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2016.12.28

第13回

チェーン店以外に行くのが怖い

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チェーン店以外に行くのが怖い

 シェアハウスに住んでいるということを言うと、「社交的なんですね」などと言われることがあるのだけど、それは全く間違っている。
 僕は人間のことはわりと好きかもしれないけれど、人間と会話をするのはあまり好きじゃない。会話が苦手だから、会話をしなくてもなんとなく周りに人間がいるという仕組みを作りたくて、シェアハウスをやっているのだ。
 人間と会話をするときは、こちらも人間のふりをしなければいけない。人間のふりというのはつまり、体を起こして表情筋を動かして、「へー、そうなんですね」などと相槌を打って、相手に興味を持つふりをする、といった一連の動作のことだ。
 僕もなんとか1時間くらいは人間のふりをして会話を楽しむこともできるのだけど、1時間を超えると頭が真っ白になって麻痺してきて、今すぐ地面に体を投げ出して死んだような目で口を半開きにしながら全身で蠕動運動を繰り広げたい、というようなことばかり考えるようになる。
 コミュニケーションでも文字によるもの(チャットやメールなど)ならまだ比較的負担が少ないのだけど、音声による会話は消耗が激しい。いちいち口を開いたり閉じたり舌を動かしたり、声帯を震わして鼓膜を振動させたりするのが、面倒臭くて仕方ない。人間はなんでこんな伝達手段を生み出したのだろうか。
 
 そんな感じなので日常ではできるだけ会話を避けるように生活をしている。シェアハウスにはいろんな人間が来るけれど、あまり会話はしない。話さざるを得ないときは、何を言われても「へー」とか「ほー」とか「いいですね」とかひたすら言っていると、そのうち会話が終わっているので便利だ。
 一人で外をふらふら散歩しながらぼんやりしているときが自分の中で一番楽しい時間だ。でもそんな散歩の最中に知り合いを見かけると反射的に隠れてしまう。前もって会話エネルギーを用意していないときに他人と会話すると特に消耗が激しいからだ。
 会話という行為自体が心理的負担で、発声するたびエネルギーを消耗する人間がいることを考慮せずに、突然話しかけてくる人間がこの世界には多すぎると思う。髪を切りながら話しかけてくる美容師と服屋で話しかけてくる店員のことは憎んでいる。あと突然玄関のチャイムを鳴らす営業マンや宗教の勧誘のことも。
 
 店に行くときはチェーン店がいい。チェーン店の店員はマニュアル以外の余計なことを話さない。個人商店のおっさんのように「このへんに住んでるの?」とか「髪切った?」みたいな余計なことを言わない(そういうことを言われるともうその店には行かなくなる)。
 チェーン店で働いているのは、マニュアルに沿って動くだけの、誰とでもすぐに入れ替わりが可能なアルバイトばかりだ。バイトなんてそれでいい。たかがバイトなんかに人間エネルギーを費やす必要はない。そして、そんな人間味を失った店員の前では自分も、社会性や愛嬌を持った人間のふりをしなくても許されるような気がするから楽なのだ。
 村田沙耶香の小説『コンビニ人間』は、他人とのコミュニケーションのやり方が全く分からないという発達障害ぽい女性が、マニュアルが完備されたコンビニの店員になることで他人の前でどのように振る舞えばいいかを学び、生まれて初めて「社会」の正常な部品である「人間」になれたと感じる、という話だ。
 これを読んだとき、社会の中でみんなどうやって「まとも」に振舞っているかが理解できないという主人公にまず共感したし、その主人公がマニュアルという規範の存在によって心が楽になるというところも頷けるところだった。
 そう、制服や挨拶や決まり文句、「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」や「こちら温めますか」などといったマニュアルに定められた定型的行動は、生の人間と人間がむきだしのままで直接コミュニケーションをするという恐怖から僕らを救ってくれるのだ。だから僕はチェーン店が好きだ。
 もっと欲を言えば、コンビニは全部セルフレジ方式になって今よりさらに店員との接触がなくなれば良いなと思っているのだけど。
 僕はコンビニで買い物をするとき、100円の物を一つだけ買うのを躊躇してしまう。そんな安い買い物一つのために店員さんの手や発声機能を煩わせるのは申し訳ない、そんなのは人間の仕事じゃない、とか思ってしまうからだ。そんなに気にしなくていいのかもしれないけれど……。そういうときは無理にもう一つくらい別の買う物を探したりする。レジが無人だったらそんな気遣いをしなくていいのだけど。
 
 飲食店だと、先に会計を済ませるセルフサービス方式か、食券制のところがいい。後で精算をする方式だと、食事をした後に店員と会話して会計をしなければいけないというタスクを残していることが、食事中ずっと軽い心理的負担として残り続ける。先会計だと、嫌なことは全て先に済ませてしまってる感があって気が楽だ。
 後会計方式だけど、回転寿司は好きだ。発声しなくても自動的に食べ物が回ってくるからだ。一言も発さず目の前に流れてくるものを取り続けるだけで食事ができるというシステムは本当に素晴らしい。
 僕は回転寿司でレーンに流れていないものを直接注文することはほとんどしない。発声するのがしんどいのもあるし、そもそも何を食べたいかを考えるのが面倒だというのもある。
 発声するのと同じくらい、何かを選択するというのが僕は苦手で、いつも店で注文を決めるときもすごく悩むのだ。だけど回転寿司だと、何の選択も決定もしないままで、とりあえず席に座ってしまえば自動的に食事が始まるのが素晴らしいのだ。そんな店は回転寿司しかない。
 何も決めず、流れてくる皿たちをぼーっと眺めながら、気分次第で適当に食べたいものを拾っていく。
「これが食べたい!」という強い意志を持たなくても、なんとなく流れてくるものを見ていれば美味しそうなものは結構いろいろある。自分ではあまり頼まないものが流れてきて、「これもよさそうだな」とか思って食べてみるのも楽しい。
 人生だってそんなもんじゃないだろうか。人は自分の生き方を全部自分で決めるわけじゃなくて、たまたまそのとき目の前に出てきたものに左右されて生きていくことが多い。でも多分、それでいいのだ。そうしたランダムさこそが人生の醍醐味なのだ。
 
 話は戻って、最近すごく悩ましいのはサンドイッチチェーンのサブウェイのことだ。
 サブウェイではサンドイッチを注文したあと、
「パンの生地を選ぶ」
「パンをトーストするかどうかを選ぶ」
「トッピングを加えるかどうかを選ぶ」
「野菜を増量するかを選ぶ」
「ドレッシングの種類を選ぶ」
 などの一連の選択を全て店員との口頭の会話で行わないといけない。これは会話が苦手な人間にとってはつらい。
 決めるのが面倒な人向けに、「全ておまかせで」という注文も可能だ。でもその場合でも「この具材ですとパンの種類はハニーオーツがおすすめですがよろしいですか?」とか「苦手な野菜はありませんか?」といった質問にいちいち答えないといけないのが面倒臭い。正直、パンの種類とかどれでもいいから適当に確認せずに決めてほしい。
 じゃあ行かなければいいのだけど、サブウェイのサンドイッチは外食にしては野菜をたくさん食べられるのでたまに食べたくなるのだ。しかし注文の面倒さが心理的なハードルになっている。
 一言も発さずタッチパネルをピッピッピッって押したら好きなサンドイッチが出てくるサブウェイがあったらめっちゃ行くのに。というか、世界中の飲食店が全部そんな感じのタッチパネル式になってほしい。食事のときくらいは人とのコミュニケーションから解放されたい。
 

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ルーク2017.1.13

記事の内容に激しく共感しました。私も店でしゃべるのも、店に予約の電話をするのも大変負担です。美容院や服屋でも話しかけてこないで欲しいです。

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