伊豆天城山で女たちの駆け込み寺「サンガ天城」を運営し、たくさんの悩める女性を救ってきた尼僧・戸澤宗充さん。著書『すべてを喜びとする。駆け込み寺庵主の「引き寄せ」問答』より、頑張ってるあなたの小さなモヤモヤをすっきり解消する問答をお届けします。


 今も昔も、大人の世界も子どもの世界も、いじめがあります。嫌われやすい人間だけが標的にされるわけではなく、人間の心の中には嫉妬心というものがありますからね、優秀な人間もいじめられることがあります。客観的に見て、自分に非がないのであれば、逃げればいいと思います。その代わり、生きることから逃げてはいけません。

 実は私も、職場でいじめられたことがあります。課長がすごくイヤな人間でね。その課長の下で働くのがガマンできなくて、会社を辞めました。
ちょうど子育ての真っただ中だったので「明日から給料が入ってこなくなるし、どうしよう」と思ってずっと耐えていたんですけれど、このままだと自分がつぶれてしまうと思って辞めました。そしたら、捨てる神あれば拾う神ありで「うちにお茶を教えに来てくれないか」と声をかけてもらえたんです。お給料も今までの倍もらえました。

 いじめられているときは、「どうして私ばっかりこんな目に」と思いました。『法華経』をきちんと勉強する前だったので、卑屈になることもありました。そんなとき、ある人にこう言われたのです。

「森の木は、秀でている木から倒される」

 森の木は、大体背丈がそろっていますけれど、1本だけ背が高い木があると、強風で先に倒されてしまいます。そういうたとえ話がお経にあるんだよと教えられて、だから誇りに思えって。戸澤さんは仕事ができるから、あの人は辛くあたるんだよと励ましてくれたんです。その言葉のおかげで、ずいぶん心が軽くなりました。

 DVの被害者が、相談に訪れることも多いのですが、彼女たちは毎日家庭でいじめにあっているようなものです。想像を絶する辛さでしょう。だから彼女たちにも言っています。「そんな男のところに戻ってはダメ。一生逃げなさい」と。
私たちは、殴られたり、いじめられたりするために生まれてきたわけではありません。また、誰かに評価されるために生きているわけでもありません。ただ、与えられた使命を全うし、自分で自分の人生を納得できればいい。私はそう思っています。

 私をいじめた相手を、恨むこともありません。許しています。なぜなら、相手を許さない限り、本当の意味で忘れることはできないからです。
仏教に「四無量心(し むり よう しん)」という教えがあります。悟りを開いたお釈迦様の心にあるといわれている「慈・悲・喜・捨」の四つの深い心を表したものです。

慈無量心:相手に喜びや楽しみを積極的に与えること。
悲無量心:相手の悲しみや苦しみを抜き取ってあげること。
喜無量心:幸せな人を見て、自分も同じように幸せを感じること。
捨無量心:好き嫌いによる差別の心を捨て、あらゆる恨みを捨てること。

 私は「捨無量心」を「許す心」と解釈しています。
 いじめている人から、物理的に逃げることはできます。けれども、自分の中に生まれた負の感情から逃れることはできません。逃れるためには、大きな心で相手を許すしかないのです。憎むべき相手を許したときに初めて、私たちは、人生から逃げ出さずに、生きていくことができるのです。

自分の負の感情から
逃れるためには、
相手を許すしかありません。

人をいじめる人間は、
哀れむべき弱き存在。
怒りで向き合う必要はない。

 

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