「卒業」していくアイドルに理由や今後について聞いても、本人を困らせるだけだと私は考えています。2017年4月23日に秋葉原ディアステージで開催された「千影みみ卒業~みみちゃんの卒業式」をもって、千影みみさんがディアステージを卒業したときも、私は理由についても今後についても聞かないままでした。

 考えてみれば、私の純粋な「推し」のアイドルが卒業してしまうことは長らくありませんでした。辞めていくアイドルの多いこのご時世に幸運な話です。しかし、「もう弾は入ってないだろう」と思った銃を頭に当てたらロシアンルーレットに負けてしまったかのように、千影みみさんの「卒業」は待っていました。卒業発表は、2017年3月20日に開催された千影みみさんの2周年イベント。それからわずか一か月後の卒業でした。

 

推していたのに……怠惰だった私

 千影みみさんに出会ったのは、2016年8月9日。まだ1年も経っていません。友人に連れていってもらったディアステージで、非常に頭の回転が早く、機転の利く子に出会いました。それが千影みみさんだったのです。

 この日、私はTwitterに「千影みみさんは欅坂46を超えた 」「終わったはずの夏が、千影みみさんで完全に始まった……終わらない夏が……」という怪文書を連続して投稿しています。私の気が変になったことは、誰の目にも明らかだったでしょう。

 千影みみさんに出会った当時、私は「もう一度ゼロベースからヲタを始められる」という異様な昂揚感に包まれていました。台風のなかディアステージにひとりで行き、周囲に呆れられたりもしたものです。千影みみさんが所属するグループ・ディア☆(ディアスターズ)や転生みみゆうか(千影みみさんと穂村ゆうかさんによるユニット)のライヴも見るようになりました。

 とはいえ私は、千影みみさんのディアステージ出勤日に必ず行くわけでもなく、生誕祭や周年イベントといった大きなイベントを押さえるスタイルであったことは否めません。一言でいえば、私は怠惰でした。趣味に似つかわしくない言葉だとしても、私は怠惰だったのです。

 そして迎えたのが、前述の2017年3月20日の2周年イベントでの卒業発表でした。その日を境に、千影みみさんがディアステージに出勤しても、私は足を運ばなくなりました。余計なことを彼女に聞いてしまわないように。

 

”千影みみ”が消えた瞬間

「久しぶり」。千影みみさんにそう言われたのが、2017年4月23日の卒業式当日でした。一か月も会わなければ、アイドル現場では「久しぶり」なのです。

 この日の最後の千影みみさんによるステージは13曲、約1時間にも及ぶものでした。そのうち4曲は大森靖子さんのカヴァー。以前から千影みみさんの歌う大森靖子さんの「ノスタルジックJ-pop」は、千影みみという歌手の力量を示す楽曲だと感じていましたが、それも聴きおさめでした。

 彼女の大きな魅力は、キャラクターやルックスだけではなく、音楽的なセンスにもありました。大森靖子さん、ふぇのたす、ぽわん、さユりさんといった、シンガーソングライターやバンドの楽曲を多くカヴァーしていたのです。彼女は潔いほどに2010年代のみを生きる人でした。

 最後のツーショットチェキ会も終わると、閉店前にアカペラで歌う「ラストソング」の時間が迫っていました。ラストソングとして歌われたのは、彼女のオリジナル曲である「ぼくの気になるあの子の新曲は少し残念だった」ではありませんでした。この日2度目となる大森靖子さんの「愛してる.com」だったのです。

 彼女は最後に、大意として以下のようなことを語りました。

「歌が好きだと言われるのが一番嬉しかった、最高の褒め言葉でした。私は大丈夫だから、本当に大丈夫な人だから、元気だから。推しが元気だと思えば元気でいられるでしょ? でも1、2年は忘れないで。そういう気持ちで今日歌ったから。」

 泣きながらそう語る千影みみさんを見つめながら、真横の人がすすり泣く声も私は聞いていました。

「大丈夫だから」と言われて誰がそう信じるんだい? 「1、2年は忘れないで」と言うけれど、その間は戻ってこないのかい? そんな問いを胸の中で繰り返していました。

 千影みみさんがなかなか場を締められずにいると、私を千影みみさんに出会わせてくれた友人が「最後は終わらせられないものだから、僕らから出ましょう」と言いました。私もそれに同意してディアステージを出たのですが、本当の理由は感傷に襲われることが恐かったのかもしれません。それ以上感情を揺さぶられることが恐かったのです。

 もっと千影みみさんを仕事の方面で推すことができたのではないか。そんな後悔にもとらわれることになりました。間に合ったことよりも、間に合わなかったことのほうの重みを感じてしまうのは、千影みみさんが逸材だったからにほかなりません。

「秋葉原では卒業はおめでとうですからね。」というのは、でんぱ組.incの夢眠ねむさんの言葉です。幾多の別れを秋葉原で経験してきたであろう彼女の言葉の意味を理解するまで、少しの時間を要しました。それは、理性でなんとか感傷を抑えるまでにかかった時間でした。

 そして2017年4月28日。千影みみさんのTwitterアカウントが消えました。それは「千影みみ」という名で知られていたアイドルが消えた瞬間でした。

 

アイドルが選ぶ未来、ファンが選ぶ未来

 でんぱ組.incの2017年1月のライヴを収録したDVD「幕神アリーナツアー2017 電波良好Wi-Fi 完備!& in 日本武道館 ~またまたここから夢がはじまるよっ!~」を見ていても、そのときダンサーとしてステージに参加していた千影みみさんが、わずか約3か月後に私たちの前から姿を消すことになる現実が、どうにも理解しがたいものとして胸に残りました。

 アイドルについて語るとき、「若さを消費している」というような言説をよく見かけます。しかし、それはときにアイドル自身の主体性を無視しているようにも感じられます。アイドルになり、そして辞めていくアイドルの自己選択を、ファンの側は受け入れることしかできません。無力さを噛みしめながら。

 そして、私もまた現場を選ぶことによって、結果的に「後悔」を選択していたのです。推しがいなくなることのない日々を過ごすうちに、私はそんな当たり前のことを愚かにも忘れていたのです。

 卒業から1週間、そして10日と経ち、「千影みみ」という存在は次第に過去のものになっていきます。ただ、13曲もひとりで歌った彼女が、そう簡単に歌を捨てられるのだろうか……とも考えてしまうのです。歌うことだけは捨てないでほしい、と願いながら。

 再び千影みみさんの歌が聴ける日が来るのならば、たとえ名前が変わっていてもかまわない。歌が聴けないのならば、言われた通りに千影みみさんのことを忘れない。そんな気持ちを自分自身に刻み付けるかのように、今、この文章を書いています。
 

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