朝起きて、「あ~、会社行きたくねー!」「今日、電車止まんないかな?」なんてつぶやいたことはありませんか? ついでに、「あのウザい上司がドラゴンにさらわれちゃえばいいのになー」なんて妄想したりして。え、「ドラゴン」とかそんなのありえないって? でも、もし「ありえないはずの願望」が叶ってしまったら――? 

舞台は、ある日突然、人間のストレスが生み出す魔物でダンジョン化した新宿駅。ブラックなゲーム制作会社に勤務する社畜男子・浩一は、魔物に襲われたところをラーメンオタクのイケメン剣士・ニコライに助けられ、一緒にドラゴンを追うことになるが――。

元ブラック企業勤務の著者が描く、超リアルな社畜描写も必見。
「プレミアムフライデー? それどこの異世界の話?」「このままでいいのか、おれ(わたし)の人生?」という疲れ切ったあなたを癒して元気をくれる処方箋小説!
3回にわたってお届けする『もしもパワハラ上司がドラゴンにさらわれたら』の試し読み、第2回、どうぞお楽しみください!

*    *    *

  新宿駅は、一日平均乗降者数が世界一らしい。その功績は、ギネスも認めてくれたのだとか。
 確かに、行き交う人はやたらと多い。そして、乗り入れている路線も半端ない。山手線、中央本線、京王電鉄、小田急電鉄、更には東京メトロや都営地下鉄などが絡み合っている。加えて、出口が多い。無茶苦茶多い。一つ出口を間違えれば、全く違う場所に辿り着いてしまうという凶悪な構造である。
 そもそも、改札口が東口や中央東口といった風に紛らわしい。東口で待ち合わせをしていたカップルの、男が東口で、女が中央東口で待っていて、二人は永遠に会えませんでしたという伝説が残っているとかいないとか。
 とまあ、それは冗談として、何人かは入ったものの出て来られないという状況に置かれそうなほどのダンジョンっぷりではあった。毎日使っている人間は、きっとダンジョンマスターか何かなんだろう。
「で、目撃情報はここで途切れているんだけど、何処に行ったんだろうなぁ」
 新宿駅のプラットホーム下である地下一階は、どこもかしこも人で溢ふれていて、身体の大きなドラゴンが身を隠せそうなところはない。
 人が多い所為か、空気が澱んでいるように感じる。むっとした湿気がまとわりつき、なんだか息苦しい。背中に、じっとりと汗が滲んだ。
 とにかく、通路にいては邪魔だ。というか、人の波に押し流されてしまう。
 ひとまず壁の方へと避けようとした、その時であった。
 ぐにっ。
 足の裏に、妙な感触があった。
「なんだ、これ」
 ビニールだろうか。それにしては巨大である。赤子をすっぽりと包めそうなくらいの大きさだ。
 靴の先で、つんと突いてみる。すると、妙に弾力があった。
 透明な餅か? 巨大な求肥か? 巨大な求肥が駅の床に落ちているのか。
「いやいや、そんなわけ……」
 無い。
 そう断言しようとしたその時、巨大求肥が動いた。
「え、えええええっ!」
 巨大求肥はぐんにょりと身体を広げ、おれの足ごと靴を呑み込まんとした。
「ふおぉぉ!?」
 とっさに靴を脱ぎ、地に転がる。受け身を取る余裕なんてなかった。普通に痛い。
「ど、どうなってるんだ」
 おれの靴を呑み込んだ巨大求肥は、咀嚼でもするみたいに身体を揺らす。
 すると、どうだろう。半透明な身体に包まれた靴は、見る見るうちに溶けていくではないか。
「こ、こいつ、ただの求肥じゃない……!」
 スライムだ。おれの中で、その単語が閃いた。
 スライムと言えば、RPGにおける雑魚中の雑魚だ。初期装備の勇者にボッコボコと倒され、経験値稼ぎの糧になるという悲しい役目だ。
 しかし、何の装備も持たない一般人にとっては脅威の存在だ。
 そして、おれは何の装備も持たない一般人だった。
「どうしてこんなところにスライムが……! っていうのはさておき、やばい! 今のおれの装備、スマホしかない!」
 ゲームでは、魔物と対峙した勇者は選択を迫られる。『たたかう』か『まほう』を使うか、『アイテム』を使うか、『にげる』の四択であることが多い。
 勿論、おれは『まほう』を使えない。『たたかう』力もない。となれば、やれることは限られている。
「『アイテム』でこいつを撮った後、『にげる』!」
 スマホのカメラ機能でスライムを激写し、とにかく逃げる!
 何故、こんな状況で画像を残そうとするのかと問われれば、「現代人だから」と言う他ない。何かあったら画像や動画を残して、SNSにアップロードする。もはや、それが習性になっていた。人身事故でダイヤが乱れたら、駅の混雑っぷりをSNSに上げるし、地震が起きたら、揺れている旨をSNSに投稿する。
 投稿用の画像を撮った後、素早く踵を返す。しかし、その足は掬われてしまった。
 二度目の転倒。残念、逃げられなかった!
「た、助けてくれ!」
 通行人に向かって叫ぶ。
 しかし、彼らは自分の目的地に向かうことで精いっぱいなのか、見向きもしない。遠巻きにしている人間が何人かいたが、何をやっているんだろうと言わんばかりの好奇に満ちた視線をくれるだけだ。
「これは、あれか! 路上パフォーマンスだと思われているパターン!」
 フィクションでよくある光景だ。非日常的なことが起こった時、一般人はそれをドラマや映画の撮影か何かだと勘違いし、ギャラリーとなることに徹する。あれは、リアルな反応だったというのか。
「ちょっと! 見てないで誰か助けて! 鉄道警察の皆さんを呼んで!」
 倒れるおれの足にスライムが絡みつく。シュウウという不吉な音とともに、ズボンの繊維が溶けていくのを感じた。

この記事をシェア
この連載のすべての記事を見る

★がついた記事は無料会員限定

関連書籍

蒼月海里『もしもパワハラ上司がドラゴンにさらわれたら』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)

「このままでいいのか、おれの人生?」そう思いながらブラック企業で働く浩一。このパワハラ上司さえいなくなれば! そんな願望を抱いた時、突然ドラゴンが現われ、上司がさらわれてしまい――。人間のストレスが生み出す魔物で新宿駅はダンジョン化!?
謎の毒舌イケメン剣士ニコライとヘタレ男子浩一 コンビは、上司を無事に連れ戻せるのか?