毎日を1%ずつ新しく生きる! 刺激と感動のマガジン&ストア

★がついた記事は無料会員限定

2016.11.10

下北沢のいいところ

吉本 ばなな/サボテン高水春菜

下北沢のいいところ

下北沢愛に溢れたエッセイ『下北沢について』を刊行した作家・吉本ばななさん。下北沢に馴染みの深いシンガーソングライター・サボテン高水春菜さんと書籍の製作秘話、下北沢に越してきたきっかけ、下北沢のいいところについて語っていただきました。

『下北沢について』1400円(税別)

 

みんなに下北沢に住んで欲しい

高水春菜『下北沢について』が誕生したきっかけを教えていただけますか?

吉本ばなな たぶん単行本の形ではない形でご存知の方がたくさんおられると思うのですが、初めは小冊子だったんです。ネットで売ったらどうかという話もあったんだけど、私はできれば日本中の人に下北沢を好きになってもらって住んでもらいたいくらいのことを思っていたので、とりあえずB&Bだけで売ってみて、足を運んでもらって、小冊子を買って、下北沢を散歩して欲しいなという気持ちから始めました。

B&Bの内沼さんにご相談したらやろうじゃないですかということになって、表紙のイラストを描いた大野舞ちゃんはご主人のお仕事の都合で下北沢から引っ越してしまったんですけれども、その時は下北に住んでいましたし、デザインの大西さんも校正の大西さんもとにかくこの本は下北沢に住んでいる人で作った本なんです。私にとっては、本当にこの街に住んでいるということを実感出来るすごく大切なイベントでした。

高水 初めてお会いする方もいるかと思うので少し説明させていただきますと、私は南口のタイ料理店「ティッチャイ」というお店で水曜日のスタッフとして働いています。定点カメラのように7年間同じ場所から街を見てきたんですけれど、実際に小冊子を持って歩いている人を本当に多く見かけました。

吉本 私見かけないよ。案外誰も持ってないなと思って(笑)。

高水 本当ですか!? 皆さん持っていました。『もしもし下北沢』の時もそうでしたけれど、カバンの中にアイテムのごとく持っていて、そこから生まれたご縁とかもあって。

吉本 みんな越してくるといいのに(笑)。

高水 小冊子の第一号を出されてみていかがでしたか?

吉本 小さい街に小さいミニコミみたいなのが大好きなので、本当にできた!みたいな感じがありましたね。舞ちゃんの表紙がすごく素敵だったので、薄さといい宝物みたいな感じがありました。誰一人儲かっていないんですけれども、こういうのっていいなって思いました。気軽に印刷して、みんな気軽に買える値段で。

高水 買える場所が限られていたので、「ティッチャイ」に買いに来る人たちも宝探しとかオリエンテーリングのような感じで「これこれ!」という感じでいらしてくださいました。

 

全国には発信できない小冊子の生々しさ

吉本 単行本にするにあたって加筆したし書き下ろしもしたので、その時の形はもう二度と戻ってこないんです。ミニコミっぽく文章もちょっとあら削りというか、語り口調をちょっとあらく書いたんですね。単行本の時に全て直してしまったので、生々しかったのは小冊子の体裁の頃だけだったと思います。

高水 確かに裏話も手作りの感じをすごく感じました。

吉本 裏話もやばすぎて少ししか載せられなかったんです。今からでも小冊子を買ってもいいよ?みたいな気持ちがあります(笑)。さしさわりがありすぎて全国には発信できない裏話が載っています。せっかく関係者全員が揃っているので、この本について一言ずつ言ってもらえるといいなあと思っているんですけど。

大西隆介(デザイナー) はじめまして。小冊子と単行本のブックデザインをした大西と申します。ミニコミの方は手軽な体裁なんだけども、じつは結構凝っていて、綴じ糸が毎回変わっていたりとか。製本所の方にかなり無理を言ってお願いしました。今回の単行本は大野さんの素晴らしいイラストありきなんですが、実はたどり着くまでに結構時間がかかっていて、途中過程をお見せできないのが残念なんですけれど、大野さんにベースを描いていただいた上で細々と継ぎ足してくださいとお願いをしたりとか、色を変えた検証を50パターンくらいやって、最終的に落ち着いたのが今の形です。

本の最初(『導かれて』)にもばななさんが書いていらっしゃいますが、夢のような気配というか、ノスタルジーかつキラキラしている感じが「絵」や、本という「物」としても出るといいなというのは念頭に置いていました。カバーを外すと昔のアンデルセンの童話的な佇まいというか、そういうのを意識して全体を作りました。

吉本 すごく素敵です。ありがとうございます。

大野舞(イラストレーター) こんばんは。イラストを描かせていただきました大野舞です。今日は話させていただくと思っていなかったので、壁と同化していたかったのですが……。ばななさんのお話にもあった通り、今は下北沢には住んでいなくて、お知らせを見たとき今日のイベントにも来られないだろうなと思ったんですけど、小冊子をはじめてからの3年間のことを考えていたら、やっぱり行かないわけにはいかないと思って弾丸で飛んできてしまいました。6年くらい下北沢に住んでいたので、今戻ってくると引っ越したのが嘘のように感じます。引っ越して1年半くらいなんですけど、今でもすごく大事な人たちがいる心のふるさとです。

小冊子の絵を描いていた時には下北に住んでいて、単行本の絵を描いている時には下北にいなかったので、それがちょっと自分でも面白かったというか。中にいる時に考えていた下北と、外に出てみて見直したり思い出したりして客観的に描いた下北に違いが出たかなと思います。引っ越した時は寂しかったんですけど、外に出たからこそわかることもあって、今こうしてこの場に戻ってくることができてとても嬉しいです。

内沼晋太郎(B&B) B&Bというお店をやっています内沼です。このお店を始めてちょうど四年半くらいになります。最初にばななさんがお店にいらしてくださった時にはお目にかかれなかったのですが、その後メールでやり取りさせていただいて、はじめはトークイベントのお願いをしに、事務所に伺いました。その時に、ばななさんから「小さな本を限定された場所で販売する」「下北沢の人だけでつくる」という構想をうかがい、大西さんと一緒にまた事務所にお伺いさせていただきました。そこからはじまった小冊子です。第1号の現物が出来上がってきた時、本屋をやっていて本当に良かった、と思いました。僕らはこれからもずっと下北沢で本屋をやっていきたいと思っていますので、それが単行本としてこういう形になったことを、とても嬉しく思っています。

吉本 ありがとうございました。

高水 一ファンの気持ちで聞いていました。デザイン案が50パターンとおっしゃっていましたよね。

吉本 苦労しているな、っていうのはひしひしと伝わってきていましたね。

高水 装丁のことは、打ち合わせでこういう感じにしてねっていうのはご提案されるんですか?

吉本 ムードだけはなんとなく伝えるんですけれど。あとは専門家の方たちだから、どの紙がいいとかどの色がいいとか、どういうレイアウトにするとどうなるとか、そういったことはお任せしています。

 

「お前はどうしようもない人間だけど、たまにはこういうところに載るんだね」

高水 小冊子を持っている方が多いと先ほどお話をさせていただいたんですけれど、小冊子の中に描いてあるお店や人について、○○さんにこれから会いに行ってきますとか、あのお話に出ていた○○というお店に行ってきますというお話をものすごくたくさん聞きました。実際にお店や登場された方々から何かお話を聞かれたりしましたか?

吉本 うちでバイトをしてくれていた、書店「ワンラブブックス」店長の蓮沼さんが、お母さんに「お前はどうしようもない人間だけど、たまにはこういうところに載るんだね」と言われて、お母さんが少し優しくなったそうです。これじゃああまり貢献できてないかも……本の中では「天使」とまで書いているのに(笑)。それくらいでしょうか。

でも私の“みんな下北沢に越してこい計画”の一環としてやっぱりお店に行ってもらえると嬉しいです。引越しをする時って、このお店が好きとかこの場所が好きとかきっかけが少しでもないとやっぱりすごく不安だと思うので、はじめにお店とか街並みを知ってもらえればもっとみんな越してきてくれるかなというのがありました。私事なんですけど韓国ドラマ「華麗なる遺産」を観た後に「華麗なる遺産 ロケ地を巡るツアー」に行ってものすごく楽しかったんです。バス停とかお店の屋上とか巡らせてもらえて、本当にあるんだと思って。そういうことができるような感じにしたいなというのがありました。

高水 実際にロケ地観光と化していましたよ。素晴らしいです。本の最後に登場されるIさんに羽根木公園でばったりとお会いしたんですけれど、こうして作品の中で書いていただけてものすごく光栄に思うっていうことをおっしゃっていました。

吉本 良かったです。黙って書いている上に、ご近所だから見本も黙ってポストに入れておいたんです。ひどいことをしたものです(笑)。ちょっとドキドキしていたんですけれど。

高水 いいですね。お互いにポストでやり取りされることがあるんですね。

吉本 カボスとか入れたりしてます。

高水 もはや手紙でもなく、カボス(笑)。

 

「オチのない話をするとその人は人間とは見なされない」

高水 皆さんロケ地感覚で憧れを抱いて下北沢に来ると思うんですけれど、実際にばななさんは住んでいらっしゃる訳じゃないですか、プライベートでご飯を食べている時にファンの方に声をかけられたりしたら気まずいなあということはないですか。

吉本 あまり気にならないですね。基本的に下町育ちなので。下町ですと問答無用ですからね。問答無用にドアを開けて入ってくるみたいな。しかも「オチのない話をするとその人は人間とは見なされない」みたいな厳しい下町ルールがあるので(笑)、そこに慣れているからなんとも思わないというか、むしろみんな上品だなみたいな感じですね。

高水 そうなんですね。

吉本 そういう意味ではすごく大変な幼少期を過ごしてきたので。え?なんで隣のおばさんが冷蔵庫開けてんの?うちじゃんこれ!みたいな土地柄だったので(笑)。

高水 下町といえば垣根がないイメージがあります。

吉本 近所で道を掃除したりしているトップレスのおばさんがナチュラルにいて、「こんにちは」って言うんだけど、自分の中ではなんとも言えない……とかそういうことがありましたね(笑)そういうところで暮らしていました。

高水 作品の中でも下町のことを「うっとうしさと気楽さと」と書かれていましたね。「気楽さ」というのはちょっと考えもしなかったと言いますか。

吉本 やっぱり江戸っ子の血が脈々と流れているから、どこかしら距離の取り方は上手なんですよ。サラッとしているところがあるんですよね。地方とかの密な感じとはまた違って、下町ってちょっとそういうところがありますね。その一区画ではおばあさんが裸のことは別にもういい、というそういう納得の仕方も含めて、あたたかさと冷たさというかサラッとしたタッチがあるのに慣れちゃっているんです。

世田谷に来てから本当にもうこの人頭おかしいみたいな目で見られることがよくあって、つい道行く人の服とか「いいですねそれ」とか言っちゃうんです。「ハァ?」みたいな感じになっちゃって、違和感があったりしたのですが、下北沢も下町みたいになるといいなあと思っていたらだんだんなってきましたね。道を歩いていて絶対知っている人に会うし。

高水 確かに下北沢の村っぽさというのを私もすごく感じていて。私は西荻窪に住んでいるんですが、西荻窪も村っぽいんです。下北沢っていうと、若者がいく、洋服が好きな人が多い、ゲームセンターで学生たちが太鼓の達人をやっている、とか。暮らすというよりもおしゃれな文化の発信地というイメージがあったんです。でもいざ働いて知り合いが増えていく中で、もう西荻と同じかそれ以上に、あ、村だなと。目の前でお米の貸し借りが行われているっていうことが日常茶飯事なので。その村っぽさと、最初に抱いていたイメージがどんと混在している不思議な街だなあという印象がありますね。

吉本 そうですね。たまに丸の内とか青山とか行くんですけど、全部ビルですよね。ビルの中にショップとかレストランが入っていて。だいたいこういうお店が入っていて、だいたいこういうお客さんがいてというのを味わうと、みんなよく全く知らない人が働いているお店に行けるなあと不思議な気持ちになる時があるんです。多分下北沢に慣れてしまったからだと思うんですけれども。顔なじみでもなく、会話もなく、行って帰ってくるだけの関係というか。それがよくできるなあと思う時があって。でもそれってよく考えてみたらパリとかでも起こりうることで、大きい都市のちょっとよそ行きのような街と自分の住んでいる街のあたたかさと両方あって豊かなのが東京なのかなって思ったりします。

高水 一回きりの関係だと業務的と言いますか、流れ作業の中の一つになっちゃいますけど、顔なじみのお店があったりするとその日のコンディションまでわかってしまうということがあったりしますよね。

吉本 それがたまらなく嫌な人もいるかもしれないけれど、人間にはそういうつながりが必要なんじゃないかなと私は常に思っていて。

高水 ばななさんがよく行かれるお店でもその日のコンディションで風邪をひいている時にはちょっと生姜を多めにとかそういうことがきっとありますよね。下北沢にはそういうお店が多いですか?

吉本 街というのはちょっと恋愛っぽいなと思っていて、はじめに越してきた時はただただ嬉しくて、歩き回っていろんなお店に入ってみるのが楽しい時。ハネムーンというか。その後やっぱりだんだん行くお店とかが絞られてきて、最終的には土地と夫婦のような馴染んだ関係になっていくと思うんです。だからそのサイクルが早すぎちゃうともう人間ついていけないなと思っていて、変わっていくのは仕方ないと思うけど、ゆっくり変わって欲しいなっていうふうにいつも感じます。

高水 ハネムーンとおっしゃっていましたけれど、たまには浮気しちゃおうかなという気持ちで他の街に行くこともあったりするんですか?

吉本 西荻とか結構危険ですよ。美味しいカフェとかあるし。アイス屋さんもあるし、カツ丼屋さんもあるし。いいな、ここに住んだら自分はどうなるんだろう?吉祥寺にいつも行くのかな?とか想像します。どこでパン買うんだろうとか、どこでコーヒー買うんだろうとか、住むとしたら駅のどっち側かなとか。そういう風に考えたりすることはいっぱいあるんですけど、結局下北沢に戻ってきてほっとする感じはあります。

 

訪ねてくる街で、住むつもりはなかった

高水 下北沢に住む以前のイメージはどんな感じでしたか?

吉本 私はやっぱりビレッジヴァンガードがあるっていうイメージがすごく強くて。ちょっとした買い物があったらビレッジヴァンガードに行って、その後飲み屋に行くとか。後はやっぱりライブハウスですかね。しょっちゅう来てたから。訪ねてくる街ではあったんだけど、住むつもりはなかったからすごく不思議です。

高水 流れが来ていたんですかね。

吉本 『下北沢について』にも出てくるんですけど、前に住んでいたところが上馬という、いいカフェが一軒しかないところなんですよ。246を渡って書店に行って何かあれば三軒茶屋に行ってという感じで普通に暮らしていたんですが、10年くらい暮らしてみて、待てよと思って。まずカフェは一軒しかない。それはまあいいんだけど、ない(笑)。「千里」という焼肉屋さんがあるんですけど、本当に美味しくて素晴らしいお店で家族ぐるみで仲良くしているんですが、千里の人たちと大家さんとそのカフェ以外何も展開していないと思ったんです。別にいいけど、ちょっと待てよと思って。どうして展開しないのかということを真剣に考えたんです。そうしたら上馬という街は環七と246に囲まれていて、どこかに行こうと思ったらそのすごく大きい通りを渡っていかなければいけない。だからみんななんとなく親しくならないんです。上手く言えないんですけど。

高水 一つ隔たりというか……。

吉本 その大きな道を渡ってどこかに行くっていう感覚があるから、居つこうね。みたいな感覚になりにくい街なんですよね。地形から考えてみるとすごく面白いんですけど、仕事で住むとかちょっと身を置くとかいうイメージの街なんです。昔から住んでいる人はもうこの街には何もないと。スーパーは一軒しかないし、ああだしこうだしと、なんとなく終わっているような気持ちのところがあって。ちょっとした諦め感みたいなものが支配していて。常に二つの大通りが夜になるとゴォーと音がしているんですよ。今でも嫌いじゃないんですが、やっぱり子供を育てるのはちょっとどうかなと。たとえば小学生になって、ちょっと本屋に行くねと言ったらいちいちあの大きい道路を渡るんだとか思った時に、引っ越そうと思ったんです。

それですごく不思議なことが幾つかあって、初めに不動産屋さんに行った時に、すごく呑気なというか……だめっぽい感じの人が出てきて、3LDKでってお願いすると2LDKの図面が出てきたりとか、「このあたりですと」と言いながら出してくれるのが三軒茶屋の図面だったりとか。違うじゃん!みたいな(笑)。あ、ここきたの失敗だったなと思っていたら、奥から颯爽と出てきた人がいて、私がちょっと変わった間取りの希望を出したら、変わった面白い間取りを次々と出してきてくれたんです。

下北の「つきまさ」という日本茶喫茶のまだ店長がりえちゃんだった頃に、物件を見ては「つきまさ」に寄ってくだを巻くみたいな。今日の物件はどうだった!とか言って、そういうのがまた楽しかったし、後もう一つ、幡ヶ谷に吉澤さんという方がやっていらっしゃる「オーペシェグルマン」というお店あるんです。小説『もしもし下北沢』にも書きましたが、もともとは下北の「レ・リヤン」というお店で、よくかき氷を食べに行ったりしていいました。なかなかこの辺いい物件ないねえとか言ってちょっと愚痴るみたいな。

最終的に北口のほうに家の真ん中にすごい急な螺旋階段がある家があったんです。小さいおうちなんですけど、そこにしようかなと思った時に、ちょっとこの螺旋階段夜中に転げ落ちたら死ぬんじゃないかなと思って。すごく急なほとんど棒だけのような(笑)。決まりそうだったんだけど、友達の占い師に見てもらったんですよ。そうしたら「この螺旋階段小さい子がいたら危ないと思うよ」っていう占いでもなんでもない普通の答えが返ってきて(笑)。「そ、そうだよね」って言ってたんですが、地図を見たその人が「ここにあるんじゃないかな?代沢五丁目のこの辺だと思うよ」って丸印を書いてくれたんです。

さすが占い師だと思って件の不動産屋さんにその住所を見せたら、本当に空き家があったんです。そこが最初に越してきたところでした。すごく不思議だったんだけど、なんで私たちの希望にお金も場所もぴったりだったのに出てこなかったかっていうと、部屋数が希望より多い貸し家だったからなんです。今でもあの時のことを思い出すとちょっとゾッとするというか、不思議な感じがします。

高水 家に呼ばれたような部分もあるような。

吉本 全然呼ばれてなくて、最終的に追い出されたんですが(笑)。でもその10年には必要だったんです。

 

動き出すためにまず買ったのはソファベッド

高水 作品の中にも家とのコミュニケーションが書かれているじゃないですか。「新しく越した家がちょっと一筋縄ではいかない感じで、緩むまでに時間がかかる」といったことが書かれてましたけど、やっぱり家が呼ぶとか場所が呼ぶということがあるような気がするんですね。そのような体験はありますか?

吉本 上馬の家に越した時、彼氏とも別れて、地元からも離れて、初めて世田谷に住むっていうのに、すごくみすぼらしい気持ちだったんです。上手く言えないけど。もうなんかボロボロのところに行っちゃえ!みたいな。アパートでもいいよみたいな。でも大きい犬を飼っていたから犬が大丈夫というところを探したんです。今あの物件を見たら絶対に住まないと思うんだけど、その時はここしかない!という感じだったんですよ。あの時は呼ばれたって感じがまさにしました。

高水 その呼ばれた感じっていうのは具体的なことっていうより感覚的なことですかね。

吉本 入り口に立った時に、今の私のちょっと惨めで暗いんだけど、これから始まっていくような気持ちにぴったりだと思ったことをすごく覚えているんです。親はまだ生きていたので、地元に住めっていわれたんですが。離れられちゃ困る、世田谷ってなんだ。みたいな(笑)。もう日本といえば文京区だみたいなこだわりが母にはあったから。母は谷中から来て、千駄木と本駒込しか知らない生粋の下町民。谷中は台東区ですが、もうその界隈じゃなきゃだめ!人生はそこからしか始まらないの。みたいな感じだったから、引っ越す時すごい抵抗を受けました。

高水 抵抗があるからこそ、逆にその反動でエイっていうようなエネルギーが生まれたりしたのかもしれないですね。

吉本 そうですね。また帰ってくるかもしれないけど、一生に一回くらいは世田谷に住んでみようと思うんだよね、というような気持ちでした。でも上馬の物件の時は本当に悩んでいて、会っている友達とかにも、もう部屋の話はやめてって言われるくらい。普通に会話していても物件とか家の話になってしまうくらい思いつめていて。

まずソファベッドを買ったんです。とにかく何か買っちゃったりしないと動き出さないと思ったんだけど、さっきの占い師さんに見てもらったら、「その部屋に入るのは今のあなたにぴったりだと思うけど、ただそのソファベッドで寝るのはやめなさい」って。あなたが自分を罰しているから小さいベッドを買ったんだって言われて。すごくそのことを覚えています。でもそんなにしてでも何か動き出さないといけない時だったんだなというのを振り返ってみると思います。

その時、手相観のマーコさん(日笠雅水さん)にも手相を見てもらったら「あなた本当に引っ越したいのね」って物件を探す前から言われていました。手にも人間の流れというのは出てたんだ!と思って。そこで無理に食い止めていたら、きっと病気になったりとかしていたんじゃないかと思います。

霊能者の話ばっかりになってしまいますが、その上馬の家は江原(啓之)さんにも観ていただいて。「ここはよくないなー」っていわれました。住んでるのに!と思ってショックを受けました(笑)。「部屋の中はいいんだけど、周りの人がみんな怒りっぽいんだよね。土地が怒りっぽいん土地なんだよ」と言われました。「私にできることはないですか?」って聞いたら、「引っ越すか、あとは生きた花を飾るといい」と言われて。

でもそんな不吉な土地でも、その時の私の暗い心にはぴったりだったんです。私いつも思うんですけど、暗い心の時はく暗いものしか癒してくれないんですよ。明るいとか前向きなことじゃなくて。私の心を癒してくれたのは悲しい部屋だったんだろうなって思って。今となってはすごくわかります。

 

動物はなんでも知っている

高水 悲しい時は悲しいものでというのはすごく納得がいきます。「ティッチャイ」に猫ちゃんがいるんです。エムちゃんといいまして、私は敬意を込めてエム先生と呼ばせていただいているんですけれども。暗い人が背負っている気配というものをわかるらしいんです、どうやら。私は猫がすごく好きでエム先生を観察してしまうんですが、お客さんがお店に入ってきた時に、おや、何か重たいような物憂げな感じだなと思うと、エム先生はあまり見たことのない膨れたような顔をするんです。逆立ちをした時に、顔の筋肉が前のめりになるじゃないですか。ああいう顔になるんです。

吉本 私が行った時なってないか心配……(笑)。

高水 なってないです。最近発見してびっくりしました。その人というよりは、気配全体を感じているようで、お酒に酔っ払ったようなフラフラ~みたいな動きをして、その後匂いをすごく嗅ぐんですね。そういうお客さんって深くは話してないですけど、やっぱり何かを抱えてらっしゃって、その途中にいらっしゃったという話を後から聞くことがあります。お店で何時間か過ごされる時に、明るいものには惹かれてないですね。自動的にシャットダウンしているような雰囲気があるといいますか。自分でセレクトするものがわかってらっしゃるといいますか。

吉本 暗いメニューとかあるのかな?こういう人はみんなパッタイ頼むんだよ~みたいな。

高水 メニューにはないんですけれども、本を選ぶときのセレクトといいますか。表紙がパーっと明るいものは選ばれないです。同じ方でも、今日は入った時からなんか変だなと思うと、店長もエム先生も同じように感じていることが多いですね。作品の中に動物のことが書かれていたので、それを読むとどうしてもエム先生のことが思い出されてついつい今その話をしちゃいました。でも動物の場合は負のエネルギーを受けたとしてもあまり影響されないですよね。

吉本 人間よりは大丈夫かもしれないですね。

高水 どうしても人って他人からの言葉で重い棘を受けちゃったりすることもあると思うんですけれど。動物も動物なりにあるんでしょうけど、はたから見ていると傍観しているように見えるといいますか。

吉本 あとは飼い主を守ろうとしますね。

高水 今まで経験はありますか?

吉本 自分でははっきりわかっていないんですけど、動物がいない時にわかります。海外のホテルとかに泊まってて、動物がいないっていう感じがすると、いつもものすごく守られているのを感じます。音がしないような、むき出しになっているような変な感じがします。

高水 動物にとってもそういう感覚ってあるんですかね。

吉本 あると思います。前にシッターさんが犬の散歩に行っている時に、私は別のところで仕事をして、帰ってきて鍵がなくて、どうしようと思いながら家の前でずっと立っていたんです。そうしたらシッターさんと散歩をしていた犬が急に「ハッ!帰ろう帰ろう」となって帰ってきたということがありました。なんか通じてると思って感動しておやつとかあげました(笑)

高水 下北沢では動物を飼ってらっしゃる方多いですよね。特にワンちゃんとかお散歩されている姿をよく見ます。

吉本 上馬の家では駒沢公園に散歩に行ってたんですけど、やはり246を渡るんですね。大きい道を通るって動物にとって怖いことだがら、毎回ビビるというか、慣れなかったですね。あんな大きい道って動物の心にはないんだなって。人間の心にも本当はないのかもしれないですね。人間も動物だから。

高水 慣れたような気でいるけれど、確かにそうですね。

 

下北沢に住んだら楽になる

高水 一生に一回かもしれないからここに住んじゃえっていう気持ちで上馬に引っ越されたという話を先ほどお伺いしましたが、下北沢も比較的同じような気持ちで飛び込んで来られる方が多いような気がします。ライブハウスや劇場で自分を表現することってチャレンジだと思うんです。そういう方々から相談を受けたことはありますか?

吉本 私はすぐに「越してきなよ」って言っちゃうから。そうしたらみんな楽になるんじゃないかなって。友人のたかのてるこちゃんが出した新刊『純情ヨーロッパ 呑んで、祈って、脱いでみて』〈西欧&北欧編〉(ダイヤモンド社刊)で、旅先のポルトガルで出会った女の子がてるちゃんに「日本にはカフェがないからなぁ」と言ったんですって。てるちゃんは「スタバとかドトールとかいっぱいあるよ?」って言ったら、「いや、違う。私たちの国でカフェっていうのは、なんかちょっと知り合いに会いたいから行くところなんだ」って。日本だとスナックにあたるのかな。でもとにかく「日本のカフェはカフェじゃないからすごく寂しかった」って。

下北沢に来れば、ちょっと話したり、挨拶するだけで気持ちが違うからいいんじゃないかなって思って、越してきなよってみんなに言っちゃうんです。池の上でもいいよ、三茶とかもいいんじゃない?なんて。

高水 知り合いのバリスタも、日本でエスプレッソバルが普及しにくいのはカフェがそういう機能を果たしていないからだって言ってましたね。

吉本 ああやっぱり。そうですよね。

高水 日本だとお茶を飲んでお仕事をしたりして、個人の場になってしまっているけれど、イタリアとか海外だと今日どうよ?とか天気の話をしたりアフターファイブの過ごし方の話をしたりするって言っていました。

吉本 そうですね、日本のカフェはちょっとそっけないところがあるから。みんなそうすると気持ちはお茶飲んだなって気持ちになるけれど、心の中は満たされないとか、そういうことが多いような気がしますね。初めは緊張しちゃって話しかけられなかったりすると思うんですけど、10回も20回も行けばだんだん覚えてもらえるから。そういうのってすごく大切なことだし、もっと増えていくといいなと思うんですけど。

スナックとかだとボーリング大会とかになっちゃうから恐ろしい感じがあって。めんどくさーいみたいな(笑)。お酒の場だとさじ加減が深くなっちゃうから、もうちょっとクールでいいんだけどなぁみたいな。

高水 バーでもそれぞれのカラーがあったりして、お酒も入っちゃうとあらららみたいなことがあったりしますよね。密になりすぎてしまったりとか。

吉本 ここでしか会わないみたいな関係が成り立ちにくい気はしますね。

高水 カフェで作業されることもありますか?

吉本 家にいると猫がキーボードに乗るとか障害があって、本当に大変なんです。集中したい時は外に行って書きます。周りの空気が動いているだけで全然雰囲気が違うので、私はカフェで書いたりするのがすごい好きです。下北沢は大丈夫なんですが、最近世知辛いから渋谷とかで打ち合わせ前にちょっと時間あるからと思ってMacを出すとすぐに追い出されたりして……水を何回も変えにきたりとか、圧を感じるんです(笑)。下北は気楽でいいなあと。でも下北のスタバにいるオシャレな人たちはどこから出てくるのか疑問なんです。道で会わないのに、スタバにはいるんです。

高水 特に平日と土日の差はありますよね。地方に住んでいる友達を連れてきたら今日お祭り?って言われたことがあります。商店街の感じとかもひしめき合う感じでお祭りっぽいですよね。スターバックスは行かれるんですか?

吉本 いきます。でもいつも、ちょっとなんか違うんですよ……って感じの眼差しが私を包み込む……(笑)。

 

道で見かけるカフェマスター

高水 お店からですか?

吉本 そうです。何やってるの?という感じで。時間帯もおかしいし、服装も変だし。頼むものもおかしいから。何?って感じの微妙な空気感を。あと犬の席に柴犬と曽我部(恵一)さんがいますね。

高水 よくこの辺りを颯爽と自転車で通ってらっしゃいますね。

吉本 私がうちの犬を連れているとうちの犬が悪いもんだから、ガーッてなって、曽我部さんが「こっちはいいんですよ。こっちはいいんですよ」と言ってくださるのが辛い……(笑)。「いえ、こっちがダメなんです!」と言うんですけど。

高水 下北沢らしいですね。人と会っても料理の話とか、今日の話をすることが多いような気がします。

吉本 そうですね。音楽の話も本の話もしないです。

高水 下北沢で思い出とリンクしているお料理やお店はありますか?

吉本 よく「明日香」の板長さんが線路で野草を摘んでいて、「明日香」に行くとそれが花瓶に飾ってあるのがなんか可愛いなと思ったりします。その様子がすごく好きなので、見かけるとつい見てしまいますね。遠くから見ていたいみたいな。

あと、和食屋「楽味」のおじさんが、夕方すごい速さで「ティッチャイ」の前の道を自転車で走っていくんですよ。「こんにちは!」って言うと、こんにちはー!の最後の「はー!」の部分ではもう遠くにいらっしゃって(笑)。お見かけした日はいいことがあったような気持ちになります。

高水 お店の方々のある意味オフを見られますね。「トロワシャンブル」のマスターが歩いていらっしゃったりとか

吉本 「茄子おやじ」の奥さんが野菜を持って歩いているとこれがあれになるのか、と思ったり。でも「トロワシャンブル」のマスターは歩いていらっしゃる時も変わらないですね。

高水 ちょっとだけホップして、ルンルンてしていらっしゃる気がします。

吉本 私も見てみたい。いつもキリッとしていらっしゃるとこしか見たことがないから。

 

作家以外にできることがない

高水 小さい頃ってケーキ屋さんとかお花屋さんになりたいっていう子が多かったと思うんです。でも実際大人になると、昔なりたかったお店屋さんになるってすごく難しくて、ものすごい忍耐と努力と体力がないとできないなって思うことがあります。私は小さい頃に音楽を表現する人になりたいとどこかで思っていた部分があります。ばななさんも作家になることへの憧れはずっとありましたか?

吉本 憧れというよりも、他にできることがないから、そこに絞り込むしかないみたいな感じですね。もう退路はないという生き方で生きてきたので。

高水 ばななさんもファンの方からの熱いまなざしといいますか、期待を背負って書き続けられるのって忍耐というか精神力が必要だと思うんですけど、どうモチベーションを持続しているんですか?

吉本 まず他にできることがないというのがすごく大きいですね。明日からどうやって生きていくんだというか。あとはお店の話でいうと、「ワンラブブックス」の蓮沼さんが建物自体の都合で立ち退きしなければいけなくなった時に、「何がしてみたいですか?」と聞いたら「新宿に行きたいんだよ」と言っていて、「新宿なんて今でもいけるじゃないですか」と言ったら「10時から9時までのお店を始めてから、朝早くの新宿と夜すごく遅くの新宿しか行ったことがないんだ。人がまだいる賑やかな新宿に行きたいんだよね」と言っていて、何て大変なことなんだろう、お店をやるって!と改めて思いました。

私のことでいうと、継続していくっていうのは……恋愛も一緒で、始める時は楽しいだけだと思うんですよ。本が出ただけで嬉しいし、何回も表紙とか見ていたんだけど、やがて本が出ることが当たり前になって、それで嫌になっちゃう人が多いような気がするんです。だんだん売れなくなって、もういいかなって思うのは簡単なことだと思うんですけど、私の場合綺麗事じゃなくて、たとえ10部しか売れなくても本当にその10人が読んでくれたのであれば、あとは何としてでも生きていくからいいって思っちゃうんですね。そういう風に思えるところまで続けられたら、もう怖いものはないなっていう風に思います。

もし10冊しか売れなかったら多分生きていけないから、バイトしたり田舎に引っ越したりするんだと思うんだけど、そのバイトをしたことによってまた新しいネタというか題材を得ることができるし、そういう風にしか思えないようになっちゃってるから、逆に他の仕事をするのは難しいかもしれないです。

全然関係ないけど作家になる直前バイトでゴルフ練習場の受付嬢をしたことがあって、お客さんが予約していた時間にこないと自宅に電話をするんです。そうするとみんな嘘ついて家を出ているみたいで、奥さまが「ゴルフ行ってないんですか?」って。こんな仕事やだ!と思ったんです。人の悲しいことを見るのは。楽しそうに練習に来る子供とかは好きだったんですけど、嘘をついて出てくる大人の部分はいやだと思った。

人をちょっと嫌な気持ちにさせることを毎日の生業にしていくのは本当に難しいのではないでしょうか。例えば、ゴルフが好きとか、プライドを持ってその仕事に取り組めたら全然大丈夫だったと思うんですけど。全くゴルフに興味が持てないままやっていたので。

でも書店でバイトしていた時には、「本が来ました」と電話するのは嬉しかったんです。良い知らせじゃないですか。それで取りに来なかったとしても、やっぱり楽しかったんです。私はやっぱり本が好きだから、本のことなら全然平気だなって。

※このトークショーは2016年10月23日下北沢の書店B&Bにて行われました。

 

 

 

 

★がついた記事は無料会員限定

関連作品

吉本ばなな『下北沢について』
→試し読み・電子書籍はこちら
→書籍の購入はこちら(Amazon)


サボテン高水春菜『まちの風景』
【収録曲】1.珈琲のラプソディー(ウクレレ編) 2.このまま月影ワルツを 3.部屋と芍薬 4.一緒にかえろう 5.いたちのめがね
→CDの購入はこちら(Amazon)

記事へのコメント コメントする

コメントを書く

コメントの書き込みは、会員登録とログインをされてからご利用ください

おすすめの商品
  • ピクシブ文芸、はじまりました!
  • 文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
  • 無理しないけど、諦めない、自分の磨き方
  • 時短、シンプル、ナチュラルでハッピーになれる!
  • ビジネスパーソンのためのマーケティング・バイブル。
  • 有名料理ブロガー4名が同じテーマでお弁当を競作!
  • ドラマこそ、今を映すジャーナリズム!
  • 砂の塔 ~知りすぎた隣人[上]
  • 小林賢太郎作品一挙電子化!
  • あなたがたった一人のヒーローになるためには?
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作!
ピクシブ文芸、はじまりました!
エキサイトeブックス
今だけ!プレゼント情報
かけこみ人生相談 お悩み募集中!