3月21~23日、史上初の試みとなる日中韓トップ棋士と囲碁AIによる世界大会「ワールド碁チャンピオンシップ」が開催されます。AIも含めた世界No.1囲碁プレイヤーを決める本大会で、日本最強棋士として出場する井山裕太さんは、AIに対してどのような想いを抱いているのでしょうか。井山裕太さんの『勝ちきる頭脳』より紹介します。

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衝撃のアルファ碁

 2016年の4月に僕は七冠を達成し、いろいろなメディアに取り上げていただいたのですが、じつはこの一カ月前となる3月、囲碁界を通り越して社会的・世界的な大ニュースとして騒がれた「大事件」がありました。

人工知能「アルファ碁」が、李世乭(イ・セドル)さんに勝利したのです。5局対戦して、4勝1敗という成績でした。

 チェスでは人間を凌駕(りょうが)し、将棋では人間に追いついたと言われているコンピューターですが、「囲碁に限ってはまだまだ」と思われていただけに、この結果は僕にとってもあまりに大きな衝撃でした。

 ついにここまで来たのです。僕も「コンピューターが人間に勝つのは大変。10年はかからなくても、あと数年はかかる」と思っていましたし、アルファ碁の存在はまったく知られていなかったので、突然出てきて驚きました。人工知能による「ディープラーニング=深層学習」というものが、いかにすごいものであるかの証明でしょう。実際、このディープラーニングの優秀さを証明することこそが、アルファ碁を開発したグーグル・ディープマインド社の思惑だったと聞きました。

 

 僕はコンピューター関係の知識がないので、詳しいことまでは理解できませんが、アルファ碁は着手のすべてを「確率」で選んでいると聞きました。一手ごとに候補手の勝利確率を弾き出し、最も勝つ確率の高い手を打っている。これが着手決定におけるすべての要素で、これに自己対局(自分対自分で対局)を積み重ねて強くなっているのだそうです。

 公開されている情報はこれくらいで、いまだにアルファ碁の全貌は明らかとなっていないのですが、何はともあれこの五番勝負は本当に勉強になりました。世乭さんの調子が今一つだったのではないかという声もありましたが、それを抜きにして、純粋にアルファ碁は強かったです。掛け値なしに。

 

 僕がそれまで持っていたイメージは、人工知能やコンピューターは「答えが出る分野に強い」というものでした。死活とか攻め合いとかヨセの計算は絶対に間違えず、すごく正確だと思っていたのです。

 しかしアルファ碁は、部分的な攻め合いやコウ絡みの部分──つまり「答えが出るはずの部分」を間違えていました。これは本当に意外で、最も驚いたことです。

 そしてその代わりに、人間的な部分と言いますか、大局観という感覚的な部分で優れた構想を見せてくれました。じつに視野が広く、人間らしいのです。プロ棋士の棋譜を何万局とインプットして学習したそうですから、人間らしいのは当たり前なのかもしれないのですが……。

 シリーズ前に抱いていたイメージと真逆で、むしろ答えの出ない場面で強かったというのが第一の感想です。新しい考え方も随所に出ており、やはり人間とは違う部分もありました。自分の囲碁観を覆されたということはありませんでしたが、「一局を通して勝ちきるのは、すごく大変な相手」であることは間違いありません。

 とにかく発想が柔軟なのです。コンピューターらしい俗っぽい手というのではなく、人間ではなかなか思い浮かばない考え方も披露してくれました。実際に第二局でアルファ碁が打った斬新な発想に基づく石運びは、すぐに棋士の間で取り入れられ、今や「常識」のようにさえ取り扱われているくらいです。

 それだけアルファ碁が優秀ということで、人間の世界でも布石の研究はかなり進んでいるのですが、アルファ碁が新たな手と考え方を提示してくれたことで、また囲碁の世界観が広がりました

 

 ですから僕がアルファ碁から学んだことは、「囲碁には本当に、いろいろな可能性があるのだな」ということです。わかってはいたつもりでしたが、改めてその奥深さを再確認させられました。

 しかし、僕はこのことをアルファ碁vs世乭さんの勝負を観て感じたに過ぎません。次はぜひ「自分がアルファ碁と対戦して、囲碁の可能性の広さを純粋に体感してみたい」という気持ちがあります。

 もちろん、「教えを乞う」立場ではなく「勝負として」です。勝ちきるのが大変な相手だという認識はありますが、今は「実際に対戦してみて自分がどう感じるか」という点に、最大の興味を抱いています。

 と思っていたら、今度は2016年11月に日本の人工知能「Deep Zen Go」(通称=Zen)が、趙治勲(チョウ・チクン)先生と対戦して1勝2敗という成績を収めました。約1年前にはプロに三子(ハンディキャップとして最初に石を3つ置いてスタートする=アマチュア6段くらい)という力量でしたから、こちらも驚異的な進歩と言わざるをえません。やはりディープラーニングの手法を用いたそうです。

 そして2017年の3月、今度は僕がこのZenと「ワールド碁チャンピオンシップ」で戦うこととなりました
 

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