大企業からベンチャー企業へ。そこで人生最大の暗黒期を過ごしたコンサルタントの坂口孝則氏。しかし、それはビジネスとは何か? を深く知る機会でもありました。そして、そこから脱することができたのは、いまも続く依頼があったからでした。
(インタビュー・構成:漆原直行 撮影:菊岡俊子)


◆コンサルタント経験がないままコンサルタントの仕事を引き受ける

──ベンチャー企業に在籍したのは1年ほどというお話ですが、件の「暗黒期」はどのくらい続いたのですか?

坂口 半年……いや、10カ月くらいかな。あまりにも嫌な思い出なので、もはや記憶も曖昧なのですが、だいたいそのくらいです。

──いずれにせよ、復調していったわけですよね。きっかけは?

坂口 僕の著書を読んでいた方から引き合いがあり、コンサルティングを依頼されたんです。「東京に出張するのだけど、一度会って話ができないだろうか」という申し出があり、そこからわりととんとん拍子で話が進んでいきました。

──決まるときは、簡単に決まってしまう感じでしょうか。

坂口 いや、当時の僕は「まさに奇跡だ」と思いましたね。というか、いまでもこのご縁から始まった案件がいくつも続いているので、本当に運命的な出会いだったと、感謝しています。ただ、最初のお話には問題もあったんです。

──問題とは?

坂口 前回もお話ししたとおり、僕がベンチャーのコンサルティング会社で手がけていたのは、教材づくりやコミュニケーションツールづくりでした。もともと、コンサルタントとしては入社していないんです。それまで、ちょっとした講演など人前で喋る機会はあっても、コンサルタントとして仕事をしたことはなかった。しかし、先方は「ぜひ、一緒に仕事がしたい」とおっしゃってくれている。それで、困ったなと。

──ベンチャーの同僚であるコンサルタントの方に相談されたのですか?

坂口 もちろん、しました。「こういう話があるんだけど。やってみませんか」と聞いてみたのですが、みんな逃げ腰で。というのも、そのベンチャーでそれまで主に手がけてきたコスト削減や合理化という話だけではなく、もっと込み入っていて、手間もかかり、さらに扱う企業数も多い話だったので。クライアントの関係会社50社のコスト分析をしたり、利益最大点を算出する微分方程式をつくってモデル化したり、管理会計だけでなく財務会計まで精査する必要があったりと、かなり盛りだくさんな案件だったんです。

──同僚がみんな逃げしまったから、自分でやるしかなくなった。

坂口 そういうことです。そこで初めて、コンサルタントの肩書きを名乗ることになったんです。ただ、いかんせん経験がないので、大型書店に駆け込んで「コンサルティングの基本」みたいな本を30冊くらい買い込みました。「へぇ~、コンサルタントってこんな仕事なのか」「議事録はこうやってまとめるのか」「資料はこんな風に用意するのか」なんて勉強しながら、クライアントのところに毎週通いましたね。

──それで、うまくいってしまった。

坂口 たまたまですよ。クライアントの皆さんは本当に良い方ばかりで、仕事もしやすかったですし。

──それにしても、きちんと結果を出して、評価されたわけですよね?

坂口 まあ、そうですね。いまでもお付き合いは続いています。結局、ベンチャーを1年ほどで離れて、完全に独立したころからお付き合いがある大口のお客様数社とは、いまでもずっとお仕事を継続しているんです。独立してから途切れることなく仕事があるのは、本当に運がいいとしかいえませんね。

──暗黒期があったからこそ、その後の飛躍があったようにも聞こえます。トレードオフというか。

坂口 暗黒期にもがき続けたおかげで、結果的に学びや気づきを得られて、経験がその後のビジネスに活かされたのも事実です。そういう意味ではトレードオフであり、幸・不幸は自分次第でバランスするのかもしれません。また一方で、僕も世間一般のアラフォー男性が経験しているような挫折はさまざまな形でしてきているはずなのですが、それを挫折と感じていないというか、感度が鈍くなっているところがあるように思うんですよね。

──それは元々の気質ですか? それとも、処世術として後天的に身に付けたものですか?

坂口 後者ですね。

──つまり、自分からあえて鈍感になり、嫌な記憶やネガティブな感情にフタをすると。

坂口 いや、フタをしろ、というわけではないんです。う~ん……これはふさわしくないエピソードかもしれませんが、僕は、感情をコントロールしながらキレるところがあるんですよね。たとえば、弁護士事務所ですごく待たされて、イライラが爆発したとしましょう。通常だと「いつまで待たせる!!」と声を荒げて怒る人が大半です。ただ、僕は怒ったときほど声を低くして、淡々と指摘するんです。「約束の時間から15分待ちましたよ。どういうことでしょうか」みたいにね。単にキレたらクレーマーで終わりますが、淡々と指摘すると相手に反省や改善を促すことができます。

──それはそれで、ストレスが溜まりそうな気も……。

坂口 ええ。だから、後で解放もするんです。僕の事務所には女性スタッフが1人いるのですが、彼女に「ごめん。ちょっと暴れる」と断って、事務所の中のもの……机とか、壁とか、ドアとか、どんどん叩いて回るんですよ。10分くらい叩き回っていると、「あれ、自分はなんであんなにイラついていたんだろう」と冷静な感情が湧いてくるんです。

──なかなか衝動的ですね。

坂口 何かにつけて感情的にキレるのは非常識ですが、感情にフタをして、ただ押さえ込むようなことばかりしているのも不健康ですよ。であれば、淡々とキレて、後で身体的に発散するほうが賢明ではないですか。

──そう……かもしれませんが。

坂口 よく、交渉術に関する書籍やセミナーなどで「不満があっても感情を殺して、戦略的に折衝せよ」みたいに説きますよね。それはいいけど、抑えられた感情はどこかで解放しないと心の病気になってしまうと、僕は思う。そして、解放するには身体的に吐き出すのがベターなのに、そういうことはまったく説明されていない。

──身体的に発散ということだと、スポーツではダメなのでしょうか?

坂口 スポーツは、あまり役に立たないと思う。机をドンドン叩くとか、トイレに籠もって「バカ野郎!」と叫ぶとか、部屋の中で泣き叫ぶとか、そういうことをするほうが、はるかに効果があるように思うんですよね、経験的に。スポーツで十分発散できている、というなら、それはそれで結構ですけど、僕はあまり発散できない。

──意図は理解できるのですが、ちょっと怖いかもしれません。

坂口 もちろん、それなりに場所は弁えますよ(苦笑)。どんどん叩き回ったりするのも自分のオフィスの中だけで、女性スタッフにもちゃんと理由を説明して、ごく短時間のこと。家庭でも、玩具のサンドバックみたいなものを軽く殴るくらいですから。想像するに、皆さんそれぞれ、自分なりの発散はしているんじゃないかと。呼吸法で精神を落ち着かせたり、美味しいものを食べたり。僕の場合は、叩いたり、泣いたりする。抑制したら、解放することを意識しているから、よくある挫折を挫折と感じないのかもしれません。

──ある出来事に対して、それを挫折と感じるかどうかは自分次第である、ということでしょうか?

坂口 そうとも言えますね。人がどうして挫折感を覚えるかというと、自分のやったことを否定したくないから。見たくない現実、否定したい事実があって、それを受け入れられないから挫折するんです。だから僕は、抑圧、抑制を身体的に解放する一方で、現実を正面から見つめて受け入れ、冷静に対処していくことも、わりと意識しています。


◆一年に一度、「自分が否定したい事実」を向き合う

──具体的に、何か実践されていることはあるのですか?

坂口 年に一度、「いま、自分が否定したい事実は何か?」というのを全部書き出して、検証しています。“認めたくない現実”の棚卸しみたいなものですね。大がかりにやるのは年に一度ですが、細かな振り返りは日々やっていて、最近だと「私は一度成り立たせたものにしがみついている」という反省を検証したりしましたね。

──どういうことでしょう?

坂口 自分は人前で、偉そうに何かを語ったりしているけど、それは単に「自分が正しい」と言いたいだけで、論理的な正しさを追い求めていなかったのではないか。そういう反省です。「保身とか体面を考えていただけなのではないか」「ちゃんと現実を見つめようとしていなかったのではないか」と、頭に浮かんできた反省点を書き出して、自分なりに整理しておく。面倒くさいヤツでしょ?(苦笑)

──いやいや、大事な振り返りだと思います。いつ頃から棚卸しをするようになったのですか?

坂口 社会人になって2、3年目くらいからでしょうか。けっこう、長く続けていますね。岡本吏郎さんの本に「人間が成長する秘訣は、見たくない自分を見つめることだ」といったことが書いてあって、これに尽きるなと腹落ちしたのがきっかけです。キモは、この“認めたくないこと”を放置していたら、どうなってしまうかというのを弁証法的に考えていって、「最悪、こんな状況になってしまう」というところまで導き出します。すると自然に、「では、そういう最悪の状況にならないためにはどうすればいいか」という発想になるもので。

──最悪の状況とは、たとえば?

坂口 「取引先から信頼されなくなり、案件を失う」とか、「売上が落ちていき、ゼロになる」とか、「学習意欲を失って生きる意味がわからなくなり、死んでしまう」とか、そういうことですね。

──挫折をしたくないから、「最悪の挫折」みたいな状況を想定すると。

坂口 ですね。「これまで通りになんていくはずがない」と常に考えてしまうクセが付いているかもしれません。これまたややこしい話ですが、中長期的には「絶対によくなる」と信じているんです。「これだけたくさんの人が世の中をよくしようと働いているのだから、中長期的には悪くなるはずがない」「それを信じて自分も誠実に生きれば、きっとよい人生が送れる」……そう考えています。ただ、短期的には超悲観的ですね。どんなことが起きるかわからないし、避けようとしても避けられないトラブルは大なり小なり発生してしまうものだから。こういう認識の仕方をするようになったのも、例の暗黒期を経たからこそかもしれません。

──短期的には地獄を見たけど、中長期的には高い評価を得ることができた、ということですね。

坂口 それにしても、我ながら幸運に恵まれたなと思います。ただ、ひとつ自分を褒めてやるとしたら、挫折しても運を引き寄せるまで、どうにかこうにかもがき続けることができたのは大きかった。

──挫折を大きな糧にできるとしたら、一概に悪いものじゃないかもしれませんね。

坂口 どうでしょう。実際に大きな問題に直面して、強烈な挫折感を覚えているときは、とてもそんなふうには思えないものです。ただ、失敗や挫折は、大きな武器になります。21世紀の最大の参入障壁は、失敗の数だと思うんです。

──失敗の数が、参入障壁?

坂口 ええ。学識や一般常識は、いまやグーグルで検索すれば誰でも簡単に知ることができます。しかし、失敗した経験や、そこで得られた学びは、その人しか持てないものです。たくさんの失敗や大きな挫折をした経験を持つ人は、独自の魅力を放っているように感じるんです。一緒に仕事をしたり、じっくり話を聞いてみたりするなかで「魅力的だな。面白いな」と感じるような人は、過去に大きな挫折体験をしているケースが非常に多い。

──失敗や挫折が、その人を陶冶して、より魅力を増してくれる。

坂口 そういうことです。将来、どんな道に進むにしても、過去の挫折体験が自分と他者を差別化し、他者にとって参入障壁となり、自分にとっては魅力になる。そう考えると、もがき苦しんだ日々も無駄ではなかったといえます。
(おわり)

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