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2017.03.13

第18回

野宿未満(後編)

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野宿未満(後編)

 ふたたび放浪のことについて考え始めたのは、バイクをもらったときだった。たまたま知り合いがバイクを使わなくなるので手放したいというので譲ってもらうことができたのだ。
 もらったのは125ccの原付二種のスクーターで、見た目は50ccの原付とほとんど変わらない。まあ、ごつくて大きいバイクでハイウェイをぶっ飛ばしたりするよりも、小さな原付でタラタラと旅をするほうが自分には合ってるような気もする。
 これがあれば今までとは違う旅ができるんじゃないか。もう電車やバスなどの公共交通機関の軛に縛られることはない。道路が伸びているところならどこにだって行くことができるのだ。バイクごとフェリーに乗って北海道や沖縄に行くことだってできてしまう。おー、久しぶりにふらふらと旅に出てみようか、という気分になった。
 初の長距離バイク旅は、東京から和歌山県の新宮市まで行ってみることにした。片道600キロほどの道のりだ。高速道路を使っても11時間くらいかかるのだけど、125ccのバイクは高速に乗れないので下道で行くしかなくて、それだと倍の20時間くらいはかかると見たほうがよいだろうか。まあとりあえず行ってみよう。
 意気揚々と出かけたのだけど、わりとこれはキツい旅だった。最初のほうはバイクで山の中や海の側を飛ばすと気持ち良かったけれど、だんだんそれも飽きてくる。運転を楽しんでいられる距離は一日あたり80~100キロメートルくらいまでだった気がする。だけどモタモタしてると着くまでに一週間くらいかかってしまうので、頑張って1日200キロくらいは距離を稼いだのだけど、1日目の後半には疲れてダレてきたし、さらに2日目と3日目は苦行だった。
 一番つらかったのはお尻だ。一日中シートに座りっぱなしのせいでお尻が痛くなってくるのだ。少しでも痛みを軽減しようと、こまめに座り方を変えてお尻のポジションをずらし続けたりしていたのだけど、はたから見ると原付に乗りながらずっとお尻をもぞもぞしている怪しい人にしか見えなかった気がする……。
 あと、自分が運転に向いてないなと思ったのは、運転中は意識を飛ばすことができないというところだった。僕はバスや電車に乗っているときや散歩しているときなど、何かぼんやりと考えごとをしているうちに意識がここ以外のどこかに行ってしまって現実世界のことを忘れてしまう瞬間がとても好きなのだけど、運転中はそんなことをやっている余裕はない。路上では1秒間意識を飛ばすだけで余裕で死ねる。なので、うかうかするとどこかに行ってしまいがちな意識を常に引っ張り続けて今ここに保っておかなければいけなくて、これが予想外にストレスだった。
 バイクは車と違って暑さや寒さや雨や風の影響を直で受けるので体力や気力の消耗が大きい。そのうえに僕はもともと体力がないことには自信があるほうなので、運転をしているとすぐに疲れてしまって、1時間ごとくらいにコンビニや公園などで小休止をしていた。そのせいで道のりはなかなか進まなかった。
 道中の泊まる場所としては、もし元気があったらどこかにテントを張って泊まってみようかと思ってテントや寝袋をバイクに積んでいたのだけど、走り始めてみるとそんな余裕はないことが分かった。これは夜くらいはちゃんとした部屋で布団で眠って回復しないと、走ってる途中にふらふら事故って死んでしまいそうだ。結局全部ビジネスホテルに泊まった。
 そんなこんなで3日間かけて何とか新宮まで辿り着いたのだけど、バイク旅の感想としては、楽しくて爽快な瞬間が20%、つらい時間が60%、その他が20%くらいの割合だった。復路はバイクで帰る元気はなくて、そのままバイクは置きっぱなしにしてしまった(半年後くらいに電車で取りに行った)。


 うーむ、なかなかバイク旅も難しいものだ。僕は基本的に体力がない小心者なので、野宿やキャンプやツーリングなどのハードでアウトドアな旅は向いてないのかもしれない。やっぱり都会で自転車に乗ってうろちょろしてるくらいがちょうどいいのだろうか。
 しかし心残りなのは、昔野宿に憧れていた頃に買ったテントを一回も使っていないことだった。もったいないしせっかくだから一度くらい使ってみたい。あんまり遠くじゃなくて気軽に行けるところならそんなに無理せずに楽しめるんじゃないか。
 検索してみると、家から一番近いキャンプ場は東京湾にあった。バイクで行くと30分くらいで行ける。ここに行ってみるか。ウェブサイトから予約をした。一人でキャンプを一泊する料金は600円だった。
 バイクにテントなどの野宿セットを積んで一人でバイクに乗ってキャンプ場に向かう。片道30分の道のりはあっけないほどすぐに着いた。キャンプ場は海沿いの埋立地の公園といった感じの場所で、家族連れがたくさんいて賑わっていた。
 早速テントを広げて自分の寝床を作る。最近のテントはよくできていて、一人でも簡単に一瞬で組み立てることができた。すごい、便利だ。だけど、テントを張ってしまうとあとはやることがなくて暇だった。家族連れがボールで遊んだりしているのを横目で見つつ、持ってきた文庫本を読んだりスマホでネットを見たりした。
やがて日が沈んできて、お腹も空いてきたので夕食を作ることにした。アウトドア用のガスボンベにバーナーを取り付け、コッヘルに水と米を入れてご飯を炊いた。鯖か何かの缶詰を二つ開けて、米と缶詰を食べた。
 夕食を食べるとまたすることがなくなってしまった。火でも燃やせたら間が持ちそうなのだけど焚き火は禁止らしい。しかたないのであたりをぶらぶら散歩してみる。海沿いには釣り人がたくさんいた。何か釣れるのだろうか。海の向こうには東京の夜景が遠くに見えて綺麗だった。空港が近いので、頻繁に飛行機が空の低いところを轟音を立てて通り過ぎて行った。
 朝になって目を覚まし、テントを畳んでバイクに乗ってまた家に帰った。初めての一人キャンプは、まあ楽しかったといえば楽しかったけど、ものすごく楽しかった、というほどではないな。またやるかどうかは微妙だ。まあ一度体験できたのはよかった。いい経験になった。
 結局それっきり、テントや寝袋などの野宿セットは何年も収納の奥にしまいっぱなしになっている。
 

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