『うちの娘はAV女優です』を刊行したあとに、著者であるアケミンさんがあらためて考えたこと。

AV女優になることは取り返しのつかないことか?

少し前に「AV女優のセカンドキャリア」というテーマでと雑誌の取材を受けた。アダルトビデオに出た女の子たちの引退後について、である。場合によっては「そっとしておいてくれ」とも言われそうな話題であることを承知の上、今回は話を進めていきたい。

セカンドキャリア、つまりAV女優の引退後は大まかにいうと3つのパターンに分けられる。

まずは芸名を活かすタイプ。風俗やストリップなどの性産業に携わり続ける人、クラブのママになる人。また脱ぐ仕事を辞めてタレント活動や執筆業に携わるのもこのタイプだ。漫画家の峰なゆかさん、熟女キャバクラのママをしている加山なつこさん、写真家で画家の大塚咲さんなど才能と個性に溢れる人が多くいる。

また芸名は出さずともそのままAV業界で働く人もいる。ヘアメイクやメーカーの広報、プロダクションのマネージャーや経理など裏方だ。AVメーカーで働いていたときも「元女優」の経験と肩書きを活かした広報女子が何人もいて、男性編集者やライターウケは抜群だった。

そしてなにより一番多いのは業界とはまったく関係ない仕事に就く、結婚する、つまりAV業界とは一切、接点を持たず新たな生活を送る人たちだ。AV女優をしていたことをなかったものにする人もいるだろうし、ごく親しい人にだけは「公認」だけど、引退後あらたに出会った人にはその経歴を伏せる人も多いだろう。ユーザーにとっては引退した後もしばらく画面の中で輝いていても、本人にとってはAV女優である時期は若いころのほんの短い期間のできごとで、その後の人生のほうが圧倒的に長い。切ないけれどそれもまた事実である。

そんな彼女たちについては、年々AV女優が増加していることから(200人に1人がAV女優経験者なんて言われている)、「自分の部下がAV女優、なんてこともあるかもしれない」とあたかもスパイかのように煽る記事もある。AV出演が発覚して大手投資銀行の内定が取り消された話や、AVに出ていたことが職場で知られていじめにあった、住居を追い出された、というヘイトクライムのようなことも起きているという。これでは、まるで犯罪者扱いだ。

AV女優になることは「取り返しのつかないこと」なのだろうか。

アダルトビデオは映像作品だから形に残る。商品の差し止めや回収は不可能ではないが、甚大な労力と時間、お金もいる。あたかも最初からなかったことにはできない。いったん世に放ったものは元通りにはならない。

そんな意味を込めて拙著「うちの娘はAV女優です」では「AV出演は出産に似ている」と記した。もちろん、だからといって「出てしまったら打つべき手はない」ということではない。AV女優になったということが原因で差別のようなことが横行することと、業界でくすぶっている諸問題は別ものだ。引退後もベスト盤など半永久的に使い回されるコンテンツの二次使用についての問題も考えらなくてはならない。プライバシー、さらには人権をめぐっての議論が必要になってくる。

一方で拙著で登場した元女優の桜井あゆさんは、「その後」についてこんな風に語っていた。

「エステの面接のときにはAV女優だったことも言いましたよ。私、性格的に隠しごとできないんですよ~! 隠していても絶対にいつかバレるから、だったら最初から自分で言っちゃおうと思った。店長もすごくいい人で『そんなこと気にしないよ。やる気があればうちで働いて!』って言ってくれました」

鮮やかだ。親公認というだけでなく全方位に向けてオープンだ。向かい風を追い風にするような勢いを感じた。もちろんすべての人が彼女のように人生を進められるわけではないし、特別な例だけに光を当てていると言われるかもしれない。けれど、そうやって人生を切り開いていく人もいる。そんな彼女たちの「その後」を拾い上げていくこと、誰かがしないのなら、わたしがしたいと思った。

それに付随して、こんな言葉を思い出した。

「AV女優は幸せになれないとか言うな」

5年ほど前、当時現役のアイドルAV女優がブログで記していた言葉だ。ネット上で心ない言葉を浴びせられた際、彼女は「職業が違うだけで同じ人間なのに、AV女優が幸せになれないと言うな」とつづった。アンチに煽られようにも見えたし、そのブログはまとめ記事になる程度に炎上した。このことをよく覚えているのは、私がライターを始めたばかりの頃にインタビューをしたからだ。テーマは、ネット掲示板のAV女優スレというごく小さなテリトリーの、でも本人にとっては少々デリケートな話題について聞く、というもの。

「AV女優は自分より下って言って叩くことでストレス発散してるんだと思う」と冷静さを保とうとする言葉、「言うこと言わないと気が済まない」といった若さとプライド、強がり、虚勢。彼女の中のさまざまなものがぐちゃぐちゃに混ざったインタビューだった。どうにかこうにか空気を読むまい、としていた姿が頼もしくもあり、イタくも映った。でもやっぱり嫌いになれなかった。弱いフリやバカなフリをして上手に人生を進めようとするタイプの女たちよりも仲良くなれそうな気がしたのをよく覚えている。そして今もこの手の同性って、どうしても嫌いになれない。でもそこまでも仲良くならないのもまた不思議。
 

誰がなんと言っても幸せになってやる

ここで「うちの娘はAV女優です」にある丘咲エミリの言葉を借りる。

「『AVをやらなきゃよかった』「なんで脱いじゃったんだろう』って(思うこともある)。だけど一方で自分自身に言い聞かせていた部分もあるし、自分を正当化しなきゃならないこともあるし」

「AV女優は幸せになれないとか言うな」

それはそんな彼女たちの心の叫びのようだし同時に「誰がなんといっても幸せになってやる」という強い意地も感じてしまう。自分で自分を鼓舞するように、薄い氷膜のような脆い自信を強い言葉でくっつけながら生きながられている。そこに共感する。私もそうだからだ。

「後悔しない」なんて言ったらすごくポジティブでイイ女ぶったセリフに聞こえるけど、そうではない。もはや女の意地、みたいな執念だ。ちなみにこの発言した女優は引退後、しばらくタレントとして活動していたが、数ヶ月前に一切の活動を終了したことをSNSで報告していた。ブログもすべて削除されている。きっと彼女が願う「幸せ」に近づいている、そんな願いに近い思いをわたしは抱いている。

そもそも「幸せ」ってものすごく大きな言葉だ。仕事での成功だったり、平穏な家庭を築くことだったり、社会的な知名度を上げることだったり…目的地はみんな違う。しかしいずれにしても他人からなにかを強いられたり、削り取られたり、搾取されないことがまず必要な大前提だと思う。

そんな意味で最近とくに幸せそうだな、と思ったのが戸田真琴さんのブログだった。

2016年にSOD専属女優としてデビューした彼女は、男性経験のないままAV女優になった。子どものころから「結婚するまで処女でいなくてはいけない」という親の教えを頑なに守っていた今どき珍しいタイプの女の子だ。「自分で決めた窮屈なルールを、ちょっと乱暴に破ってしまってから、1年が経ちます。」と語る彼女は、講談社が開催するアイドルオーディションプロジェクト「ミスiD2018」にエントリーした。

「アイドルさんに限らず、メディアやSNSを通して、日々消費されていく女の子というのがたくさんたくさんいます。
(中略)
わたしがいるAV業界も例に漏れなくて、ときどき、わたしはいつ使い切られてしまうのだろう、と考えることもあります。

そのたびに思うのは、
自分を守ることよりも、
もっと遠くまで行こう。ということでした」

そんな書き出しから始まるこのエントリー、やがてこんな言葉が続く。

「自分の中の、すり減っていない(はずの、)何かの正体を知るための理由になるような気がして、エントリーすることにしました。」

「すり減る」「消費される」

アイドルとAV女優でそれらの定義に違いはあるかもしれないが、AV業界に関していうとNG事項を少しずつ解禁していく、ハードなプレイなど身体的な負担も増やしていくことを意味している。最悪の場合、精神的肉体的にも追い詰められ、気づいたら自分の意志とは違うところに行って抜け出せなくなってしまうこともあるだろう。

正直、彼女が処女でAVデビューした、というのを最初に聞いたときは、「少し危なっかしいな」という思いもあった。有名願望を搾取されていたりしないか。なんとも失礼でおせっかいな話だが年の離れたひとりの同性の人間として、そんな風に感じてしまう。

しかし今、彼女が自らの意志をもって語る言葉は力強くて痛快だ。AVに出るということをステップにしているような、良い意味での「したたかさ」も感じる。彼女は搾取されていない。そのブログを読んでいると、「AVに出たら人生終わり」「AV女優は人生詰んだ」みたいな後ろめたい空気感が過去のものになっているようにも感じた。別に本人にとっては業界を変えてやろうなんて野心はないだろうし、単にやりたいことをやっているだけなのかもしれない。なによりやりたいことをやっていて、それを発信しようとする人は純粋に応援したくなる。

先月末には出演強要に強姦罪が適用される政府の緊急対策が報じられたAV業界において、誰もが消費されないこと、搾取されないことは早急の課題になっているのは言うまでもない、

「元通りにならない」と「取り返しのつかない」このふたつは似ているけれど、違う。あのときこうだったら、ああだったらと思っても元には戻らない。けれど、その先の選択は自分で引き受けたいし、好きになりたい。来た道を戻ることはできないけれど、進むわたしたちの足は、どうぞ引っ張らないでほしい、そう強く望む。

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