“そして母になる”があってもいいのでは、という思いで書き上げたという『貘の耳たぶ』は、出産直後の母親が、自らの子を「取り替える」場面から始まる衝撃的な物語。全国の書店員さんから続々届いた感想をお送りします。


自分が産んだ子どもを取り替えてしまった女の物語、と、自分の子どもを取り替えられてしまった女性の物語。 二人の母親の嗚咽が、二人の子どもたちの泣き叫ぶ声がはっきりと聞こえる。 いや、聞こえるんじゃない、私はこの涙を知っている。このどうしようもない衝動を知っているんだ。 前半と後半で二人のイメージが大きく変わる。変わるけれどその深いところにあるのは同じ、全く同じ。ただ、ただ、ひたすらに子を思う母親の思い。子を愛する思い、ただそれだけ。 どこにも完璧な母親なんていない。誰もが悩み迷い傷付き落ち込み途方に暮れる。もうだめだと日に何度も思い、周りの母親と自分を比べて自信を無くす。先の見えない真っ暗なトンネルの中で泣きわめく子を抱いてこの地獄から逃れる術を探す。けれど、そこにある子どもの笑顔と、そして周りの誰かから掛けられる優しい言葉に救われて、またトンネルへと戻っていく。 子どもを産む前の10か月と、自らの身体から新しい生命を産みだすときの壮絶な痛み、そしてそのあと待っている不眠と疲労と混乱の月日。その不安から逃れようとした一人の女の行いが4年後どれほどの大きさでたくさんの人を傷つけたか。もっとほかに方法はなかったのか。あるだろう、いや、もちろんあったはずだ。繭子のしたことは決して許されることではないし、許そうとも思わない。けれど、けれど4年間育てられた子どもにとっては唯一の母親であり、ただ一人側にいて欲しい人のはず。「ぼく、だいじょうぶじゃないよ」という航太の叫び声が私の身体の、かつて子どもをこの身のうちで育てたこの身体の、深いところへ突き刺さった。 だれもが「だいじょうぶ」と言って欲しくて。「大丈夫よ」と言って抱きしめて欲しくて。ただそれだけなのに。 いったいこの子たちはどうなるのだろう。この先、自分たちの人生を受け入られるのだろうか。この方法がいちばん良い選択だったのだろうか。わからない。 ただただ、二人の子どもたちと二人の家族たちの幸せを祈るしかない
(精文館書店中島新町店 久田かおりさん)

私には3歳8ヶ月の息子がいます。この話を読んでその息子のことを思わずにはいられませんでした。(特に、ラストの航太の「ぼく、だいじょうぶじゃないよ」のセリフには涙腺が崩壊するほど泣きました)もしこの子が自分のお腹から出てきた子じゃなかったら……。いつか近い将来この子を手放さなければならない時が来たら……。想像しただけで涙が溢れますが、それよりもっと悲しいのは違う母親のお腹から産まれたと知りながら、この子を育てていたとしたら……。そちらの方が私には耐えられなかったと思います。自分の子ではないと分かっていながら4歳まで航太を育てた繭子の精神状態が正直私には全く理解できません。4年間毎日毎日、明日は取り替えのことがバレて航太を手放さなければならないと思いながら育てていたのだとすると、取り替えた事実よりもその毎日の苦悩の方が重大なことのように思います。ただ、出産直後の繭子の不安定さは身につまされるほど良く分かります。お産の途中で緊急帝王切開に変わってしまったことを「残念だったね」なんて言われたら、それはもう悔しさと怒りでどうにかなってしまってもおかしくないと思います。そのくらい出産時の母親はピリピリに張りつめているのです。繭子のしたことは絶対に許されることではありません。ただ、この小説を読んだ少しでも多くの人に出産時の女性の精神状態がどれだけもろいものか伝わるといいと思いました
(紀伊國屋書店ららぽーと豊洲店 宮澤紗恵子さん)


いつか終わりが来るかもしれないと思いながら育ててきた繭子、終わりなんて想像もしていなかった郁絵、二人がどういう選択をするのか、その設定だけで読みながら心が締めつけられるような痛みがありました。そして、まさかの結末。この結末は本当に全く予想していなかったので、あまりの衝撃と切なさで心はグチャグチャになりました。私がこの立場ならどうか、もうひとつの立場ならどうか、いろんな目線で考えるうちに、出口が見えない深みにどんどんはまっていきました。今もまだ抜け出せていません。読んでいる間、子どもも大人も、弱くて脆いいきものだと思いました。でも、読み終わった後、その弱さと脆さの裏にある、本当に小さな小さな強さも感じることができました。変わったタイトルだなと思いましたが、読み終えた今、このタイトルを見るたびに特に最後のシーンが思い出されて、涙が出そうになります。強烈な印象が心に残る作品です。作品全体が全力で私の心にぶつかってきているような感じがしました。
(勝木書店本店 樋口麻衣さん)


すごい! 取り違えられた母親のイタいほどの心情がビシビシ伝わってきます。それと同時に自分の子を取り違えた母親の狂気も。人は時として不思議なことをするものなのだ、ふとそう思いました。なぜ、自分の子を? しかし、さすが二児の母、子供に対する思いに鬼気せまるものがあります。読ませる作家になりましたね。子供にとって、“お母さん”は全てなんだと感じました。傑作です。
(有隣堂伊勢佐木町本店 佐伯敦子さん)

 

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