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もしもパワハラ上司がドラゴンにさらわれたら

2017.03.11 公開 ツイート

「会社行きたくねー!」というあなたのための処方箋

ブラック企業で働く社畜男子&ラーメンオタクの美形剣士(3) 蒼月海里

 



朝起きて、「あ~、会社行きたくねー!」「今日、電車止まんないかな?」なんてつぶやいたことはありませんか? ついでに、「あのウザい上司がドラゴンにさらわれちゃえばいいのになー」なんて妄想したりして。え、「ドラゴン」とかそんなのありえないて? でも、もし「ありえないはずの願望」が叶ってしまったら――?

舞台は、ある日突然、人間のストレスが生み出す魔物でダンジョン化した新宿駅。ブラックなゲーム制作会社に勤務する社畜男子・浩一は、魔物に襲われたところをラーメンオタクのイケメン剣士・ニコライに助けられ、一緒にドラゴンを追うことになるが――。

元ブラック企業勤務の著者が描く、超リアルな社畜描写も必見。
「プレミアムフライデー? それどこの異世界の話?」「このままでいいのか、おれ(わたし)の人生?」という疲れ切ったあなたを癒して元気をくれる処方箋小説!
3回にわたってお届けした『もしもパワハラ上司がドラゴンにさらわれたら』の試し読みも最終回! どうぞお楽しみください!
 

              *    *    *

 おれは犬か!
 頭の中が冷静になるにつれ、ニコライの態度に腹が立ってきた。どうにかして、このわけの分からない状況を説明させてやる。
 そう思って、スマホを突きつけた。
「どうやら、秘密にしたいことがあるようだな。だが、さっきのスライムの画像はばっちり撮ったんだぜ! こいつをSNSに上げて欲しくなければ、何がどうなっているかを話したまえ!」
 しかし、ニコライは涼しい顔をしていた。いや、冷ややかに一瞥をしただけだった。
「その画像をアップロードして、お前が『スライムに会った』というメッセージを添えて、本気にする者がいると思うか」
「えっ。うーん……」
 改めて画像を見る。
 どう見ても、床に巨大な求肥が落ちているようにしか見えない。このままでは、「食べ物を粗末にするな」というお叱りの言葉を多数頂く炎上案件となってしまう。
「ぐ、ぐぬぬぬ」
「画像は消して、全て忘れろ。そうした方が、お前のためだ」
 ニコライは踵を返す。
 いけない。このままでは、何の話も聞けないまま別れることになってしまう。
「そ、そうだ。ドラゴンは――」
 その一言に、ニコライは足を止めた。
「ドラゴンを、見なかったか? こっちに来たはずなんだけど」
「……さあな」
「マジか。あんただったら知ってそうだと思ったんだけど……」
「ドラゴンとやらも、そのスマホで写してウェブにアップロードする気か?」
「そ、それもやりたいけど、上司がそいつにさらわれたんだよ」
 それを聞いたニコライが振り向く。深紅の瞳を、真っ直ぐこちらに向けた。
「それは本当か」
「う、嘘を吐くなら、もっと面白い展開にするっての」
 第一、ドラゴンや魔王にさらわれるのはお姫様やヒロインの役目で、嫌な上司の役目ではない。そんな展開では、助ける側のモチベーションも上がらない。
 ニコライは、値踏みをするようにこちらを見つめる。おれは、ドキドキしながら、そっと目をそらす。見つめ返す勇気はなかった。
「ふむ。嘘を吐いているようではなさそうだな」
「あ、ああ」
「そうとなれば、話は別だ。お前の話も聞きたい。しかし――」
 ニコライの鋭い視線が周囲に向く。
 辺りに集まっていた人は、すっかりいなくなっていた。皆、自分の時間を惜しむように、せかせかと構内を往く。
「ん? どうしたんだよ」
「……しっ」
 ニコライは人差し指を立てる。
 一体、通行人が何だというのか。その足元に視線を向けた瞬間、己の目を疑った。
 構内の床から、水が染み出すようにじんわりと、あの求肥スライムが現れたではないか。皆、前を向いているので気付かない。そんな彼らの足元で、スライムが一体、二体と増えている。
「あ、あ、あれ……」
「やはり、発生源をどうにかしなくては……」
「発生源? 新宿駅に、そんなものがあるのか?」
 モンスターを発生させるものと言えば、魔力の泉とか、召喚の魔法陣とか、そういった類だろうか。まさか、そんなものが現実に存在するなんて。
「おい。スマホをしまえ」
 ニコライの視線が、おれのスマホを突き刺す。
「いやいや。マジで魔法陣やら何やらがあるなら、それも撮らないと。勿論、今度は動画で。動画だったら、みんな信じてくれるだろ」
「肖像権侵害で訴えられるぞ」
「肖像権? 魔法陣にそんなものが発生するの?」
「いいから、黙ってろ」
「ハイ……」
 明らかに苛立った声を投げられ、口にチャックをした。これ以上喋ったら、一刀両断にされそうだった。
 ニコライの剣は鞘に納められていたが、柄には手が添えられていた。いつでも抜ける状態である。そうして、彼は再び、周囲を見回した。
「先ほども何体か滅した。こいつらは、一定の範囲内に出現しているはず」
 ニコライは、「おい」とおれに声をかける。
「な、なんだよ」
「スマホを貸せ」
「はぁぁ? さっきから、スマホをしまえとか貸せとか。おれはお前の家来じゃないっつーの!」
「ならば、別にいい」
 ニコライは素っ気なくそう言うと、自身のコートの内ポケットを探り出した。急に不要とされると、寂しくなるのが人間というものである。
「ちょ、ちょっと待って。おれの方が早く用意できるし。ほら、ほら!」
 スマホをぐいぐいと押しつける。ニコライは、手のひらでそれをやんわりと押し戻した。
「地図を表示してくれ。新宿駅構内図を」
「え、あ、はい」
 そんなの、今、この状況で何に使うんだろう。スライムの様子をちらちらと気にしつつ、ニコライに言われたとおりに地図を開く。
「これでいい?」
「上出来だ。感謝する」
 ニコライはスマホを受け取らず、シャシュカに手を戻して、画面を覗き込む。
「新宿駅の構内図は、完全にダンジョンマップだよな。複雑過ぎて、何処が何処だか分からないっつーの」
「黙ってろ」
「申し訳御座いません」
 初対面の相手だというのに、大変手厳しい。というか、もうスマホを下ろしてもいいだろうか。相手に見せる姿勢を保つのも、意外と辛い。
「成程な。大体の位置は把握出来た」
「腕を下ろしていいですか」
「ああ。ご苦労だったな」
 無駄に尊大に、ニコライはおれを労う。ぷるぷるしていた腕を引っ込め、ひきつった筋肉を優しくさすってやった。
 それにしても、一体何を把握したというんだろう。
 おれもニコライに倣って地図を見るが、さっぱりだ。

 


 今、目の前にあるのは中央通路。そして、先ほどおれが襲われたのは、アルプス広場だった。広場という表現に相応しく、やや開けている。待ち合わせをしていると思しき女子もいた。因みに、アルプス感は無い。
「私は、北通路でスライムと呼ばれるあの異形を滅した」
 こちらの様子に気付いたのか、ニコライがそう言う。
 北通路と言えば、中央通路に対して鉄道警察の施設を挟んで反対側だ。経由するには、アルプス広場を通ると早い。北通路には、コインロッカーもトイレもある。
「ああ、こっちにもトイレがあるのか。親切設計だな。お腹を下した時に助かる」
 中央通路側にもトイレはある。だが、人通りが多いので、緊急事態になって慌てて入っても、満室の可能性が高い。だけど、二カ所あるならば安心だ。
「腹をよく下すのか?」
 ニコライは、次々と床から這い出すスライムから目を離さずに問う。
「まあ、そんなに胃腸が強くなくてさ。出勤の度に、ぎゅるぎゅる言い出すんだよ。もう、そんな時は、トイレに引きこもって、『時よ止まれ、お腹痛いから』って祈るんだ。会社に遅れるし」
 それでも、最近はそんなことも殆ど無くなっていた。何故なら、常に出勤しているので、通勤タイムが消失してしまったのだ。
「ふむ。乗るはずの電車が行ってしまったら、一大事だしな」
「そうそう。分かってくれるか!」
 まさか、こんな日本の労働者のあるある話にニコライが乗ってくれるとは思わなかった。何だか嬉しくなって、ヘッドバンギングのごとく頷く。
「あ、でも、いっそのこと、電車がどうにかなったらいいな、とは思うな。まあ、駅でもいいんだけど」
「ほう?」
「だって、事件が起きて運休になったら、会社に堂々と遅刻出来るし、あわよくば休めるじゃん。おれは、合法的に、休みたい!」
 ぐっと拳を握る。
「成程な。理解出来た」
「マジで!? 堅物のいけ好かないイケメンかと思ったら、意外と理解のある――」
 理解のある奴じゃないか。
 そう見直そうと思ったその時、「うわあああっ」と悲鳴があがった。見ると、スーツ姿の男性が、スライムに足を捕えられていた。他にも、ハイヒールをスライムに喰われ、右往左往している女性もいる。
「やはり、『足を引っ張って』いる……。この騒ぎの中心になっている人物は、お前と同じ人種らしい」
「へ? それって、どういう……」
 おれの返事など待たず、ニコライは走り出した。シャシュカを抜き放ち、男性を襲っているスライムまで一気に距離を詰める。
「動くな!」
「は、はいぃ!」
 男性は悲鳴のような声をあげて固まる。ニコライのシャシュカは、スライムを一刀両断のもとに斬り伏せた。
 続けて、女性のハイヒールを取り込んだスライムを斬り捨てる。スライムは溶けて、革の表面の剥げかけたハイヒールが床に転がった。
「あ、有り難う御座います」
「踵も溶けているだろうから、直して貰え。そうでないと、危ないからな」
 確かに、左右の高さが違うのでは、バランスが取り辛い。転ぶ可能性もあった。
 女性は何度も頷く。ニコライの背中を、キラキラする眼差しで見つめていた。恋する乙女の顔だ。さっきのスーツ姿の男性も、似たような表情でニコライを見つめている。
 しかし、ニコライは全く気にしない。それどころか、振り返る気配もない。
 シャシュカを手にしたまま、ぎょっとする通行人を掻き分けて、いずこかへ向かう。
「ど、何処に行くんだよ!」
 おれは慌てて追いかける。しかし、ニコライの方が圧倒的に速い。あっという間に引き離されてしまった。
 ニコライが向かったのは、北通路側だった。コートの裾をひるがえし、颯爽と入って行ったのはトイレだった。
「まさか、お腹が痛かったのか……?」
 いやいや。
 見当外れな考えを振り切り、おれも続く。
 びっくりして逃げるように飛び出して来た人とすれ違った。「社会の窓」が全開だったが、指摘している暇はなかった。せめて電車に乗る前に、自主的に気付いて貰いたい。
「おい、開けろ」
 ニコライは、きっちりと閉ざされている個室に声をかける。返って来たのは、沈黙だった。
「ここに居るのは分かっている。開けるんだ」
 沈黙。扉の向こうは、黙して語らない。
「何やってるんだ、ニコライ。よく分からないけど、こういう時はノックをしないと」
 コンコン、と軽くノックをする。しかし、やはり返って来たのは、押し殺したような沈黙だった。
「反応が無いじゃないか」
「こ、これは、たまたま、調子が悪かっただけだよ!」
 何の調子かは分からないが、必死に言い訳をする。ニコライは、開く気配が無い個室の扉に向かって、溜息を吐いた。
「仕方が無いな」
 まさか、シャシュカで破壊しようというのだろうか。
 ドキドキするおれ。一歩下がるニコライ。しかし、彼は踵を返してしまった。
「大きな事故があって、鉄道が全線運休になったのでどうしようもないから、時間を潰そうと思ったのだが」
 いきなり、大きな声でそう言った。あまりにも棒読みな上に無茶苦茶な設定に、一瞬、ツッコミをすることすら忘れる。
 その時だった。
「マジで!?」
 個室の扉が開き、嬉々として若い男が飛び出して来た。扉を開けた先に居た、冷めた目のニコライを見て、「あっ」と声をあげる。
「この国の神話を読んでおいて良かった。天岩戸作戦は成功のようだな」
 運休の連絡に喜んで出て来る天照大神なんて、おれは嫌だ。
「休憩は、充分に取れたか?」
「ひ、ひぃぃ」
 若い男は個室に逃げようとするが、ニコライに首根っこを掴まれてしまった。無慈悲である。
「ニ、ニコライ。その人が何をしたっていうんだよ」
 見ていられなくなって、二人の間に割って入ろうとする。若い男は、おれぐらいの年齢で、線が細くて胃が弱そうだった。新しいスーツを着ているから、どこぞの新入社員なんだろう。
「今に分かる」
「や、やめろよ。顔が真っ青じゃないか。個室に戻してやらないと、取り返しがつかない事態になるぞ!」
 既に、彼の内臓は激痛に支配されているに違いない。その後はどうなるか、おれはよく知っている。ニコライは、彼に人間の尊厳を壊されるような屈辱を味わわせたいんだろうか。
 何たる鬼畜!
 急いでニコライの手を離させようとしていると、ぼとっと何かが肩に降って来た。
「へ? なに、これ」
 見るとそれは、巨大な求肥だった。いや、スライムだった。
「ぎゃああ! ニコライさん、取って!」
「煩いぞ」
 ニコライは、若い男を見つめているだけだった。服を溶かされてはかなわないので、壁にこすりつけて取ろうとする。
 しかし、床に視線を落としたおれは、目を疑った。床にも、ぽこぽことスライムが湧いているではないか。
「ニ、ニコライ。スライムがいっぱいなんだけど……。このままだと、こいつらが集まってキングになっちゃう……」
「そうなったら、私が倒すからいい」
 素っ気なく、自信満々に言い放たれてしまった。そうなるともう、何も言えない。
「――やはり。お前が発生源か」
 ニコライは若い男を見ながら、そう呟いた。
 発生源? スライムの? その男の人が?
 どう見ても、気弱な新人ビジネスマンである。魔物を操る魔導士や召喚士の類には見えない。男もまた、何を言っているのか分からないと言わんばかりに、首を横に振っている。
「会社に、行きたくないんだな?」
 ニコライは問う。
「そ、それは……」
 若い男は、躊躇いがちに視線を彷徨わせた。


※この連載は、『もしもパワハラ上司がドラゴンにさらわれたら』p.16~の試し読みです。続きは、ぜひ書籍をお手にとってお楽しみください!

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蒼月海里

宮城県仙台市生まれ、千葉県育ち。日本大学理工学部卒業。東京都内で書店 員をしながら執筆活動中。主な著書に「幽落町おばけ駄菓子屋」シリーズ (角川ホラー文庫)、「幻想古書店で珈琲を」シリーズ(ハルキ文庫)、「深 海カフェ 海底二万哩」シリーズ(角川文庫)、「地底アパート」シリーズ(ポプラ文庫ピュアフル)などがある。

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