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2017.04.03

「あるがまま」のウソ・ホント

小池 龍之介

「あるがまま」のウソ・ホント

「人格」とか「私」というのは脳の見せている幻影に過ぎないので、その幻影を突破してしまえば「喜ぶ私」も「悩む私」もいないので、のんびり安らいでいられる。そんな話を続けてまいりました。

 そうした「あるがまま」の状態がどういうものかについて、世間には、ありとあらゆる誤解が出回っているような気がします。

 坐禅の生徒さんからの質問を二、三ほど挙げてみるだけでも、こんな塩梅です。

「あるがままということは、朝、早起きして坐禅しようかと思っていても、起きてまだ眠かったら、二度寝してダラダラしてもいいということでしょうか?」

 また、別のかたから、「それでは、自分のダメなところがいつまでも温存されてしまいそうで、心配なのですが……」という質問もありましたねぇ。

 さらには、こんなものも。「強盗も、ありのままでいいんだったら、犯罪を助長するんじゃないでしょうか?」

 いやはや、たしかに、言葉のレベルのみで安易に「あるがまま」などと思ってしまうと、上記のような開き直りにしかならないでしょう。けれども、いいえ! これは、言葉の問題ではなく、瞑想実践の境地の問題なのです。

 たとえばもし、「二度寝したい、ダラダラしたい」という思考が生じたとして、それをあるがままにしておいたら、どうなるでしょう? つまり、その思考が突如として勝手に飛来してきた、私のものでもない現象として興味を脱色させて、何とかして抑制しようとも乗りこえようともされずに、ただあるがままに放っておかれたならば、です。

「ダラダラしたい」と、私が思っているんだ、と勘違いさせられているせいで、そのダラダラに興味を持って執着しているのですからねぇ。

 そしてふつうは、その執着を前提にして、「よし、なんとか頑張って起きよう」という、新たに生じてきた反動としての思考を、「これが自分だ」と勘違いして執着することにより、「起き上がっている自分が、ここにいる」という幻想とともに、無理に頑張って起きるでしょう。それは、反対方向の、努力への執着であって、あるがままのマインドフルネスではないのです。

 そうではなくて、「ダラダラ」が興味も執着も持てないものだと、あるがままに放っておかれたなら、興味がない以上、当然ながら、その思考は即座に消滅してしまいます。「頑張って起きなきゃ!」という力みもまた、反動として自動生起しただけで、私のものでないからどうでもいい、と放っておけば、即座に消えてゆくのです。

 こうしてどちらも消えてしまえば、後には思考にとらわれない、活き活きと冴えた精神が残るだけです。それではその場合、それ以上ダラダラするでしょうか? いいえ、「頑張って起きなきゃ!」と力むまでもなく、ただ単に、シャキンと起きる。それだけのことなのです。そこには、抑圧も、無理することもありません。自然体で、ただ、思考も気分もあるがままに通り抜けていき、もはやそれに支配されないのです。

 こうした実践が本格的に定着してくると、「どんな思考も、どんな煩悩ですら、OKだ!」という感覚が強まってくることがあります。それは、たとえどんな煩悩が生じても、それに興味を持たず通り抜けてゆくままにしていられるなら、煩悩は効力を持たずに消滅していき、そのときに煩悩が活力に変わるのを体験するからです。

 どんな煩悩ももはや、いわば「小っちゃなかわいらしい子たちが、通り過ぎてゆくなぁ」とばかりに、ほほえましく感じられるくらいに、余裕が出てくるのです。ただしこの場合、「どんな煩悩もOK!」という突き抜け感はあくまで、「まったくあるがままの無重力感で、完全な無執着を保って、煩悩に気づいていられるなら」という、条件付きなので、注意して欲しいと思います。

 世の中によく出回りがちな、エセ仏教的なメッセージとして、「あるがままでいい」ないし「どんな煩悩だって、そのままでいいんだ」というものがありますね。ええ、本当の本当に、煩悩的思考が生じても、それにとらわれず、あるがまま、そのままに手放していられるなら、すべての煩悩はOKです。

 なぜなら、そうすれば全て毒牙を抜かれてしまい、本当にOKになるからです。けれども、そのためには、相当量の修練を積む必要があります。「あるがまま」「そのまま」と言っているのが実践レベルで分かりかけてくるまでは、言葉の表面的なニュアンスだけ受け取って、曲解しないようにと、老婆心ながら付け加えたく思います。

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