何かをなくすことは、何かを得ること

1964年東京都生まれ。「キッチン」で海燕新人賞を受け、デビュー。「TSUGUMI―つぐみ」で山本周五郎賞、「アムリタ」で紫式部賞、「不倫と南米」でドゥマゴ文学賞を受賞。著書は世界各国で訳され、イタリアでスカンノ賞、カプリ賞受賞。著書に『さきちゃんたちの夜』『スナックちどり』など多数。

 ポジティブ思考ではないというが、このエッセイの中にはたくさんの「光」のようなものがある。ただ、ネガティブなだけの思考ではこうした、「光」に気づくことはできないようにも思うのだが。

「うーん、バランスを取るのはわりと得意かもしれないですね。状況をありのままに見るというか。例えば、何かをなくした時に、一方で何かを得てるんじゃないのかといつも感じるんです。質量保存の法則みたいに、そういう風に世の中はなっている気がする。例えば、とても悲しいことだけど親が死んだら、時間ができたという側面もある。そのような見方は大事な気がします。物事には、怖いことの反面、やっぱりすばらしいこともある。半々だってことを忘れなければ、そんなに怖がったり、不幸に感じることもない気がしますけど」

 そうしたバランス感覚は一体どのように培われたのだろうか。

「いろんなところに行って、いろんなものを見たから、どんなことも多くのもののひとつとして見られるのかもしれません。なんで、自分はこんなところにいるんだろうって思うところにいることが多いですからね。知らない外国の貴族の邸宅によく分からないなりゆきで滞在することになったり(笑)。そういうことがすごく多いんですよ。だから、自然と見てきたものは多いし、見てきた物事が積み重なって分かることもあるんじゃないかなって。もちろん、その逆で、色眼鏡で見てしまうこともあると思いますし、難しいところなんですけどね。

 私は小さい時からじーっと見ているタイプだったんです。だから、もう見ることが習慣になっています。でも、特に意識して何かを集中的に見るってわけじゃないんですよ。自分からアプローチしたり、物事を取りに行くタイプではないですね。ただただ見ている。そうすると、人も場所もものも段々分かってくるんです。取材旅行の際も、メモを取ったり、写真を撮ったりといったことをあまりしないので、一緒に行った編集者の人たちに何もやっていないと思われてしまったり(笑)。でも、こういう話が聞きたいとか、こういう部分が見たいとか思って自分から動いた時点で、先入観が生まれてしまっている気がするんですよね。ありのままには見られない。だから、私はですけど、自然に入ってきたものの方が、やっぱり時間をかけて、よく観察できる。白紙でいろんなことを感じられるんです」 

(取材・文:小山田桐子 写真:小嶋淑子)

※このインタビューは全3回です。次回は11月27日(水)に掲載予定です。

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