『うちの娘はAV女優です』を刊行したあとに、著者であるアケミンさんがあらためて考えたこと。

人前で裸になることへの価値観はひとつじゃない

 普段はAVの中で見ている人を地上波テレビ番組で見る。このピンポイントに起こる不思議な感じが好きだ。会ったことがない人もいれば、何度か取材したことがある人もいる。だからといって毎日会っているわけでもない。大して近しい間柄でもないのに、地上波で見るとむくむくと「身内感」が湧いてくる。それまであまり興味がなかったのに、オリンピックになると日本代表選手を応援してしまう、あの感じ。

 先日、AV男優の森林原人さんが深夜の地上波バラエティ番組に出ていた。森林さんは、今や日本で一番有名な男優さんといっても過言ではないし、私も月何本も作品の中でお見かけしている。「うちの娘はAV女優です」の刊行記念イベントでもゲスト出演していただいてとてもお世話になった。森林さんが筑波大学附属駒場中高出身ということもあり、番組では「偏差値78の天才少年がAV男優に」というような煽り文句と共に、男優になったきっかけ、セックスについての考え、さらには年収までも明かしていた。

 同じ回のゲストには、デヴィ夫人。森林さんを隣にすると「誰と一緒に出るのか、どんなお話をするのか、深夜番組で何かエロっぽいお話だったら辞めたほうがいいわよって言っていたんですけど…」と語り、番組からの出演オファーを受けた若手マネージャーを叱責した、と「デヴィ夫人らしい」トークをしていた。世間以上にお厳しいコメントに苦笑いしていくうちに、自分の中に例の「身内感」が増殖していくのにも気づいた。

 番組の中ではAV男優らしいエピソードとして「自分が現場で疲れて彼女とセックスできないときには、知り合いのAV男優を紹介したことがある」という森林さんの経験談が語られた。

「セックスに固定観念がない人」というのが世の中には存在する。「好きな人とじゃないとセックスしてはいけない、人前でセックスは見せるものではない」という考えに縛られない人だ。当時の森林さんの恋人もそういうタイプだったようで「この人はウマい!」と思う知り合いのAV男優を彼女に紹介したという。きっと彼女もそのセックスを楽しんでいたんだろうな、と思った。

「セックスはセックス以上でも以下でもない」とする森林さんの考えは、私自身は取材や著書を通して知っていたから、単にニヤニヤして聞いていたのだけれど、画面の向こうのスタジオはとてもテレビらしいリアクションであふれていた。「信じられない!」と声をあげるMC、女性ゲストは「絶対イヤだ〜!」顔をしかめていた。その直感的で反射的なリアクションは、AVやセックスを扱うことが珍しくて、驚いているだけではなさそうだ。暴露話や衝撃的な話を軸にさまざまな有名人や業界の事実を明らかにする、という番組内容の割に保守的な価値観の一片にかすかに触れた気がした。

 ああ、この一線を引いた感じ、知っている。

 数年前に私が深夜バラエティ番組に出演した際のこと。「AVライター」として「AV女優が潮吹きの自主トレをする」という話をしていたのだが、そもそも「女性がAVについて語る」ということ、「潮吹き」なんて言葉を発すると現場にいた男性芸人たちにとても驚かれた。テレビ用にデフォルメされた表情と声と共に「あり得ない!」「普通そんなことしないでしょ!」なんて声もあった。ときに破天荒な私生活をネタにもする芸人たちは、私が思っていた以上に常識的なんだなあと思ったのを覚えている。

 ちなみに、その様子をたまたま実家の母親が見たこと、そしてMC役の芸人から「この子、とんでもないことを言っている!」と娘が扱われるのは親として見ていていたたまれないと思ったことは以前、コラムでも書いた

 私はAVやセックスを扱う業界にいる。その中でライターとして「こんな人がいるんですよ」「こんな考えがあるんですよ」「こんな作品が出ましたよ」とインタビューやレビュー記事を通して発信している。

 その際、自分のフィルターや価値判断は極力、入れない。私個人がどう考えているかを求められない限り、極力見てきたもの、聞いてきたもの、存在するものをそのまま差し出す。自分では意識して培ったものではないが、いつのまにか形成され、かたい軸となっているものだ。

 もちろん人間と人間なので直感的に「合う、合わない」を感じることはあるけれど、善悪や白黒の価値判断を下さない、条件反射的にジャッジしないようにしている。「うちの娘はAV女優です」でも「自分は選ばなかったことを選んだ人たち」の話を白黒つけず、まず話を聞き、そして差し出した。


 特にAV女優は同性として話は聞きやすいと思われる。かわいい女の子を目の前にすると理屈抜きで心浮かれる。「同じ女性として」「聞き出す」なんてことも求められる。とはいえ、私は同じ女性だが、出る側になったことはない。若いころ、何度かスカウトされたこともあったし、事務所までついて行ったこともあったけれどAVに出ることは選ばなかった。そういう意味でAV女優たちは「自分は選ばなかった道を選んで、仕事している人たち」だ。さらに言うと「もしかしたら、自分が選んでいたかもしれない道を今、歩んでいる人」。

 だからこそ余計、彼女たちの話は自分の主観を述べる前に、聞きたい。絶対に肯定したい、というわけではない。驚くような話も出るし、全てにノレるわけでもない。ただ「そんなのありえない!」と距離を置くまえに、「絶対いやだ〜!」と言うまえに、なるべく色をつけずに差し出す。それでも差し出したものは、私というフィルターを通したものだから、無味無臭ではなく、おのずと私の色がついて、「私の仕事」となっていく。

 話は逸れるが、学生ころは英語を専攻していたこともあり、翻訳や通訳の仕事を志していた。同時通訳のゼミに出席し、大学卒業後には映像翻訳のアシスタントをしていたこともあった。その後、色々あって進路は変わったけど、今の仕事も通訳や翻訳の仕事に似ているかもしれない、と感じることがある。

「この人は、こういうことを言っています」と英語で語られている事象を日本語に直して、また伝える仕事に就くことは叶わなかったけれど、今は「こんな人がいるんですよ」「こんな性癖を持った人がいますよ」「こんな風にセックスについて考えているんですよ」とAV村にいる人たちの言葉を、村以外の人にわかるような形にしているのだと思う。英語よりももっと専門的な言語になっているかもしれないけれど。情報を右から左にたれ流すだけでなく、意見を問われたら返答できる筋力もつけることは毎日の課題であるのは言うまでもなく。

 驚いてもジャッジしない。強烈な話が多いからこそ、そんな風に言葉を紡いでいけたら、と思う。

 

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AV女優は、親も応援する普通の職業になったのだ。「裸を売る仕事」をめぐる親子関係、価値観の変容を浮き彫りにする衝撃作!

「お母さん、ごめんね。
……でもどうして、謝らなくちゃいけないんだろう。」
―――紗倉まな(AV女優)

「AV女優は別世界の存在ではない。
彼女たちの言葉には、常に現代社会が映し出されている。」
―――中村淳彦(ルポライター)