「新生児の取り違え」事件を題材に『貘の耳たぶ』を書き下ろした芦沢央さんと、『れもん、うむもん!』で、妊娠・出産の辛さを正面から描いたはるな檸檬さん。出産のリアルや共通の読書体験を、爆笑しつつも深く語り合いました。
「小説幻冬」5月号より(インタビュー/河村道子)


“私もすごく辛かった”ってあの時、言ってもらえたら

芦沢 『れもん、うむもん!』を拝読して、よくぞ書いてくれた! と。妊娠・出産の本って多いけど、そうそう! この辛さ! みたいなものをここまで正面から描いてくれるものはなかった。しかも、はるなさんのフィルターを通し、咀嚼して伝わるように描いてくださって。この本に救われた人、いっぱいいるなって。私もそのひとりです。
はるな うれしいです。

芦沢 『獏の耳たぶ』を書く中でも、すごく勉強になったんです。ホルモンバランスの変化の説明もわかりやすくて。“女性が生理で経験するホルモンバランスの変化を地上とビル二十階で例えるとすると、出産での変化は地上とエベレスト並み”とか。小説内でも引用させていただきました。
はるな あれは、おっしゃっている助産師さんがいたんです。
芦沢 身体が変化を起こしているんだよ、心が弱いわけじゃないんだよ、ということをわかりやすく伝えている。

はるな 実は怖かったんです、この本を描くの。誰もグチらないことを堂々とグチるなんて。今、ママタレブログで見られるような、“そこは置いといて、子どもかわいい、ハッピー!”みたいなものが出産や育児の世界を覆っているでしょう。そんな中、辛いことに焦点を当てるのは批判が多いだろうなと。でも、“それしか描けねぇー!”って(笑)。だって超辛かったから。
芦沢 そうですよね。

はるな 嘘を描けないんです。で、本当のこと描くとこうなっちゃうんですよ。これから産むであろう友だちに対しても、“私は幸せだったよ”って言うと、その人が辛さに直面した時、“なんで私だけ違うの?”って孤独感が押し寄せるだろうと思うし。何より自分自身が、“私もすごく辛かったよ”って、あの時、誰かに言ってもらえたら、もうちょっと楽になったと思うから。
芦沢 自分だけじゃないんだとわかることって、すごく大事ですよね。

はるな 産めば自動的にママモードに移行するんだろうなと思ってたんです。そしたら、びっくりするくらいそんなことなかった。子どもも泥人形みたいで。色が。
芦沢 たしかに、色は思ってた感じと違った!(笑)
はるな 自分の人間性を疑うくらいかわいいと思えなくて。私、母親としてヤバイ(笑)。
芦沢 いや、ヤバくはないんですよ。でも、かわいいと思えなかったとしても、そう口に出して言う人はなかなかいない。だって、いい母親だと思われたいから。
はるな 皆で一緒に嘘ついているんじゃないかというくらい……。

出産、育児にまつわる神話に
私も追い詰められました

はるな 『獏の耳たぶ』を読んで、抉られるような気持ちになりました。ご執筆中は身を切るような思いがあっただろうなと。なぜ、このテーマを?
芦沢 きっかけは、『そして父になる』という取り違えを題材にした映画なんです。

はるな 福山雅治さんの?
芦沢 そう。“そして母になる”もあっていいんじゃないかと。はるなさんがおっしゃったように、産んだ瞬間から自動的に母性が芽生えるというわけではないから。出産、育児にはいろんな神話がありますよね。
はるな 母乳神話とか三歳児神話とか。
芦沢 それが母親を追い詰めると思うんです。
はるな 呪いですよね。

芦沢 私も追い詰められた。私は一人目を産んだ日の夜、すごく怖くなって。
はるな 怖いですよ。
芦沢 死なせちゃったらどうしようって。今は看護師さんたちが見てくれているけど、退院したら全部自分でやらなきゃいけないんだって。

はるな 想像以上に重いんですよね。命って。
芦沢 そうなんです。
はるな 明日にも死ぬ可能性がある、明日というか、一時間後でも死ぬ可能性がある。

芦沢 繭子の感情の一部は、自分の中にもあったもの。私だって、いろんなことが少しずつ違っていたらもっと追い詰められていたかもしれない。
はるな 自分の肉を切り取るみたいな筆致だと思いました。

互いに勝手なイメージをぶつけ合い
分断され、孤独になる母親たち

芦沢 繭子が子どもを取り替えること自体は、ほとんど事故みたいなものだと思うんですよ。
はるな 言うに言えないっていう、その後の時間がね。

芦沢 黙って四年も育てるって、どういうことだろうというのが、自分でも読みたくなって。その中で変わっていく気持ちが“そして母になる”ってことなんじゃないかって。はじめはこの子から逃げたい、母親になんてなるんじゃなかったみたいな思いから、少しずつ迷いながらも変わっていくところを書きたいなと。そしてもうひとり、子どもを取り替えられた母親を描いて。
はるな 郁絵さんは保育士さんでね。しっかりした、いいお母さん。

芦沢 その郁絵と自分を比べて“私はダメだ”って繭子が思ったり、子育てに専念している繭子を見て、仕事をすることを選んだ自分に対し、郁絵が罪悪感を抱いたり。
はるな お互いがイメージをぶつけあっている感じですよね。
芦沢 母親同士ってそういうとこがある。
はるな 勝手な目線でお互いを見て。

芦沢 女性って“そうそう、わかる”みたいな話で盛り上がることがあるじゃないですか。だけど、“母親はこうあるべき”みたいなものによって、皆が本当のこと言えなかったり、相手の母親の方がよく思えてしまったり。分断されて、孤独になる側面があるんじゃないかって。

はるな 繭子が“取り替え”の事実を言うに言えなくて、時間だけが過ぎていくのがリアルでした。
芦沢 もし、はるなさんのお子さんが、取り違えられた子だったとわかったらどうします?
はるな それもすごく考えた! でも、血の繋がりじゃないって私は思いましたね。毎日、毎分、毎秒、見てる、その時間の積み重ねが親子なんだと。産むまでは顔が似てるとか、そういうことが絆の中心にあるんじゃないかなぁと思っていたんですけど、全然違った。生まれたばかりの時は宇宙人みたいだった人が、だんだん表情を出してきたり、うんちした後“はぁ”って言ったり(笑)、そういう瞬間を重ねるたびに愛着が湧いていった。私は繭子と郁絵、どっちの側になろうとも、今、育てている子を相手に返そうとは絶対に思えない。返したくない。

芦沢 例えば旦那さんが、交換しようって言ったら?
はるな うるさいわ! って(笑)。二人とも育てたいというのが本音。でも子どものことを考えると、育ててきたお母さんを恋しく思うだろうなと。これはかなりユートピア的発想ですけど、二家族で一緒に住みたい。
芦沢 あー! 大家族的に。
はるな いつでも会いにいけるように。できるかどうかわからないんですけど。

芦沢 でも海外で実際にあったみたいですよ。そういう解決策を出した人たち。
はるな 一回、友達になれている関係性なのだから、この二人もできるかなって。この小説を読んでいてもわかるけど、人って自分の立場でしか物を見ることができない。でも、郁絵さんも繭子さんも、お互いの章を読んだら、“あ、そっか”って気付くと思う。そんな二人が腹を割って話したら、一緒に住めるんじゃないかと。

芦沢 私がこの本の中で、目指したことがあって。最後に郁絵が思うことって、あれはわかりあえる一歩なんです。
はるな “あの人の立場だったら?”という考えを突き詰めて、つぶさにその人の視点で見てみると、大体は理解しあえる気がしますよね。
芦沢 人への想像力って大切ですよね。

(後編に続く)

はるな檸檬:1983年宮崎県生まれ。漫画家アシスタントなどを経て、2010年デビュー。著書に『れもん、よむもん!』『れもん、うむもん!ーそしてママになる』『ZUCCZ×ZUCA』など。

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