WBCで日本人選手たちのプレーに感動した人も多いことと思いますが、いよいよ日本国内でも、プロ野球が開幕します! 華やかな舞台で、鮮やかなプレーを見せる一流選手たち。けれどその陰には、たくさんの「二軍選手」の存在があるのです。
プロ野球通でもなかなか知り得ない、そんな「二軍のリアル」を、現役監督である田口壮さんが解説してくださっているのが『
プロ野球・二軍の謎』です。元メジャーリーガーだからこそ書ける日米ファームチームの違いや、二軍の試合の楽しみ方、監督としての苦労話など、プロ野球ファンなら読んでおきたい一冊です。
本書の発売を記念して、内容の一部を抜粋しお届けいたします。

 

 

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■ はじめに――二軍監督は「中間管理職」

 プロ野球の「監督」といえば、全権を背負い、チームという世界を動かしているトップの人間というイメージがあります。しかし「全権掌握」がすなわち「独裁」ではなく、監督はあくまでもチームの一部として、全体の意見や方向性を鑑みながら意思決定していく立場のひとりです。

 そんな中でも一軍監督はその方の持ち味なり、野球観をチーム作りに反映させていきますが、これが二軍となれば、仕事の核は「一軍の方向性を選手に浸透させる」「一軍と二軍の意思疎通を円滑にする」「一軍の戦力になる選手を育て、供給する」の3点となり、自分の意思・意見でチームの方向性を決める、ということはほぼありません。

 僕は大学を卒業してそのままプロの世界に入ったため、サラリーマンの経験はありませんが、一般企業で働く友人たちの話から見えてくる「中間管理職」という立場が、もしかしたら二軍監督に一番近いものかなと想像しています。

 現役時代は選手として、チームプレーを意識しつつも、突き詰めれば最後はやっぱり自分中心であり、それを軸に世の中が回っていました。体調管理も、自分がまず万全であることのみが大切でした。

 引退後、NHKの解説者として3年を過ごした間も、客観的な見方を心がけていましたが、あくまでも持論が中心でしたし、誰かの意思によって論調が変わることもありませんでした。テレビやラジオの中継や放送も、野球と同じくらいチームワークが大事とはいえ、僕が周囲に気を遣う以上に、スタッフのみなさんが僕に気を遣ってくれました。

 ですから、二軍監督としてオリックスに「就職」してはじめて、僕は組織の中での立場や状況を考えつつ、あちらやこちらと物事を調整しながら動く、という経験をしたのです。47歳にして、おそらく社会人の誰もが当たり前にやってきたことを遅ればせながら始めたと言えます。

 そこで改めて実感したのは、先に述べたように「監督」と名のつく役職が、必ずしもすべての権限を持っているわけではない、という現実でした。

 たとえば選手の起用。試合のラインアップを組む場合、その作業を僕の意思のみで行うことはほぼありません。僕はあくまでも「二軍という組織を任されている人々の中のまとめ役」であり、「俺がこうしたいんだからこうや!」などということは起こらず、各コーチの意見を聞き、助言を受けることでようやく試合のオーダーも決まります。プロ野球におけるチームプレーは、実は選手がグラウンドで見せるものだけではなく、監督とコーチ陣、総じては球団と現場の人間の意思疎通においても必要なものなのです。

 こうして組み上がっていく「スターティングラインアップ」に一番影響を与えるのが一軍からの指令です。

 二軍にも勝敗がかかっています。しかし、一軍からの要請は絶対であり優先すべきことで、たとえば「今日からA選手を一軍に上げてくれ」という要請が来たら、彼の存在が今日の二軍の勝敗に大きく影響を与えるとしても、送り出さなければなりません。A選手の状態が完璧ではなく、もう少し二軍での調整が必要だったとしても同じことです。逆に一軍での出場機会が少ないために「二軍で試合勘をキープさせたい」と、急遽、一軍の選手が入ってくることもあり、それによって、本来出場予定だった二軍選手は、自動的にチャンスを失うことになります。

 このように、チーム事情は一軍次第でいかようにも変わっていくし、その中でいかに人材を育て、自分たちも勝つか、という部分が二軍の試合の難しさでもあり、醍醐味でもあるのです。

 さらに、僕ら二軍の試合はほぼデーゲームです。

 試合を終えて家に帰ってから、夕飯中に一軍の試合をテレビで見るのも大切な仕事。自分たちが送り込んだ選手の動きひとつひとつをチェックして、再び落ちてきたときの参考とします。一軍の状態を見ながら、今後の展開を想定して、二軍運営に反映させるのです。

 そんなことばっかり考えながら食事をしているので、一緒に食卓を囲んでいる家族との会話は、ほぼ上の空です。

「パパー、今日学校でね」

「うんうん、今日パパも試合中になあ」

 などと、思いっ切り息子の話をぶった切る父親。

「大事な話みたいだから、聞いてあげたほうが……」

 と言うヨメに、

「大事といえば! 今日球場でなあ」

 と続ける夫。一瞬でふたり、黙る。

 食事が終わる頃からは、電話での打ち合わせが入ることもあり、そのあとは頭の中が野球でいっぱい。同じ屋根の下にいるというのに、まともな会話をするチャンスがありません。僕のせいといえば僕のせいなのですが、もともと「家庭に仕事を持ち込むタイプ」なので、頭の切り替えができないのです。

 こんなふうに、シーズン中は家族とゆっくり話す機会がほとんど持てず、夫として、父親としての役割は野球の二の次、三の次となります。ですから、現場だけではなく、家庭でもやはり、チームである家族の理解と協力は不可欠でしょう。

 そんなヨメと息子の強制的協力をバネに、手塩にかけて送り出した選手たちですが、二軍ではどれだけ生き生きと活躍できていても、一軍に上がるとその雰囲気に飲まれて、本来の力を出せないことがままあります。たとえ爆発的に活躍しても、線香花火のように一瞬の輝きを放ったのち、しゅるるるる、と電池切れしてしまうのがよくあるパターン。一軍に定着している選手は、体力、気力ともにタフだからこそ1年を通して戦えますし、二軍の選手にはその持久力が欠けています。そんな中で自分のスタイルを崩し、悲しい顔で二軍に帰ってきてやり直しという積み重ねの中から、二軍の選手は生き残るための術を身につけていくのです。

 先にも述べましたが、一軍のナイトゲームが終わると、もしくは試合の最中に、一軍のスタッフから湯気の立つような最新の情報が電話で寄せられます。試合が終われば、場合によっては夜中過ぎまで、翌日の一軍の試合に必要とされる補強についてコーチ陣と電話で話し合うこともあります。チームは生き物で、刻々と形を変えていきますから、それに対応するために、二軍はどんなリクエストにも応じられる変幻自在な存在でいなければなりません。

 選手時代、特にアメリカでプレーしていた頃の僕は、自分のことを常にジグソーパズルにおいての「25番目のピース」だと思っていました。僕がベンチ入り25人の最後のひとりであるならば、チームがどんな状態となっても、最後の隙間に「求められた形になってぴたりとはまる」選手でありたいということです。二軍もそれと同じ。一軍が求める形に、いつだってぴたりとはまれるよう、準備を怠ってはならないのです。

 ところで、「便りのないのはいい便り」なんて言われますが、野球も同じです。たとえばトレーナーからの不意の電話のほとんどはインフルエンザなど病気の罹患情報で、着信を見た瞬間「ああ、またひとり……」と不安な気持ちが高まります。検査結果なども知らせてくれるので、あまりに頻繁に僕に電話をしているせいか、ときどき、うっかりリダイヤル押しちゃった系の間違い電話もあり、それに気づかず歩き続けるトレーナーの足音が、えんえんと留守電に残っていたりするのですが……。

 しかし、一軍から急ぎの連絡が来るときは、ほとんどがバッドニュースで、試合中にかかってくる電話がその最たるもの。携帯を持つ手に力がこもります。もっとも、選手個々の気持ちから言えば、一軍のピンチは虎視眈々と上を狙う二軍の選手にとって、自分が上がれるチャンスであったりもするのでしょうが、チーム全体として一軍の勝利を考えれば、痛し痒しという状況なのです。

 二軍の動きは、一軍次第で日々変化していきます。それゆえに、「二軍は二軍」という、切り離された単独行動は絶対にあり得ません。二軍監督が「中間管理職」たるゆえんのひとつは、常に上司(一軍)からの期待に応えられるよう準備をし、部下(コーチや選手たち)の状況を把握して、どちらにとっても仕事がしやすいように、臨機応変な調整役でいなければならない、ということなのです。

 プロ野球は特殊な世界と思われがちですが、その中にある人間関係は、一般社会とさほど変わらない部分も多々あります。どんな場合でも、複数の人間が力を合わせてひとつの目標に向かうとき、「組織の一員」としての動きが求められるものでしょう。だからこそ、僕も、いま本書を読んでくださっているあなたも、まったく異なる世界にいるようで、実は同じような悩みを抱えていたりするかもしれません。

 この本で、はじめて中間管理職を経験する新人二軍監督の右往左往を紙上体験しながら、普段日の当たることのないプロ野球の二軍を少しでも身近に感じていただければ幸いです。

 

次回の試し読みは、「二軍とはどんな存在なのか」。更新は4月2日(日)です。お楽しみに。

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■田口壮さんの本

プロ野球・二軍の謎

這い上がるか、クビか。
奮闘する二軍のリアルを現役監督が解説!
一軍を支え、一軍を目指すプロ野球の二軍。各チームに所属する約70名の「支配下登録選手」のうち、一軍登録された28名を除く最大42名の彼ら二軍選手は、どんな日々を送っているのか? 一軍の状況次第で急遽昇格することもあれば、二軍戦への出場機会ですら一軍選手に奪われることも。調整中のベテランと新人選手が入り交じり、「プロの厳しさ」を肉体的・精神的に学ぶ「二軍のリアル」を元メジャーリーガーの現役監督が解説。さらには、日米ファームチームの違いや二軍の試合の楽しみ方、監督ならではの苦労や裏話も満載。


第一章 プロ野球の二軍は何をしているのか?
▶一軍と二軍の違い/二軍と育成の違い/二軍にはどんな選手がいるか/プロ選手の練習、その一例…
第二章 日本の二軍とアメリカのマイナー
▶ピラミッド型のマイナー、一軍の調整場である二軍/文字通り「ハングリー」なマイナー/身分が保証される日本と明日をも知れないマイナー…
第三章 二軍の試合が100倍面白くなる!? 観戦ガイド
▶ウエスタン・リーグ、各チームの特徴/二軍のオーダーの組み方/二軍の試合の特徴/ファンとの距離が近い二軍…
第四章 新人監督のマンスリー・ダイアリー
▶いまが這い上がるチャンス 「負け癖」が最大の敵/野球の基本が「勝負の鉄則」とは限らず/エネルギーは内に秘めるな 表に出せ…
第五章 二軍監督という仕事
▶時代によって変わるのはプロ野球界も同じ/「新人類」と「ゆとりど真ん中」世代のギャップ/選手を納得させるのも監督の仕事/監督には「瞬発力」が必要…