年明けから「憲法改正」について、前向きな発言を繰り返してきた安倍首相。とくに憲法9条より先に議論されるのでは、と言われ注目されているのが、家庭における「個人の尊厳と両性の平等」を定めた第24条だ。自民党の改憲草案(2012年)では「家族は、互いに助け合わなければならない」という文言も加わる他、「個人」より「家族」を尊重する姿勢が見てとれる。結婚や家族の形態も多様化する中、改正の方向は現実的と言えるのか。家族問題に悩む多くの患者さんを診てきた精神科医の片田珠美さんに話を聞いた。

 

 夫を亡くした後、「姻族関係終了届」という書類を役所に提出して、亡夫の親族とは法律上赤の他人になる「死後離婚」を選択する60~70代の女性が増えているという。

 その背景にはさまざまな理由があると考えられる。夫の親兄弟との折り合いの悪さ、彼らがお金に困った場合に援助する義務が生じる可能性などもその一因だろう。だが、何よりも強いのは、夫の親がまだ生きていることが多く、介護しなければならなくなるかもしれないので、その義務から解放されたいという願望ではないか。

 これは、嫁が夫の親を介護するのは当たり前という伝統的な考え方が根強いためだろう。逆に、夫が妻の親を介護するのは当たり前と考える人は少ない。つまり、介護は嫁や娘などが担うもの、つまり女の仕事という風潮がいまだに残っているわけである。

 もっとも、男性が介護と無縁でいられるかというと、決してそうではない。仕事を辞めて親や妻の介護に専念する男性も増えている。たとえば、2006年2月に京都市伏見区で発生した「京都・伏見認知症母殺害心中未遂事件」で逮捕された当時50代の長男は、認知症の母親の病状が悪化したため、やむなく退職し、一人で献身的な介護を続けていた。

 やがて収入がなくなったので、生活保護を申請したものの、認められず、追い詰められた末に心中を図った。母親を殺害した後、自分も死のうとした。だが、命を取り留め、逮捕された。長男には執行猶予付きの判決が言い渡されたが、数年後に自殺するという悲しい結末を迎えている。

 このように背景に介護の問題がある殺人や心中は、現在、約2週間に1件の割合で発生している。親や配偶者の介護と無縁ではいられない“大介護時代”にわれわれは生きており、同様の悲劇がいつ誰に降りかかってもおかしくない。

 私自身も精神科医として、過酷な介護に疲れ果て、不眠や意欲低下に悩まされているとか、つい暴力を振るいそうになるとか訴える患者を数多く診察してきた。中には、このままでは自分が介護殺人を犯しそうで怖いと訴える患者もいた。

 こういう患者には、次のような共通点がある。まず、責任感が強く、介護を自分一人で抱え込んでしまう。当然、孤立しやすい。介護サービスを利用していないわけではないのだが、任せられないと思うのか、結局自分がやらなければと一人で抱え込むようだ。

 また、介護対象に対して、しばしば愛着と敵意の入り交じったアンビバレント(両価的)な感情を抱いている。つまり、愛憎半ばする気持ちを持っているわけだが、これは、とくに認知症の親や配偶者を介護している場合に強い。献身的に介護しているのに、相手は自分が誰なのかもわからないとか、ときには介護に抵抗して暴言を吐いたり、暴れたりするという事情によるようだ。

 このような現状を見ていると、財政難が背景にあるとはいえ、在宅での介護を重視する施策はさらなる悲劇を生むのではないかと危惧せざるを得ない。

 現在、憲法改正をめぐる議論が活発になっており、「家族は互いに助け合わなければならない」という家族条項を入れるべきだと主張する向きもあるようだ。これは美しい理想のように聞こえるかもしれないが、憲法という形で明文化することによって、介護殺人がさらに増える恐れがある。

 というのも、フランスの家族人類学者、エマニュエル・トッドが見抜いているように、「『家族』というものをやたらと称揚し、すべてを家族に負担させようとすると、かえって非婚化や少子化が進み、結果として『家族』を消滅させてしまう」からだ。

 トッドは、「老人介護も同様です。すべてを家族に負担させようとしても、『家族』イデオロギーによって過去の伝統や文化を守ろうとしても、うまく機能しないのです。家族の負担だけでなく、公的扶助が必要です。『家族』を救うためにも、家族の負担を軽減する必要があります」とも述べている。

「家族の過剰な重視が、家族を殺す」というトッドの言葉に耳を傾けるべきである。

 

(参考文献)
エマニュエル・トッド『問題は英国ではない、EUなのだ―21世紀の新・国家論』堀茂樹訳、文春新書

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