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2017.02.28

第17回

野宿未満(前編)

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野宿未満(前編)

「これでどこにでも住めるぞ」
 28歳のときに会社を辞めてまず思ったことがそれだった。
 会社を辞めた理由としては「他人と協調しながら働くのがうまくできない」とか「職場で仕事ができない人間で居続けることがしんどい」というのが大きかったのだけど、それと同じくらい嫌だったのが「この会社に勤め続けるならこの先ずっとこの土地に住み続けなければいけない」ということだった。
 その土地が特別に嫌いだったわけではないけれど、この地球という複雑な環境にせっかく生まれて来たのだからもっといろんな土地に住んでみたい。土地の数だけ違う人生があるだろうし、他の場所に行けば自分はもっといきいきとできるかもしれない。この土地の人生しか知らずに死ぬのは嫌だ。
 どうやらこの会社でずっと働き続けるとしたら、この土地に住み続けないといけないのはもちろんのこと、それどころか「一ヶ月くらいふらっと別の土地に行って暮らす」みたいなことすら、生きているかも分からない定年後までできないみたいだ。それは不自由過ぎる。よし、辞めるならできるだけ早いうちのほうがいい。そんな勢いで辞表を提出したのだった。
 退職金と在職中に貯めた貯金で一年か二年ほどは生きていけそうだったので、無職になると同時にいろんな場所を移動し続ける生活を始めた。とりあえずアウトドアショップに行って、一番大きい120リットルのザックを買った。生活に必要なものを全部カバン一つに収めて、気分次第でどこにでもふらっと行けるような暮らしに憧れていたのだ。寝る場所があってパソコンがあってインターネットさえ繋がっていればそこが家だ、それくらいでいいんじゃないだろうか。思えば自分のそれまでの暮らしは要らない物に取り囲まれ過ぎていた。買ったはいいけれど一年に一度かそれ以下の頻度でしか使わないような物は全て捨てて、残った最低限の物だけを大きなザックに詰めて、旅のような移動生活のような毎日を始めた。


 最初は各地のゲストハウスやシェアハウスに数週間から数ヶ月くらいずつ滞在するような生活をしていた。いろんな都市を巡ってネットで知り合った人に会ったりしながら、日記のようなブログを書き続けているだけで楽しかった。
 そしてそのうちに、もっといろんな場所に好きなように安く泊まれないものかと思って、野宿を検討し始めるようになった。
結局生活で何に一番お金がかかるかというと住居費なのだ。家を借りるにしろ宿に泊まるにしろ、寝る場所を確保するだけでどんどんお金が減っていく。
 どうせ寝る場所にこだわらないのなら、ベンチで寝たり空いている場所にテントを張って寝るのでもいいんじゃないだろうか。そうしたら世界の全てが家になるようなものだ。野宿ができれば一生寝床に困ることはない。自分が寝転べばそこが家だ。
そう思い着いたときはワクワクした。だけど、実行に移す前に野宿についてネットで検索したり本を読んだりしてみると、野宿ってそんなに良いものでもない、みたいな話がたくさん出てきた。
 野宿で星を見ながら眠って小鳥のさえずりで目を覚ますなんてのは幻想で、実際は車のエンジン音や工事現場の騒音などで目を覚まさせられることが多い。街灯は意外と眩しい。外で寝ていると容赦なく虫に襲われる。そもそも好き勝手にゆっくり眠れるようなスペースが町にはあまりない。街なかでテントを張っているとすぐに通報されて警官に注意されたりする。公園のベンチで寝ていると変な奴に絡まれることもある。
 ……うーん、現実的に考えるとやっぱりそうだよなあ。僕は小心者なので他人に絡まれたり注意されたりするのは極力避けたいし、そもそも神経質で寝付きが悪い方なのでそんな不安定な環境でちゃんと眠れる気がしない。
 調べた情報を総合すると、どうもテントを堂々と安心して張れる場所というのはキャンプ場くらいしかないみたいだった。だけどキャンプ場というのは自然の多い山奥などにあって、そこに行くための車などの交通手段を持っていないのが問題だ。野宿するためにバスとかでわざわざキャンプ場まで行くのは違うよなあ。
 キャンピングカーのことを少し考えた。あれこそまさに「動く家」で、あれを手に入れればどこでも快適な生活ができるだろう。ただ、僕はそもそも車の運転が苦手なのであまり運転をしたくない。それに都会にいるときは駐車場代がかさみそうだ。あと何より、試しにちょっとそういう放浪生活をしてみたいけれど二週間くらいでうんざりする可能性も高いので、そのために何百万もする車を買うのは避けたい。
 それならバイクならどうだろうか。バイクなら車より本体の価格も安いし、駐車代もあまりかからない。僕は車の運転は苦手だけど昔乗っていた原付の運転は特に苦じゃなかった。どうも、苦手かどうかはどこからどこまでが車体かという感覚が掴みやすいかどうかによるみたいだ。バイクにテントや寝袋や飯盒炊さんセットを積み込んで、全国各地のキャンプ場や海岸や友人の家などを移動し続けるというのはいいかもしれない。そうだ、そうしよう。
 そう思い立って、とりあえず暇だったし、京都だと普通自動車免許を持っていれば5万円くらいで二輪免許を取れるっぽかったので、京都のゲストハウスに泊まりながら二週間くらい教習所に通って二輪免許を取得した。
 ただ、免許を取ったのは良いのだけど、その後バイクを買う気にあまりならなかった。バイク屋さんに行ったりカタログを見たりしていろいろバイクを見てみたのだけど、どうも「これが欲しい」という気持ちにならなかったのだ。バイクっていろいろあるけど、ほとんど全部同じに見えて何が違うのか分からなかった。どうも僕は車やバイクなどのメカ関係にあまり興味がないらしい。
 そんな風に二輪免許を取ったはいいけどバイクに乗る機会がないまま過ごしているうちに、東京で自分がシェアハウスを作ることになったり、猫を譲ってもらって飼うことになったりして、また定住に近いような生活を送るようになって、放浪生活のことはうやむやになっていった。(後編に続く)

 

 

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