電通の過労死自殺をきっかけに、日本の長時間労働がいよいよ問題になっています。とはいえ、働くことこそ生きること、なんでもいいから仕事を探せという風潮は根強く、息苦しさを感じ続けている人も多いのではないでしょうか。本書『仕事なんか生きがいにするな ~生きる意味を再び考える』は、仕事中心の人生から脱し、新たな生きがいを見つけるヒントが詰まった1冊です。

「自分がない」という困惑 ~現代の「うつ」の根本病理~

 新型うつを患っている人は大概、様々な事情により「自我」の芽を摘まれて育ってきた歴史を持っています。それゆえ、人生を順調に進んでいるように見えても、その内実においては「生きるモチベーション」という動力のない、言わばトロッコのような在り方だったのです。

 順調に進んでいた時には、本人自身も周囲も、それが問題であるとは思いもしなかったわけですが、レール上の小石のような障害物によって、あっけなく進めなくなってしまいます。つまり、そもそも他動的に押された慣性で走っていたために、「それぐらいの困難は乗り越えるべきものだ」といくら発破をかけられても、そもそも動力が見当たらないのです。このように動けなくなり「うつ状態」に陥ったクライアントは、そこではたと「生きるモチベーション」の不在に気付くことになります。

 このモチベーションの不在は、「自分がない」ことから生じた問題なのですが、その「自分」に対して唐突に「何がしたいのか」「何がイヤなのか」と問いかけてみても、「自分」は何も答えてはくれません。長い間、「ノー」を禁じられて「自分」の声を聞かずに来たのですから、そのように扱われてきた「自分」の側ももはや主張することを諦めてしまっていて、口をきかなくなっているのです。

 このような背景があって生じた「うつ状態」なので、治療としては、深く丁寧に、実存の水準にまでアプローチをしなければなりません。ですから、こうした病態にいくら薬物療法を行っても、動力のないトロッコに燃料を入れたり燃焼賦活剤を入れたりするようなもので、原理的に効果が出るはずもないのです。

 近年主流になっている認知行動療法というものも、あくまで認知や思考の偏りを「頭」のレベルで言い聞かせ、修正を図ろうとするプラグマティック(実利主義的)な手法なので、深い実存のレベルにまで変化を引き起こすことはできませんし、そもそもそのようなことを目的にしていません。

 また、復職のためのリワークプログラムも推奨されるようになってきていますが、これも、あくまで休職のブランクからの就労能力や対人スキルのリハビリテーションをすることが目的であって、クライアント自身の実存的な問題の解決には貢献しません。

 これらはあくまで、元の環境への「再適応」を目指す方法なので、むしろ、「生きる意味」など問うことのなかった「昔の自分」に戻ることを再訓練しようとするアプローチだと言えるでしょう。

 しかしながら、やはり「生きる意味」を問うということは、とても人間的で必然的な魂の希求なのであって、そこにたとえどんなプログラムを課したとしても、人を、それを問わなかった昔の状態に戻すことはできません。もちろん、単に転職すればどうにかなるといったような、簡単な話でもありません。

 解決可能な方法はただ一つ、その問いを真正面から受け止めて、本人なりの「意味」を見出せるところまで諦めずに進むサポートをすることだけでしょう。

 しかし、人は「主体性」を奪われた状態のままで、自力で人生に「意味」を見出すことは原理的に難しいものです。まずは、人生の「意味」を求める前に、「意味」を感知できる主体、すなわち「自我」を復活させることから始めなければなりません。

 真のセラピーとは、この困難な作業を適切にガイドし、援助するものでなければなりません。しかしこれは少なくとも、自身が実存の水準で苦悩したり、深い問題意識を持ったりしたことのあるような治療者でなければ、原理的に扱えません。治療者自身が経験していないことを、いくらセラピーとはいえガイドできるはずがないからです。

 

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