北インド各地の仏跡を巡りながら瞑想をする、という紀行本を作る仕事のため、12日間ほどインドに滞在しておりました。

 インドであろうと日本であろうと、坐禅瞑想は「今、この瞬間」に気づきを向け続けるだけであって、何ら変わりはありません。その意味では、ガンジス河のガートで瞑想しても、ブッダガヤで瞑想しても、クシナガラで瞑想しても、意識の表面に現れてくる思念がブッダの生涯や教えに関することになりがちという程度の変化はありましても、それらも結局は思考にすぎません。だそれらの思考にのめりこまずに、気づき、見送っているだけです。

 ですから、仏跡を巡ることそのものにはあまり大きな意味は見出せなかったのですけれども、インドの気候・風土や人々の有り様に触れることが、日常を瞑想的にすごすために、良質の刺激を与えてくれることに気づきました。

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