電通の過労死自殺をきっかけに、日本の長時間労働がいよいよ問題になっています。とはいえ、働くことこそ生きること、なんでもいいから仕事を探せという風潮は根強く、息苦しさを感じ続けている人も多いのではないでしょうか。本書『仕事なんか生きがいにするな ~生きる意味を再び考える』は、仕事中心の人生から脱し、新たな生きがいを見つけるヒントが詰まった1冊です。

 

「中年期の危機」の若年齢化

 分析心理学を提唱したユングは、人間の精神的危機が訪れやすい三つの時期として、青年期の危機、中年期の危機、老年期の危機というものを挙げました。

 青年期の危機は、人が社会的存在となっていこうとする出発点での様々な苦悩、つまり、職業選択や家庭を持とうとすることなど「社会的自己実現」の悩みを指すものですが、中年期の危機の方は、ある程度社会的存在としての役割を果たし、人生の後半に移りゆく地点で湧き上がってくる静かで深い問い、すなわち、「私は果たして私らしく生きてきただろうか?」「これまでの延長線上でこれからの人生を進んでいくのは何か違うのではないか?」「私が生きることのミッション(天命)は何なのか?」といった、社会的存在を超えた一個の人間存在としての「実存的な問い」に向き合う苦悩のことです。青年期には重要に思えた「社会的」とか「自己」といったものが、必ずしも真の幸せにはつながらない「執着」の一種に過ぎなかったことを知り、一人の人間として「生きる意味」を問い始めるのです。

 通常この「中年期の危機」は、文字通り中年期である四十代後半から六十代前半辺りにかけて起こってくるものですが、近年では、この種の苦悩が二十代辺りにまで若年化してきているのではないかという印象があります。中には稀に、十代後半からという早熟なケースにお目にかかることもあります。

 さて、このような「中年期の危機」の若年化は、なぜ起こったのでしょうか。一つには、「社会的自己実現」の空疎化ということがあるのではないかと、私は考えています。

 現代の若い世代の人々は、情報化が進んだことによって、大人たちが表面上演じている「社会的自己」すなわち「役割的自己」について、その舞台裏の空疎な実態を、かなり早い段階から知ることができる環境にあります。そのために、昔の世代のように楽観的で希望に満ちた将来像を描いたり、夢に向かって無邪気に進むことができにくくなっているのではないかと思われます。それゆえ、物質的困窮の有無にかかわらず、ハングリー・モチベーションを原動力にしてひたむきに「社会的自己実現」を目指すような生き方自体が、もはや時代錯誤な昔話のごとく響くようになってしまったのです。

 これにより、現代の若い世代は「青年期の危機」が言わばスキップされることになって、一足飛びに「中年期の危機」と同質の苦悩に直面しているのではないかと考えられるのです。つまり、将来どんな仕事に就くべきかといった「社会的自己実現」について苦悩することよりも、もう一つ深い層の「生きることの意味を求める」という実存的な飢えの方が、若い世代にとってはむしろ切実な問題になってきているわけです。

 もちろん今日の若者たちも、ある年齢になれば進路や就職の問題に思い悩むのは昔と変わらないのですが、しかしそこで悩んでいる内容は、以前とはかなり質の異なるものに変わってきているようです。

 従来は「なりたいものになれるかどうか」「就きたい仕事に就けるか」という内容が多かったのですが、近年では「何がしたいのかわからない」「できれば面倒なことはしたくはないが、やらなければならないとしたら何をするか」「なぜ働かなければならないのか」といったものに変化してきているのです。

 このように「なぜ働かなければならないのか」という問いを突きつけられた時に、ハングリー・モチベーションの価値観で生きてきた大人たちは、その場はどうにか取り繕うにしても、正直なところ、答えに窮してしまうことが多いでしょう。なぜなら、自身がそのような疑問を一度も抱いたことがないからです。

 こんな場面でハングリー・モチベーションで生きてきた大人が口にするのは、しばしば「メシが食えなければ始まらないだろう」「贅沢病だ」「働かざるもの食うべからず」「人間として働くのが当たり前だろう」等々の、恫喝もどきのセリフだったりします。しかしこれは、「なぜ働かなければならないのか」という問いに対する答えになっていないのみならず、ハングリー・モチベーションで生きてきた人間の「思考停止」を露呈してしまうことになり、まったく説得力を持ちません。

 このような価値観の完全なるすれ違いが、親子間をはじめとして、学校や職場など、あちらこちらで展開されているのが現代の実情なのではないでしょうか。私も臨床において「言葉が通じない」というクライアントの嘆きをよく耳にしますが、それもこのような価値観の相違が原因になっていることがほとんどなのです。

 

 

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