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2016.11.09

北の実家から

鈴木 涼美

北の実家から

 先月、またひとり同い年の友人が東京から去った。今年33歳になった私としては、もはや数え上げても意味がないほど多くの友人達を送り出してきたのだが、30歳すぎたあたりからは、ただでさえ少数になってきた私たちはなんとなく友人というだけではなく、サドンデスで生き残った同士みたいな内輪の仲間意識があるので、25歳の時に鹿児島に嫁いだサチを見送った時とはまた違う寂しさがある。引き際の美学的なことも気になるし、妥協点の見出し方も気になる。

 東京を去ると言っても、本人の転勤もあれば、カレシが海外赴任が決まったのを機にプロポーズされた、子ども産まれたのを機にダサイタマに家買った、地方の国立大医学部で学び直すことにした、親の介護のために転職して帰郷、など理由は様々で、どれもこれも本人たちの人生的には大分意味合いが違うものなのだろうが、残るこちらの「あ、またひとり行った」感は似ている。

 死別と男女の破局以外のあらゆる別れは物理的にわりと解決できるのだから、というか、別に福岡あたりに引っ越したところでいつでも会いにいけるのだから、深刻な落ち込みや喪失感とは無縁で、その代わりに喪失とも悲しさとも違う、「あーあ」というかんじだけが残るのだ。ほんとにいい時代のいい国に産まれたと思う。

 ただ、33歳まで歌舞伎町で働き、先月田舎に帰っていったシホさんと最後に飲んだ時のことを思い出すと、私としては珍しくちょっとセンチメンタルな気分にさせられる。田舎に帰るからと言って、送別会を開くほど親しくも共通の知人が多いわけでもなかったので、私は彼女からのLINEで「帰る」のだということを知って、共通の知人であるキャバクラの副店長から、先月引っ越したみたいよ、という事後報告を聞いた。

 最後に彼女と飲んだのは、歌舞伎町の区役所通り沿いにあるエンタテイメントバーで、2つ歳下のユリカが勤めるキャバクラに、何故かユリカ指名で何度か通っているサキさんという40歳の風俗嬢のアフターに、私とシホさんが合流した時だった。早々と酔いつぶれて2万円を置いてタクシーに乗って北千住まで帰ったサキさんを見送った後、ユリカとシホさんと私の3人は、とりあえず2万円は使いきってから帰ろうと無駄なことを言って、近くのサンドイッチ屋から出前で、中身の卵焼きが揚げてあるたまごサンドやエビカツサンドなど、年を忘れたメニューをとって、でも何故か店ではとうもろこしのひげ茶とウコン茶を頼んで鏡月をそれで割ってアラサーらしく飲んでいた。

 ユリカは、1カ月ごとに歌舞伎町と地元の長野を行ったり来たりする生活を続けている。もともと20代半ばまでは歌舞伎町の小箱のキャバクラで売れっ子キャバ嬢をしていたが、現在は歌舞伎町では大きい箱のキャバクラに勤め、地元では母親が経営するスナックを手伝う。母親が働けなくなったら、完全に地元に引き上げて、お店を引き継ぐつもりだと言う。顔はそれほど美人ではないが、話題が豊富でノリのよさは抜群で、真面目な接待で気を使える彼女は、一生水商売で食べていけるだろうと思える素質が備わっている。痩せ型で、ちょっとしゃがれた酒やけ声で、服も大して華美ではなく、スナックのママと言うとしっくりくる。

「私の問題はほとんど妹だから」

 ユリカは、未だに半分は歌舞伎町で暮らしている理由をそう話していた。

「妹は地元で結婚して実家のすぐ近くに住んでたけど、今ほとんど実家に入り浸ってるの。離婚はしてないけど。店は10代の頃から一度も手伝ったことない。で、私は妹とは暮らせないから」

 ユリカと妹は父親が違うのだと言う。甘え上手の妹は、彼女が帰れば頼んでいた限定品の化粧品やちょっとした手土産をきゃあきゃあ言って喜び、一緒に寝ようとせがんできて、面倒見のいいユリカはそれを甘んじて受け止める。彼女と母親が店に出ている間に、ちょっとしたケーキなどを家で焼いて、帰ってきたらドヤ顔で食べさせてくる。母親は、そういう役には立たないけれど愛らしい妹と共存しているし、ユリカとしても別に憎むべきところなどないのだが、愛らしくて可愛いけど精神的にがさつなところのある妹と、2週間以上は一緒に暮らせないのだと言う。

「でも別に長野のお店見捨てるつもりもないし、徐々に向こうにいる日数増やそうとは思ってるよ。母親はまだ元気だし、かと言って孤独なのはちょっとかわいそうだし、店も人は一応雇ってるけど、私にだから頼めることもあるだろうし」

 歌舞伎町のキャバクラにしてはややトウが立ってるとは言え、もともと掴んでいるお客も多いし、頼ってくる後輩たちも多い彼女には、こちらでも十分に居場所がある。

「ユリカは、こっちでやってる仕事も、将来につながってるからいいよ」

 と、サンドイッチをひとつだけつまんだ後は手を出さずに、ひたすらウコン茶割を飲んでいるシホさんが言うのは、私はとてもよく理解できた。

「シーちゃんの方がすごいじゃん。もうキャバは出ないでも、バーの雇われ店長任されて。オーナーの信頼があついから、そのままいろんなお店任されそう。キャバもシーちゃん手放さないんでしょ」
「まさか。キャバに出てるのは美容のためと、あとはやっぱり金銭感覚のバランスって言うか、今のバーで代表やってみて、10万円売るのってほんと大変だなって思ってさ」
「わかる。長野のお店やってて思うけど、キャバクラって高いよね!」

 以前、と言ってもそれほど昔ではない頃に、ユリカは「10万円以下の卓は客じゃない」と豪語していた。当然、彼女のことだから、2万円ちょっとの最低料金で1タイムだけ通ってくる客にも親切にしていただろうし、そうでなければそれこそサキさんのような女性客にまで好かれるわけがない。ただし、そういう虚勢が似合うことが、おそらく一時期の彼女には必要だった。だから私はキャバクラって高いなんていう言葉が彼女の口から飛び出したことをちょっと意外に思いつつ、寂しさとも安堵とも言い切れない微妙な気持ちになった。

「シホさんは、年齢と相談して、バーのほうの仕事に絞ってくつもりなんですか?」

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