 1995年度福澤賞)、『モダニズムの惑星』(岩波書店、 2013年)、『プログレッシヴ・ロックの哲学 増補決定版』(河出書房新社、 2016年)。編著に『日本SF論争史』(勁草書房、2000年、第21回日本SF大賞)ほか多数。最近の共著に『サンタナ』(KAWADE夢ムック文藝別冊、 2017年)。最近の文庫解説にカート・ヴォネガット『国のない男』金原瑞人訳(中央公論新社、 2017年)。公式ウェブサイトはこちら http://www.tatsumizemi.com/

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