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2016.12.01

vol.35

人見知り克服訓練(誕生から四か月と三週間)

三崎 亜記

人見知り克服訓練(誕生から四か月と三週間)

 ノホホンは愛想がいい。

 道端で出会った通りすがりのおばあちゃんにすら、にたーって笑って愛想よく振る舞うんだ。

 夫さんは、ノホホンを抱っこして散歩していて、ノホホンを構ってくれそうなおばあちゃんが近づいて来たら、横向き抱っこをクルリと回転させて、前向き抱っこにシフトチェンジする。

 昔の巨人戦で、打球が右側に飛ぶことが多い王選手が打席に立った時には、野手が右寄りに立つ、「王シフト」ってのがあった。ノホホンと夫さんも、「おばあちゃんシフト」で、対おばあちゃん戦略は万全だった。

 そうするうちに、いちいちおばあちゃんに遭遇するたびに抱っこをシフトチェンジするのがめんどくさくなって、お散歩中は常時、「おばあちゃんシフト」で、歩くようになった。

 あからさまに「構ってくれ」と言わんばかりの前向き抱っこをされたあかちゃんが、「あたしに構いなさいよー!」っていう無言の圧力で「じーーーーーっ」と見つめてくるんだ。こんなに人が引っかかりやすいキャッチセールスもないってもんだ。

 そんな「おばあちゃんシフト」での特訓のせいもあって、対人スキルアップのスパルタ教育を受けているノホホンは、「人見知り? 何それ? おいしいの?」って感じで、知らない人を目の前にしても臆することはない。人見知りをして泣くだなんて、あり得ない話だった。

 そんなある日……。

「さあ、ノホホン。じぃじとばぁばが待ってるよー!」

 一か月ぶりの妻ちゃんの実家に向けて、夫さんは車を走らせていた。

 赤の他人にすら愛想を振りまくノホホンだ。これがじぃじとばぁばだったら、どれだけ愛想の出血大サービスをするんだろう。じぃじとばぁばは、可愛くってもだえ苦しむに違いない。

 ところが……。

「ノホホンちゃん、よぉ来たねぇ~」

 久々にノホホンに出会えた喜びで、テンション高くじぃじとばぁばが出迎えて、われ先に抱っこしようと両手を差し出した途端……。

「ふん、ふん……ふんぎゃーっっ!」

 ノホホンは火が付いたみたいに泣き出したんだ。ついさっきまでの車の中では上機嫌だってっていうのに。慌てて妻ちゃんが抱っこすると、ノホホンは途端に泣き止む。じぃじとばぁばが抱っこしようと手を差し出しても、頑なに顔を背けるんだ。

「これって、もしかして……」

 夫さんと妻ちゃんは顔を見合わせた。そう、ノホホンも、とうとう人見知りが始まってしまったんだ。それは成長して自我が形成されてきたってことで、喜ばしいことではあるんだけれど、じぃじ&ばぁばとしては、可愛いのに抱っこできないっていうもどかしさで、身もだえせんばかりだ。

 じぃじとばぁばは、ノホホンが滞在する二日間、何度もノホホンの人見知りバリアーを突破しようともくろんだが、ことごとく「フンギャー爆弾」の導火線に火が付きそうになり、すぐさま夫さん&妻ちゃんの「爆弾処理班」を招集しなければならなかったんだ。

「こらっ、ノホホン! ダメじゃないか!」

 そうたしなめながら、夫さんがノホホンを抱きかかえると、やっぱり途端に泣き止む。夫さんとしては優越感に浸れて内心はほくそ笑んでしまうわけなんだけれど、そうも言ってはいられない。

「うーん。これは、どうにかしなくちゃならないなー」

 夫さんだって一応は仕事をしているんだ。来週は新刊のプロモーションのために、しばらく上京することになっていた。その間、一人では何かと大変なので、ばぁばにマンションに来てもらうことにしていたんだ。

 その時、せっかくの「抱っこ要員」のばぁばの抱っこをノホホンが拒否するようでは、来てもらった意味がない。妻ちゃんはノホホンにつきっきりで、休む暇がなくなってしまう。

「離れてる間も、じぃじとばぁばのお顔を忘れないように、慣れさせておかなくっちゃねー」

 短い里帰りからマンションに戻って、妻ちゃんは考え込んでいた。そうは言っても、遠く離れたじぃじとばぁばに「慣れさせる」だなんて至難のわざだ。妻ちゃんはアルバムのじぃじとばぁばの写真を見せて、「ほらノホホン、優しいじぃじとばぁばよぉ」って懐柔を試みているものの、ノホホンは自分の写真を見つけては、「この子、カワイイわねー」って、うっとりするばかりだ。じぃじとばぁばの顔になんか、見向きもしない。

「よし、夫さんにまかせろ!」

 夫さんは、パソコンの画像処理ソフトで、じぃじとばぁばの写っている写真の顔部分だけを切り取って、普通の人間の顔くらいまで拡大してプリントアウトした。それを厚紙に貼り付ける。じぃじとばぁばの即席お面の完成だ。

「よし、ノホホン! じぃじ&ばぁば見知り克服訓練開始だ!」

 夫さんはじぃじのお面をつけて、ノホホンにご対面する。

「ほら! ノホホン! じぃじだぞ! 抱っこしてやろう!」

 いつものじぃじの真似をして、テンション高く近寄って、激しくノホホンを揺さぶる。お面の眼の部分に穴をあけていないので、ノホホンがどんな反応をしているのかわからないんだ。

「どうした、ノホホン! ほら、高い高いしてやるぞ! ほら!」

 反応がわからない分、夫さんは躍起になって、ノホホンをじぃじに慣れさせようと、身振りが大きくなってしまう。

「ふ……ふ……、ふんぎ……」

 まずい! ノホホンの「フンギャー爆弾」が爆発しそうだ。

 慌てて、ばぁばのお面にすげ変える。

「ほらー、ノホホンちゃん、ばぁばよぉー! いないいない、ばぁー!」

 そう言って、ノホホンにお面の顔を近づけて、いないいないばあを繰り返す。「いないいない」の後、いきなり平面の顔が飛び出すもんだから、ノホホンは恐怖におののいている。

「ねえ夫さん、その訓練は、かえって逆効果だと思うのー……」

 傍で見守っていた妻ちゃんが冷静に判定を下す。夫さんの、お面によるじぃじ&ばぁば見知り克服ミッションは、失敗に終わった。

 というわけで、ノホホンがじぃじ&ばぁば見知りを克服しないまま、夫さんは東京へと旅立った。

 新刊の取材を受けている夫さんの元に、妻ちゃんから写真が送られてきた。ばぁばに抱っこされて、「なんだか納得いかないのよねー」って不満顔で頭を掻いているノホホンの写真だった。

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